セックス・アフター・シンギュラリティ

@shu-lock

前編 「働かない」のが当たり前の世界

 とあるホテルの一室のソファに腰かけて僕はコーヒーを一口すすった。


「ニュースを」

 

 向かいにあるテレビの画面が切り替わった。なんとなく眺める。どうせ指名した娘が来るまでの暇つぶしだ。


『本来の人間らしさを取り戻せ!』『働かざる者喰うべからず!』『我々の仕事を奪うな!』

 

 人々が拡声器を通して声高に叫びながら国会前に殺到していく。その波を押しとどめようとする警備ロボットに最前列の者たちが飛びかかり、複数人で羽交い締めにしている。


 今年は西暦二〇五〇年――人工知能が人類を超越するという技術的特異点シンギユラリティを迎えてもう五年になる。既存のほぼ全ての労働は機械が担い、全世界人口の約八割の人間が職を失った。難を逃れたのは一流の芸術家やスポーツ選手や主要国のトップリーダー、そして人類最古の職業とも言われる売春婦。

 しかし技術的失業は半世紀以上前から予想されていたことでもあり、すぐにベーシックインカムが導入され、一応の解決がなされた。だがそれを受け入れられず、「失業」や「働かない生活」に根源的な恐怖を抱く者たちがロボットたちを敵視し、新たな抵抗運動を始めた。

 それこそが今画面の向こうで繰り広げられている――新打ち壊しネオ・ラツダイト運動だ。


 まだこんなバカなことをしているのか。僕が呆れかえっていると、インターホンのチャイムが鳴った。同時にテレビ画面の左上に小さなウィンドウが開き、ドアの前の様子が映し出される。華奢な女の子が気恥ずかしそうにこちらを見つめている。服装は黒のワンピースと白いエプロンを組み合わせたエプロンドレス。同じく白いフリルの付いたカチューシャが頭にのっている。脚の膝上までを黒いニーソックスが覆う。最後に首を確認すると、レザーの赤い首輪が廊下の照明の光を反射して独特の輝きを放っていた。全て指定通りだ。


「よし、入れ」


 ドアのロックが解除されて自動で扉が開く。外の彼女がおそるおそる入ってきた。右隣に座らせ、僕は右腕で彼女の腰を抱く。さて何から始めようかと思考を巡らせつつ見つめると、彼女は顔を逸らしてテレビ画面に目を向けた。引き続きデモの様子が映し出されている。横顔でも怯えているのが分かる。まずは緊張をほぐしてやらねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る