ギャラクシーと王子様

ゆきお たがしら

第1話 王子様と桜

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』という本を知っていますか? 

 読んだ人はたくさんいると思いますが、僕はその本が好きで、手元に置いていては気が向くと読んでいました。

 その日もクラブを終えて帰ると、何となく読みたくなって台所から、これもいつもの事なのですが、ポテトチップスを一袋くすねると、寝転んでつまみながら読みます。

 何度も本を手に取っていると、手垢に、またポテトチップスの油で、薄汚れてしまって「汚えなっ」と思う時もあるのですが、そういう時は買ったときには素晴らしくきれいな本だったことを思い出すようにしていました。

 ストーリーは頭に入っているので、今日も読み終えるのに、それほど時間はかかりません。時間を持てあました僕は、時計を見ます。時計は5時半を指していました。弟は塾で、父さんは仕事で帰りが遅く夕飯はまだまだ先です。

 時間を持てあますと以前は「何か手伝おうか?!」と母さんに言っていたのですが、「あんたに手伝われたら、かえってジャマになるだけよ」と何度も言われた上に、「そんなに暇なら、勉強しなさいよ」と小言がついてきて心が折れると、以来声をかけるのは止めました。

「あ、あっあぁ。退屈だな。」

と今日も聞こえよがしに言って、台所にいた母さんの顔をチラッと見ますが、これもいつものことなのですが、登場人物ジョバンニのマネをして近所の小高い丘に駆け上がって寝ころびます。

 丘の上で寝転んだ僕と、僕を縛り付けているこの地球を包みこむように、夜を迎えた空には深い紺色の空が広がってきます。

 ここは田舎なので、東京と違って空には数え切れないほどの星が手を伸ばせば届きそうに輝き、耳を澄ませば星たちの声が聞こえてくるようでした。

 そうです、星たちは遙かな時間を超えて、互いに話し合っていたのです。それは、太古のささやきでした。そして草も木も地球でさえも僕と同じように、息を殺して太古のささやきを聞くために、今か今かと待っていました。

 空を覆っている紺色が悲しみをたたえて暗くなると、本当の闇が広がってきました。それは手に取ることのできない、果てしない闇でした。見ている僕は、次第に現実なのか夢なのか分からなくなっていたのです。

 そして、僕は立ち上がっていました。目をこらすと、闇の彼方からゴッ、ゴッゴッゴォーと鈍い音を立てて、バースデイケーキを潰したような銀河が右から左へとゆっくりと回転しながら動いています。銀河の中では城を守る兵隊のように赤や青、そして白色と大小さまざまな星たちが、天の川を取り囲み静かに瞬いていました。

 しかし、見ているとその中の星の一つが、ときおりグラッ、グラッと揺れているではありませんか。揺れている星は、それはそれは小さくて可愛い星でした。そして、星には洗面器ほどの池とグレートピレニーズという犬の頭くらいの丘があって、木の枝を握った一人の少年が両足に力を込めると、ガリバーのように池と丘をまたいで立っています。

 少年は、この星の王子さまでした。池と見えていたものは、王子さまが桜の木に水やりをした後の水たまりだったのです。王子さまは桜の枝を握ったまま眉間にしわを寄せて、なんだかとても気難しい顔をしています。時どき夜空を見上げては、大きなため息までついていました。

「困っちゃった・・・。」

 王子さまを困らせている問題、それは小さすぎる星と星に比べて大きくなりすぎた桜の木にあったのです。そしてもう一つ、今は眠っている桜の木ですが、目を覚ますとすぐに食事のことや小さすぎる星のことで、王子さまに文句を言っていたのです。

“わたしは、どうしていつも一人ぼっちなのですか?!”

“もっと水を、いっぱいくださいな”

“こんな小さな星では、安心して住んでいられないじゃないですか”

 そんな桜の木の文句を聞くたびに、王子さまは自分の耳がドンドン小さくなっていくような気がしていました。でも、桜の木が言うのも無理なことではなくて、王子さまが留守をすると小さな星は桜の木が重たいものですから、すぐにグラグラッと揺れてひっくり返るのです。

 ひっくり返って逆さまになった桜の木は、頭を引っ張られるものですからドンドン大きくなって、ますます文句を言うようになったのです。

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る