第19話 ご飯が美味しい

 風呂から上がると、満足気でホクホク顔のポチとは違って、非情に疲れた顔をする俺を見てカヤちゃんが心配そうに声をかけてきてくれた。しかも風呂上がりの冷たい水まで持って、だ。本当にこの子は良くできた子だよ。



 台所のすぐ傍にあるテーブルの上には、既に食事が用意されている。



 朝食なので重いものではなく、魚や卵焼きといった食べやすい料理だ。



「今日の朝食はですね、山を下りた先にある川でポチちゃんが獲ってきてくれた魚――《翡翠鮎ひすいあゆ》を塩焼きにしたものがメインですよー」



 その名の通り、外見が翡翠色をした鮎だ。鮎は塩焼きが一番だというが、この世界でもそうなのだろうか。

 そう思い、皆で「いただきます」をしてから箸でメインを頂くことに。



 サクッと油で揚げたような音が耳に入った。ほぐれた身から湯気とともに、香ばしい焼き魚のニオイが鼻を刺激する。思わずゴクリと喉がなった。



「あむ……っ!? うん、このたんぱくな味わいが最高! 周りはサクサクしてて歯応えもいいし、中はホクホクしてて塩加減もちょうどいい! さすがだカヤちゃん!」



 桃爺は何も言わないが、どことなく顔が綻んでいるところを見ると満足している様子。ポチはというと……一心不乱に鮎を頬張っている最中だ。



「喜んで頂いて嬉しいです。そっちの《翡翠鮎の炊き込みご飯》も是非食べてみてください」



 釜で炊いた飯。米と一緒に鮎を入れて炊き、炊き上がったら鮎の身をほぐして混ぜ合わせる。シンプルだがこれまた美味そうだ。



「んんーっ! 鮎の旨味がたっぷり出てて美味い! この枝豆もアクセントになってて、好きだなこの炊き込みご飯!」

「本当は青シソや山椒を使ったら、より爽やかな感じになるんですけど、生憎今切らしてて」



 いやいや、これで十分。これなら朝からでもガッツリ完食できる。



 桃爺もポチも、もちろん俺もおかわりして、瞬く間に釜の飯が空っぽになった。

 カヤちゃんは嬉しそうに釜の中を見て微笑んでいる。



 いやぁ、マジでこの幽霊少女、家に一人欲しい。気遣いもできて家事万能。言うことがない。



「あ、昨日の夜に作っておいたお菓子があるんですけど、食べちゃいますか?」

「もっちろんだぜぃ!」



 そういうのはいつ何時でもバッチコイだ!



「ちなみに何を作ったんだ?」

「これです! ――カヤ特製、《ジャムクッキー》!」



 俺とポチが揃って「「おお~!」」と拍手をする。



 カヤちゃんがテーブルの上に置いた皿には、様々な果物で作ったジャムが塗られた円形型のクッキーがあった。



「リンゴにミカンにモモと、それぞれをジャムにしたものをクッキーに塗ってるんです」

「さっそく一個」

「あっ、ズルいよボータ! ボクも!」



 俺はミカンジャムを、ポチはリンゴジャムのを取って口に放り込む。



「このサクサクとした歯応えの中に、ミカンの酸味が口いっぱいに広がってくる」

「う~ん! リンゴの甘味がたっぷりだよぉ~」



 甘味と酸味のコラボレーションはまさに見事としか言いようがない。また果肉も残っていて、それぞれの歯応えもまた楽しめるのが良い。



 モモジャムにしても、優しい香りと三つの中で一番甘味が濃く俺好みに仕上がっている。

 見れば桃爺も美味そうにモモジャムのを食べていた。



「あ~美味い。やっぱ甘い菓子ってのは最高だよなぁ。ナイス仕事だぜ、カヤちゃん!」

「えへへ~! 頑張っちゃいましたぁ!」



 イエーイといった感じでVサインを突き出してくるカヤちゃんの可愛らしい姿を見ながら甘い菓子を食べる。何という至極の一時だろうか。



 ああ、幸せだなぁ。



 朝から極上のデザートに舌鼓を打った俺たちだった。



 ――朝食が終わるとすぐに、俺は一人で桃爺の自室へと尋ねる。



 今後のことについての話をするためだ。

 入ってきた俺の顔を見た桃爺が、悟ったように「ほう」と口にする。



「――その顔、もしかしてここから出て行くつもりかのう」



 やはり鋭い。いつか出し抜いてやりたいと思うが、長年の経験からか、彼の読みにはまだ勝てそうにない。



「……まあな。あと一週間くらいで準備して出ようかと思ってる」



 そうすれば、ここには約一カ月居たことになる。

 桃爺が俺の告白に「ふむ」と顎に手をやりながら頷く。



「お主に忠告せずとも、お主が世に出ればいずれどうやってもその存在は明るみになる。そしてその身に秘めている力も、のう。そうなれば当然噂が広まり、国家権力者や犯罪者どもの耳にも入る。それは分かっておるな?」

「ああ、覚悟してる。けど連絡を取らんといかん奴らもいるし」

「ともに召喚されてきた者たちのことじゃな」

「それに、せっかくの異世界だしさ。子供心に冒険してみてぇって思うわけよ」

「その気持ちは分かるがのう。儂も若い頃は冒険心と好奇心でいっぱいじゃったわい。しかし……」

「分かってるよ。極力〝外道札〟に関しては使用に注意するって。俺だって権力者とかに狙われたくねぇしな」

「ふむ……」

「まあでも、将来有望な女の子とかが困ってたらあっさり使うと思うけど」

「お、お主な……」

「だってしょうがねぇだろうが! 女の子によく思われたいっていうのは男の性なんだし!」



 桃爺は、俺の切実な叫びに大きな溜め息を吐き出す。



「儂だって男じゃしのう、気持ちは分かるが。ただ……その力は人外のもの。たとえ助けたとしても、逆に忌避されることもあり得るぞ?」

「んなこた分かってるって。それでも俺はしたいことをするだけだ。幸いこの数週間で逃げ足だけはさらに速くなったし、逃げる方法についてもいろいろ思いついた」

「逃げる方向ばっかじゃなぁ」

「だって痛いのやだし、戦いとかしんどいし。ていうかそういうのは強い奴がやればいい」

「……確かにお主は強いというカテゴリーからは外れ取るしのう。戦う者というよりは、どちらかというと……欺き化かす者といったところじゃろうか」

「何せ《潜在職》が『道化師』なもんですから。戦うよりは、誰かを驚かせたり笑わせたりする方が平和的でいいし」

「ククク、お主らしい発想じゃわい。――相分かった。と、いうことじゃが、お主らも納得したな?」



 桃爺が俺の背後に向けて声を飛ばすと、閉められた扉の向こうから動揺したようにガタガタと物音がした。



 あー何か気配がするなぁって思ってたけど、いたんだ。



 俺は扉を開けると、その向こうにはカヤちゃんとポチがいた。どちらも悲しげな顔をして俺を見ている。



「……本当に出てっちゃうんですか、ボータさん」

「やだよーっ! 僕の散歩は!?」

「お前はそればっかだなっ、ポチ!」



 どんだけ散歩が好きなんだよ! ああ犬だからしょうがねぇか!



「悪いな二人とも。俺もやりたいことがあるしさ」

「「うぅ……」」



 目に見えて落ち込んでしまう二人。この件に関しては俺はどうしようもない。

 残るという選択が無い以上は、どうやって二人を悲しませてしまうのは分かっているから。だから「ごめんな」と謝るしかない。



 しかし次の瞬間、思わぬ言葉が桃爺から発せられた。




「――――ならばともについて行けば良かろう」


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