行き倒れ”ライダーに、ささやかだけど温かな贈り物
大阪あたりまでなら、横浜からバイクで行くことにしている。1日で移動できる距離はだいたい500kmが限界だと考えているからだ。
関西に足繁く通うようになったのは、大学生のときに走った日本一周ツーリングがきっかけだった。北海道で知り合うライダーはなぜか関西人が多く、関西人特有の人懐こさに誘われて、社交辞令かもしれないのに誘われたら大阪でも神戸でもどこへでもバイクで出向いた。呼んだ方も呼んだ方で、「いついつツーリングに行くんやけど××集合な~」なんて電話を寄こすくせに、本当にバイクで集合場所に赴くと、
「うわっ! ホンマにバイクで来はった!」
と驚かれる。そんなサプライズが面白くて、毎月のように関西までバイクで通うようになったのだった。
* * * * *
片道500km。今でこそ、高速道路の3車線化が進んだり、並走する新東名や枝分かれする数々の高速道路やバイパスがあるからさほど混まないが、以前は東名・名神であってもたびたび渋滞に遭うような状況だった。しかも、ETCはなかったらから高速料金も高い。そこで、節約と渋滞を避けるために国道一号線で西に向かうこともしばしばだった。
移動は決まって真夜中だった。金曜日に仕事を終えて夜中に移動し、土日は現地で遊び、月曜日の朝までに戻る。そんなことを繰り返していた。我ながらタフだったなぁと思う。
とはいえ、寝ないで夜通し走りきれるわけもなく、疲れを感じたらどこかで寝るという自分なりのルールで走ることにしている。
寝る、と言ってもライダーが、それも女性である自分が気軽に横になれる場所などほとんどない。さすがに夜中に女一人で無防備になるのは危険だとわかってはいるものの、眠気がピークに達すると、そうも言っていられなくなる。
バイクウェアを着たままならばショートヘアだし女とバレることもないだろう。そう言えば、ツーリングの鉄人・賀曽利隆さんは世界中どこでもテントは張らずにグランドシートを敷くだけで野宿するのだったなあ。そんなことを思いながら、力尽きたその場所でひと休みするということが続いた。
あるときは関西からの帰り、深夜に東京は三田の慶応大学の前で力尽きた。ふらふらになりながらバイクを歩道に停め(※当時はそういうのは黙認されていた時代だった)、そのまま電線に引っかかった凧のようにバイクにまたがったまま、手足をダランとさせて眠りこけてしまった。
「大丈夫ですか?! 大丈夫ですか?!」
一瞬、目の前がまぶしくなったのを感じ、肩を揺すられてようやく目を覚ますと、そこには二人組の警察官が懐中電灯でわたしの顔を照らしながら立っていた。
「恐れ入ります、免許証拝見……」
まだ眠いのに……と不機嫌になりつつ、ヘルメットを脱ぐと、
「うわっ……!」
っと声にならない嘆声が聞こえた。女が夜中にこんなところで、こんな態勢で眠りこけていることに驚かれたのだった。
つまりは、職務質問に遇ったというわけである。若い警察官二人は心配そうな顔をして、何をしているの、職業は、どこから来たの、どこへ行くのと矢継ぎ早に質問してくる。やがて、赤色灯を回した応援のパトカーも駆け付け、物々しい雰囲気になってきた。
そうは言っても、これといって特別な理由もないし、怪しいこともないので早々に解放される。
「こんなところで寝られちゃあ、おまわりさんも困るからさぁ」こんな言葉とともに。
* * * * *
人生二度目の職務質問もまた、バイクで遠出したときだった。
その日もまた夜中に西へ向かう途中だったが、高速料金節約のため国道一号線をひたすら走っていた。
箱根の山越えを過ぎ、富士市あたりだったと思う。あまりにも寒いため、途中のコンビニでおでんを調達しようとしたのだが、ちょうど廃棄の時間ということで、「100円払ってくれれば好きなだけ持ってっていいよ」と店員さんに言われ、ありがたく好物のはんぺんと白滝と餅きんちゃくを器に詰め込み、店先で頂くことにした。
おでんの温かさと、満腹感が眠気を誘ったのだろう。睡魔が襲ってきたのは、国道一号線のバイパスが山間に入っていき、街の灯も見えなくなった頃だった。
あいにく、バイパス沿いにはサービスエリアのような場所はない。安全にバイクを停められる場所を探しながらゆっくり走り進めると、運良くちょっとしたパーキングゾーンのような場所があったので、そこに停めることにした。
それにしても、寒い。確か、12月とか1月とかそんな時期だったと思う。あまりにも寒いので、ニンジャのエンジンで出来るだけ暖まることができないか思案した挙げ句、エンジンの下にもぐり込むようなカタチで、道路に寝っころがった。
どれくらい寝ていたのか記憶にもないくらい、すぐに深い睡眠に入ったのではないかと思う。目覚めたのは、瞼の向こうに赤くまぶしいランプがクルクル回っていたからだった。
「ちょっとー! だいじょうぶー? どうしたのー?」
こちらが目上かどうかに関わらず、おまわりさんはたいてい、タメぐちで話しかけてくる。
「あぁ、はいぃ……ちょっと眠くてー」
やおら身体を起こすと、若いおまわりさんが矢継ぎ早に、免許証拝見・どこから・どこまで・何しに・どうしてここで寝てるの、と質問してくる。
どうしてって言われても。単に、眠かったから……。
すると今度は年配のおまわりさんが、「はぁーして」「ちょっと歩いてみて」と飲酒運転を疑ってきた。
もちろん飲酒などするわけがないのだが、冷静に考えてみれば、パーキングエリアでもなんでもない灯もない場所にバイクが1台停まっていて、よく見ると人間が地べたに転がっているのだから、そうとう驚かれたのだろう。
「生きててよかっただよぉー! おまわりさん、動かなかったらどうしようかと思っただよぉ」
どういうわけか、警察官の皆さんは“おまわりさん”って一人称を使いたがるのだな。彼らは警察無線で「異常ありませんでした」とかなんとか報告を終え、去って行った。
* * * * *
かようにして長距離ツーリングのときは、○kmを○時間で走ったなどという走り方ではなく、疲れや眠気を感じたら行き倒れるようにして休憩を取るようにしているので、おのずと時間はかかってしまう。
その日も夜中に西へ向かっていたときだった。東名を順調に下っていたのだが、静岡をようやく抜けたあたりで限界が近づいてきた。
ちょうど上郷サービスエリアがあったので寄ってみたのだが、あいにく、休憩所は工事中かなんかで入ることができず、屋根のある屋外のベンチでしか座ることができなかった。 クルマなら車内で眠ることができるけど、こんなときバイクだと困る。
困ると言っても、どうにもならないわけで、わたしはそのベンチでテーブルに突っ伏したまま“行き倒れ”た。日本一周ツーリングのテント暮らしで慣れたのか、はたまたバイク雑誌編集部の泊まり込み生活で慣れたのか、このような状況でも寝られるようなタフさが身についていた。
気付いたら、何か生暖かいものが頬っぺたに押しつけられていた。なんだ?なんだ?! びっくりして目を開けると、
「やっと起きはった」と笑う男性二人。
聞けば、二人はバイク乗りなのだとか。夜中にポツンと1台のバイクを見つけ、同じライダーだから声をかけようとクルマを降りてきたのだと言う。テーブルに片腕を枕にして突っ伏しているわたしは寝てるように見えなくて、「どこまで行かはるんですかー」と声をかけたのだけど返事がない。なので、さらに声をかけたり肩を叩いたけど、それでも起きないので、缶コーヒーを買ってきて様子を見ていた、というのだ。あら、恥ずかしい。
夜中とはいえ、ひっきりなしに行き交うトラックたち。ディーゼルエンジンの音をBGMに、テーブルを囲んでバイク話に花が咲いた。
「遠慮せんと、コーヒー飲んでなー」
こういうときも困ってしまう。なぜなら、わたしは1滴もコーヒーが飲めない体質だからだ。けれども、缶コーヒーの温かさは、手を温める以上に人の暖かさを感じさせてくれた。
「道中、気をつけてなー」
ステキな一期一会のひとときをもたらした彼らは、“飴ちゃん”とともに気遣いの言葉を残して去って行った。
あと200km。缶コーヒーの温もりを思い出して頑張れそうだった。
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