憎悪と、懺悔と、恋慕。

中め

発覚。

 


 高校に入学して、半年。


 学校にもすっかり慣れきった。


 それなりには楽しいけど、ただただ平凡な日々を送っている。


 仲の良い友達は出来たけれど、彼氏どころか恋さえしていない。


 中学時代に思い描いていた、刺激たっぷりの生活とは程遠い、何もない日々。


 …なんか面白い事とか起こらないかなぁ。



 昼休み、いつもの様に友達の沙希とお弁当を広げる。


 母の、食べ慣れた味のおかずが犇めいた。


 母の料理は、それなりに美味しいと思う。


 ただ、『何コレ!? 超美味い!!』的な感動はない。


 安定の安心感満載の味。


 何か爆発的に突拍子のないモノ入れてよ、お母さん。


 つまんないよ、刺激がないよ。


 高校生活、中学と何にも変わんないよ、お母さーーーーーん!!

 

 などと、心の中で叫びながら母の作ったお弁当を食していると、


 「見て見て、莉子」


 沙希が人差し指で私の肩をツンツンと押した。


 沙希の視線の先に目を向けると、教室の扉付近におそらく1年生ではないであろう男子が、ウチのクラスを見渡していた。


 「誰。」


 「莉子、知らないの? 3年の木崎先輩だよ」


 「沙希、なんで知ってんの?」


 「カッコイイからだよ」


 沙希の言うとおり、彼は確かに美少年だ。


 そんな美少年・木崎先輩は、色めき立つウチのクラスの女子の1人に話しかけ始めた。


 その女子が、何故かウチらの方を指差している。


 よって、美少年はウチらの方に近付いて来た。

 

 --------コレは、アレか?


 漫画等々でよくお目にかかる『面識ないはずなのに何故か告られる』っていう、ミラクルが起こるのか?


 どっち? どっち!? 沙希なの!? 私なの!?


 こういうのも何だけど、沙希も私も不細工ではないにしろ、特別可愛いわけでもないですが、どっち!?


 …私なわけないじゃん。


 だって、沙希の方が私より若干可愛いが勝っている。


 くそ。やっぱつまんないぜ。


 一瞬で変な興奮から目を覚まし、再びお弁当を食べ始める。


 短い一時でしたが、刺激的な時間をありがとうございました。木崎先輩。

 

 「早川莉子ってどっち?」


 しかし、木崎先輩が私の名前を呼んだ。


 まさかの私の方か!!


 「はい!! 私です!!」


 張り切って右手を真っ直ぐ上に挙げると、ガタガタガタと椅子を鳴らせながら返事と同時に立ち上がった。


 『ごほごほごほごほ』


 そして、興奮余ってむせる。


 「早川さん、今、いい?」


 木崎先輩が、咳き込みながら少々のご飯粒を吹っ飛ばしている私を誘う。


 お弁当食べ始めたばかりだから、今、良いか悪いかで言ったら悪いのだけど、


 「全然大丈夫です」


 お弁当なんか食ってる場合じゃない。


 学校終わったらちゃんと全部食べるから許して、お母さん。


 だって、恋が走り出しちゃうカモしれないのーーーーー!!

 

 お弁当に蓋をして『ちょっと行ってくる』とニヤつきながら沙希に言うと、『その期待、絶対に外れてるよ』と白い目を向けられた。


 女の嫉妬は怖いのぅ。


 沙希の言葉なんかスルーし、告られる気満々で木崎先輩の後をついて行く。


 着いたところは、誰もいない資料室で。


 これはもう、告られるしかないじゃん!! そんなシチュエーションじゃん!!


 胸を躍らせながら木崎先輩の告白を待つ。


 「早川さんのお母さんって『早川綾子さん』?」


 口を開いた木崎先輩から出て来た言葉は、何故か母の名前だった。


 「…そう…ですが?」


 …え。まさかとは思いますが、ウチの母狙いですか?


 昼ドラじゃん!! 違いますよね!? 木崎先輩!!

 

 「早川さんの母親って、『木崎マート』で働いてるよね?」


 木崎先輩の質問が続く。


 確かにウチの母は、木崎マートというスーパーでレジ打ちのパートをしている。


 木崎先輩、レジを打つウチの母の姿に惚れたとか!?


 「…働いてますね」


 そっちかー。熟女好きだったかー。でも諦めてー。人妻だからー。


 自分への告白じゃなかった事へのガッカリしていると、


 「俺、木崎グループの社長の息子」


 木崎先輩が、謎の自己紹介をし出した。 


 え? だから何? 『お金いっぱいあるから、いくらかやるから両親を離婚させてお母さんを頂戴よ』って事ですか?

 

 「…そう…なんですか」


 「俺の親父とお前の母親、不倫してる」


 予想だにしなかった木崎先輩の発言に、一瞬思考がフリーズした。


 え? 今何て言った?


 「イヤイヤイヤイヤ。そんなわけ…」


 だってウチのお母さん、普通のおばさんだよ?


 社長と不倫とか…ナイナイナイナイ。


 「イヤ、まじだから」


 とてもふざけている様には見えない、木崎先輩。イヤ、でも…。


 「有り得ない、有り得ない」


 有り得たら困る。


 つか、お父ーさーーーーーん!! お母さん、不倫してるってよ!!

 

 木崎先輩の言う事が全然信じられなくて、脳内で半笑いになりながらお父さんに助けを求めていると、


 「お前、午後の授業サボれ。ちょっと来い」


 急に木崎先輩に腕を捕まれ、引っ張られながら資料室を出た。


 私の腕をグイグイ引っ張りながら歩く、木崎先輩。


 見た事あるよ。こういうの、漫画で見た事あるよ。


 『イケメンに、わけも分からず腕を引かれながら歩く』という、漫画の王道の様な状態に、どうしたって顔が綻ぶ。


 そんな私を余所に、木崎先輩は1年の教室には向かわず、直で下駄箱に連れて行こうとした。


 「木崎先輩、鞄取りに行かなきゃ」


 そう言うと、木崎先輩がピタっと足を止めて振り返った。


 「あぁ!?」


 あからさまに面倒くさそうな顔で振り返る木崎先輩。


 不機嫌且つ、怒っている様にも見える。


 …怖ッ。


 ウチのお母さんがしている事に、めっさ腹を立てているのだろう。


 でも、お互い様ではないか。キミの父上も同じ事をしてるではないか。…などとは、恐ろしくて言えるはずもなく、


 「お弁当箱、持ち帰らないと。中身が腐っちゃいます」


 遠慮がちに言ってみる。


 だって、お弁当箱がないと、明日お母さんにお弁当を作ってもらえないかもしれないし。

 

 …お母さんに。お母さんは、本当に不倫なんてしているのだろうか。

 

 木崎先輩は、『はぁ』とわざとらしい溜息を吐くと、身体の向きを変え、私の教室の方向に歩き出した。


 腹立つなぁ。さっきから何なんだよ、その態度。…とも、怖くて言えない。


 教室の前に着くと『早く取って来い』と押し込むように私の背中に圧を加えた。


 『うぉッ』と奇声を出しながらバランスを崩す。


 そんなに押さなくてもいいじゃんよ。


 体勢を戻して『急いでますよ』アピールの為、気持ち小走りで自分の席に向かうと、私の前の席の沙希と目が合った。


 「告られなかったでしょ」


 沙希が鼻で笑う。


 「何故それを」


 「だって木崎先輩、アンタと私、どっちが莉子なのか分かってなかったじゃん」


 呆れた表情で頬杖をつく沙希。


 確かに。浮かれすぎていて気付かなかったわ。


 「告られるところか、目の敵にされてるよ。私、これから髪の毛鷲掴まれて、引きずり回されて、明日には禿げ散らかしてるかも」


 『あぁーーーーー』と頭を抱えると、『木崎先輩、物凄い目で莉子の事見てるよ』と沙希が追い討ちをかけた。


 「アンタ、何やらかしたのよ」


 沙希が頭を抱えたままの私の手を剥いだ。


 「私じゃない!! でも、木崎家と早川家の名誉の為に言えない!!」


 この秘密は漏らしてはならぬとガッチリ口を噤むも、


 「あぁ。そういう事? アンタたちの親が不倫でもしてんの?」


 あっさり沙希にバレた。


 何コイツ!! エスパーか!?

 

 「何故それを!?」


 「イヤイヤイヤイヤ、さっきの莉子の言い方だとそれ以外ないじゃん」


 呆れ果てる沙希。


 何!? 私が自分でバラしていたの!?


 バカ過ぎるーーーーー!!


 「沙希、今の事は口外厳禁だよ!! バレてごらんよ。ウチも沙希ん家も木崎グループに潰される!!」


 『終わりだよ、この世の終わりだよ』と沙希の肩を掴むと、沙希に呆れた目を向けられた。


 「確かに木崎グループは有名企業だけど、そこまでの権力はないだろうよ」


 『それにウチの両親公務員だし』と私には関係ないとばかりに意地悪に笑う沙希。


 「そーれーでーもーーーーー!!」


 沙希の肩を前後に揺らし、懇願。


 正直、親や沙希ん家のことなどどうでも良い。


 木崎先輩をこれ以上怒らせたくないんだよ。


 だって私、これからキレ気味の木崎先輩にどこに連行されちゃうの?

 

 「分かった、分かった。言わない、言わない。てゆーか木崎先輩、莉子の事待ってるんじゃないの? ずっと扉の前にいるけど」


 沙希が木崎先輩を指差した。


 「あ…」


 そうだった、早く行かなくては。


 慌ててお弁当箱を鞄に突っ込んだ時だった。


 「お前、鞄に弁当箱入れるのに何分かかってるんだよ」


 頭の上から声がした。この声は勿論…。


 ゆっくり顔を上げる。


 ヒィィィイイイイイ!! 木崎先輩!! やっぱりか!!


 扉の前にいたんじゃないの!? 瞬間移動!?

 

 「行くぞ」


 木崎先輩がまたも私の右手首を掴んで引っ張った。


 「沙ーーーーー希ーーーーー!!」


 左手を伸ばして沙希に助けを求める。


 「何かあったら電話して。それらしいアドバイスしてあげるよ」


 沙希がひらひらと手を振った。


 いらねーよ、それらしいアドバイス!!


 助けてよ、沙希ーーーーー!!

 


 木崎先輩に引っ張られながら…半ば引き摺られながら学校を出て、電車に乗り、少し歩き……着いた所は、母が働く木崎マートだった。


 従業員出入り口を目がけて歩く木崎先輩。


 そんな従業員出入り口は、セキュリティカードがないと入れない仕組になっていたが、そこはさすが社長の息子。しっかり持っていた。


 システムにカードを翳し、ドアロックを解除すると、木崎先輩は慣れた様にずんずん中へ入って行った。


 手首をガッチリ掴まれている為、私も行くしかない。


 「…あのー」


 いい加減、ここで何をするのか教えて欲しい。木崎先輩に質問を投げかけようとすると、


 「逃がさないから。ちゃんと見てもらうから」


 木崎先輩が、更に力を入れて私の手首を握った。


 『ちゃんと見てもらうから』。

 

 木崎先輩が見せたいものって、おそらく…。てゆーか、手首痛い。

 

 ふと、木崎先輩が〔PRESIDENT ONLY〕というプレートの貼られたドアの前で立ち止まった。


 木崎先輩が、ポケットからさっきとは違うカードを取り出しては、システムに翳しドアロックを解除すると、私を中に引っ張り込んだ。


 さすがPRESIDENT ONLY。スーパーの事務所のくせに、この部屋はちょっとだけ豪華だった。


 本社の社長室はどんだけハイセンスな部屋なんだろうと、部屋を見渡していると、


 「ココ、入るぞ」


 木崎先輩がクローゼットの扉を開けた。


 「え?」


 木崎先輩は、驚く私を構う事なくクローゼットに押し込めると、自分も一緒に入ってきた。


 私に拒否権はないらしい。

 

 クローゼットの格子の隙間からは、部屋の様子が見える。


 PRESIDENT ONLYの部屋。待ち人はきっと、木崎先輩のお父さんだろう。


 「声出すなよ『ぐぅぅぅぅうううう』


 木崎先輩の言葉に被せるように、私のお腹が鳴った。


 「…スイマセン」


 羞恥の余り、木崎先輩から顔を背ける。


 しょうがないんだよ、私、ほとんどお弁当食べてないんだもん。


 「フッ。弁当、鞄に入ってるんだろ? 誰もいないうちにさっさと食え。腹鳴らされると困るから」


 さっきまで怖い顔をしていた木崎先輩が、少しだけ笑った。


 「スイマセン。すぐ食べちゃうんで」


 急いで鞄の中からお弁当を取り出し、蓋を開ける。


 狭いクローゼットの中。お弁当の匂いが充満してしまった。


 「…おいしそうな匂いだけど、密室だから篭ってキツイ。まじで早く食って」


 ちょっとだけ笑ってくれた木崎先輩の眉間に、あっと言う間に皺が入った。


 あーあ、折角機嫌が良くなったと思ったのに。


 「ハイ、スイマセン」


 また怒らせたくないので、おとなしくお弁当を口に運んだ。

 

 『早く食え』と言われたので、掻き込むに一気にお弁当を食べ、鞄にお弁当箱を片す。


 そして、沈黙。もうちょいゆっくり食べれば良かったよ。間が持たない。


 どうしよう。何か喋った方が良いのだろうか。


 「…あのー『ピー』


 たわいもない事を話し出そうとした時、部屋の外からドアロックを解除する音が聞こえた。


 『黙っとけ』と小声で言いながら、木崎先輩が右手で私の口を押さえた。


 2人で格子の隙間を覗く。


 部屋に入って来たのは、いかにも高そうなスーツを着たおじさん。多分社長。木崎先輩のお父さんだろう。


 と、ウチのお母さんだった。

 

 部屋に入るやいなや、抱き合ってはぐっちゃぐちゃなキスを交わす2人。


 息を乱しながら『私、まだ仕事中なのよ』と言うお母さんを『俺も今日は時間が無い』と言いながら、木崎先輩のお父さんがソファに押し倒した。


 …気持ちが悪い。


 母の変な息遣いに、背筋がゾワゾワしてサブイボが出た。


 …吐きそう。私の口を押さえていた木崎先輩の手を払い除け、自分の両手を口に押し付ける。


 吐き気が涙を呼ぶ。どっちも我慢するなんて器用な事は出来なくて、吐き気を堪える代わりに涙は垂れ流した。



 ---------結局彼らは最後まではしなかった。


 …のだと思う。時間にして10分位だったと思うから。


 見ていられなかった。吐き気が加速してしまうから。


 ぎゅうっと目を瞑ってやり過ごすしかなかった。


 途中から、涙を流す私を見兼ねてか、木崎先輩が私の耳を塞いでくれた。


 2人が部屋を出て行くと、木崎先輩がすぐさまクローゼットを開け、私を引っ張り出し、近くにあったゴミ箱を私の口元に当てた。


 「もういい。吐いていいぞ」


 木崎先輩が私の背中を擦る。


 吐いてるところなんか見られたくない。


 フルフルと頭を振って拒否する。


 「限界なんだろ!?」


 ---------うん。限界。


 木崎先輩の言葉が引き金になった。


 お弁当なんか食べなきゃ良かった。


 さっき食べた物が勢い良く出てきた。


 全部吐いて。吐ききって。なのに吐き気は収まらなくて。


 吐ける物がなくなったから、



 「……くそばばあ」


 拳を握り締め、代わりに母への怒りを吐き出した。

 

 吐き気が落ち着くと、木崎先輩と一緒に事務所を出た。


 「帰るぞ」


 木崎先輩が、私に背を向けて先を歩き出した。


 「……」


 無言で木崎先輩の後を付いて行く。


 衝撃がデカかった。これを頭が真っ白状態と言うのか。はたまた頭の中がぐちゃぐちゃと言うのか。兎に角、気持ちが悪すぎた。今もさっきの光景が頭から離れない。


 ただ、木崎先輩の背中を見ながら歩いていたら、駅に着いた。


 駅までの道順が分からないわけじゃない。なのに、ここまで歩いてきた景色を全く覚えていない。それくらい、私の頭はいっぱいいっぱいだった。


 改札を抜けて、電車に乗る。木崎先輩も一緒に乗ってきた。


 「…木崎先輩もこっち方面なんですか?」


 「別に」


 『はい』か『いいえ』で答えるべく質問を『別に』で返されてしまった。


 別にって何だよ。


 木崎先輩は、泣きながら吐いた私を心配して、送ってくれようとしているのだろうか。


 …イヤ、違う。木崎先輩は、ウチのお母さんの名前を知っていた。きっと住所だって調べただろう。


 『逃がさないから』。


 木崎先輩の言葉を思い出す。


 そっか。私は憎まれても心配されるに値しない。


 1人で帰さないのは、私を逃がさない為なのだろう。

 

 案の定、私の家の最寄駅で木崎先輩も降りた。しかも、私より先に。


 やっぱり木崎先輩は、私の家を知っている。


 駅から徒歩7分。


 私の前を歩く木崎先輩に導かれる様に、自宅に着いた。


 「…じゃあ」


 ペコっと頭を下げ、家の中に入ろうとした時、


 「コレ、読み取って」


 木崎先輩がLINEのQRコードを表示したスマホを差し出してきた。


 どうせ逃げられない。


 おとなしく自分のスマホを木崎先輩のスマホに翳し、QRコードを読み取る。


 「ちょくちょく連絡する」


 そう言って、木崎先輩がスマホをポケットにしまった。


 これが恋の始まりだったなら、どれだけウキウキしただろう。

 

 「お前の母親に、俺の親父と別れる様に説得して欲しい」


 願望を口にした木崎先輩のしている事は、お願いというよりは命令に近かった。


 きっと、私がここで『はい、分かりました』と言わない限り、木崎先輩は私を家に入れてはくれないだろう。自分の家なのに、帰れない。


 私だって、お父さんがいながら不倫なんてものをしているお母さんを許せないし、気持ちが悪くて仕方が無い。


 でも、どうやって…?


 「木崎先輩は、自分のお父さんに何か言いました?」


 「言ったけど、俺ん家ちょっと…。明日、連絡する。母親と話し合ってどうなったか教えて。じゃあ」


 話を一方的に断ち切って、木崎先輩は帰って行ってしまった。


 『俺ん家ちょっと…』。何なのだろう。


 しかも『母親と話しあってどうなったか教えて』。今日、絶対話し合えよという事なのだろう。


 正直、お母さんの顔なんか見たくない。話なんかしたくもない。


 気持ちが、悪い。

 

 木崎先輩の姿が見えなくなると、一気に緊張感が解けた。


 疲れた。機嫌の悪い木崎先輩と一緒にいるのが。あんな気持ち悪いもの見せられるのも。


 とりあえず、家の中に入る。


 玄関で乱暴に靴を脱ぐと、階段を上り、自分の部屋のドアを開け、ベッドに倒れ込む。


 …着替えなきゃな。制服に皺がついちゃう。


 でも、疲れきってベッドに沈んだ私の身体は、全然起きようとしてくれない。


 ボーっと天井を見つめる。



 お母さんを説得しなければいけない。でも、お母さんとなんか喋りたくも無い。


 ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。


 〔お母さんの不倫相手は、私の高校の先輩のお父さんです。もうやめて〕


 お母さんにLINEメッセージを打った。


 お母さんとなんか、話し合えない。


 だって、気持ちが悪いから。また吐いてしまいそうだから。

 

 その日、LINEの返事は来なかった。


 『別れない』と突っぱねられるわけでもなく、『何の事?』と白を切られるわけでもなく。


 夕食の時も、お母さんは私に話かけもしなかった。


 まぁ私も、お母さんと目を合わせようともしなかったのだけど。



 お母さんは、私のLINEをスルーした。


 腹立たしくて、許せなくて。


 それでも翌日、お母さんはいつも通りお弁当を作ってくれていた。


 中途半端にしか反抗出来ない私は、何だかんだそのお弁当を鞄に入れる。


 そんな自分にも、無性に腹が立つ。

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