第4話 幽霊少女
荒れ果てた荒野が広がる大地。
雑草すら失ったその上で、血と怒号が飛び交い、人々が武器を持って争いを繰り広げている。
…………何だこれ?
まさに戦争。
それを何故か空から客観的に見ている俺。
ああそうか、これは……夢だ。
一体何の夢なのかサッパリ分からんが。
そう思うと同時に、夢のシーンが切り替わって、今度はどこかの街だろうか、地面に突き刺された幾つもの十字架に磔にされている人々が映る。
加えて火炙りにされたり、四肢を捥がれたりと、凄惨な処刑シーンが飛び込んできた。
おいおい、スプラッタ映画でも最近観たっけか?
そのせいでこんな夢を見させられていると俺は判断する。
するとまたシーンが変わった。
今度は大地の上に数えるのも億劫になるほどの異形の存在たちがひしめき合っている。
巨大な狼や全身が火でできているような巨人、ゲームなどに出てくるゴブリンやスライムみたいなものまで多種多様な者たちで溢れ返っていた。
え? 何でモンスター? さっきは人間ばっかだったのに。いや、あれは……。
そんな異形の者たちの中央に、一人の少女らしき人物が立っている。
――誰だ?
顔だけが霞みがかった感じでよく見えない。
夕日を眺めているような茜色の髪が腰のあたりで揺れていて、着ている服は白を基調としたもので、赤い帯も目立ち、どこか和装っぽい仕上がりになっている。
何で女の子が、こんなモンスターみてぇな奴らの中に立ってんだ?
疑問に思うのはそれだった。
しかし謎が解明する前に、頬に僅かな刺激を感じた瞬間、夢が終わりを告げる。
どこからか声が聞こえた。
「――――すか~?」
……何だ?
「あ――――ですか~?」
耳に入ってくるのは、知らない女の声だろうか。
同時にペチペチと俺の頬から刺激と音が漏れている。
「あのぉ、大丈夫ですか~?」
ようやく彼女が何を言っているのか聞き取れた。
俺は顔をしかめながら閉じていた瞼をゆっくりを開ける。
仰向けに横たわっていたようで、まず視界に入ってきたのは空から降り注ぐ太陽の光だった。
眩しさで思わず瞼が下りそうになるが、件の声の主が気になったのでしっかり確認する。
俺の頬を軽く叩きながら心配そうに声をかけてくれていたのは――一人の少女。
大体俺とそう変わらない。ちょっと下くらいの年齢だろうか。
茜色の髪と大きなクリッとした瞳。少し眠たそうに垂れ下がっているのが可愛いらしい。
あれ? この子……どこかで……?
見たような気もするけど、とんと思い出せない。
俺はゆっくりと上半身を起こしながら、そういえば先程夢を見ていたことを思い出そうとするが、これもまた思い出せなかった。
「……えっと、俺は一体……?」
「あのぉ、本当に大丈夫ですか?」
えと……誰? こんな可愛い子に知り合いはいねぇし。
でもそんなことよりも……。
「……キレイな髪だなぁ」
「ふぇっ!? い、いきなり口説かれちゃいました!?」
はい? ……マズイ。心の中で思ったつもりが、声に出てたようだ。
つうか別に今のセリフでどう読み取ったら口説くなんてことになるんだか。
真っ赤な顔をする少女はどうやら相当の初心のようだ。俺はただ手入れの行き届いたサラサラの髪の感想を述べただけなのに。
「あ~と、悪い。俺は望太だ。苗字が白桐、名前が望太」
「あ、お初にお目にかかります。シラキリさん、ですね! わたしは幽霊のカヤです。どうぞお見知りおきを」
「ああ、望太でいいよ。それにしても幽霊のカヤちゃんか。珍しい肩書きで……って、へ?」
今気づいたら、この子……ちょっと浮いてね?
彼女の足元を見ると、明らかに地面から浮遊しているのだ。これだけ陽射しも強いのに、影も見当たらない。
…………マジで?
「え、えっと……できれば呪い殺さないでほしいんだけどなぁ」
「ぶぅ! わたしそんなことしませんよ! 良い幽霊ですから!」
「あ、そうなんだ。だったら安心……って、ちょっと待て! つうか幽霊ってマジかよぉ!」
俺はザザザッと素早く後ずさって、改めて彼女の全体像を観察。
夕日色のロングヘアーに、青色の着物のような服を着用している。紫水晶みたいに美しく輝く瞳は、ジッと見ていると吸い込まれそうだ。
細身で色白だが、確かに色白過ぎる……ような気もしないでもない。
そして――フワフワと浮いている。
「う~ん、やっぱりわたしみたいな幽霊って珍しいんでしょうか?」
「め、珍しいも何も、君さっき俺に触れてたよね! 幽霊なのに触れるのか!? それって悪霊じゃないの!?」
よくホラー映画では、悪霊が人の首を絞めたりしているし。
「あ、触れますよ。最初の百年くらいは何も触ることができませんでしたけど、今ではちょっと体温の低い人間さんと一緒です! それと悪霊なんかじゃありません!」
だからか。頬に当たっていた手が異常に冷たいなぁって思えたのは。
死んでるんだから体温なんてねぇしな。
「よく触れるようになったな……」
「そこはほら、気合です!」
いやいや、〝生気〟がないのに〝気合〟なんてどうやったら……。ああダメだ、何か考えても答えが出ないような気がする。
「で、でも本当に……幽霊? 何ていうか……凄く生き生きしてるし」
「はい! 元気だけが取り柄ですから!」
「いや、死んでるじゃん」
「そうともいいますね! あはは!」
明るい。何て明るい幽霊なんだ。
「はぁ、まあいっか。んじゃ俺に憑依したりはしねぇんだな?」
「しませんよぉ。あ、でもお話相手になってほしいです! ここにお客さんがくるなんて三百年くらいなかったことですから!」
…………三百年だと?
「……つかぬことをお聞きしますが、あなた様は一体幽霊になってどれくらいなんです?」
「え~っとですねぇ、もうかれこれ五百年は過ぎたでしょうか」
「ご、五百年!? そんな長生きって言ったらいいか分かんねぇけど、ずっとここにいるの!?」
「ちょこちょこお出掛けはしますよ。でもここがわたしの家みたいなもんですから」
「家って……」
そういえばと、俺はここがどこか周囲を確かめてみた。
木々や緑といったものはほとんど見当たらず、ゴツゴツした岩や壁ばかりだ。地面も水気を感じさせないカラッカラな感じ。名前をつけるなら死んだ大地ってとこだ。
「……何でこんなとこにいるんだ、俺?」
「さあ、おじいちゃんがいきなり空間振を感じたから見てくるようにって言ったので、わたしがこうやって来てみればあなたがいたんですよ?」
「くうかんしん? おじいちゃん? 君一人じゃないの?」
「ここに住んでるのはわたしとおじいちゃんだけです」
「…………その人も幽霊?」
「いいえ、生きていますよ」
「マジで!? こんな何もないところに住む酔狂なジジイなんているのか!? まるで仙人じゃんか!?」
と、俺が信じられないといった面持ちで叫んだあと、
「――悪かったのう、酔狂なジジイで」
背後からしわがれたような声がした。
ビクッとして振り返ってみると、そこには俺の腰ほどの身長をした小粒な爺さんが立っていたのだ。
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