第4話 土砂降りに日傘

その日、バージニアに行くと、彼女の髪の毛は濡れていて、まるで烏の濡れ羽のように艶めいていた。


 単純に言えば濡れていたのだ。


 そして、いつもの席に腰を下ろすと、いつもの場所に腰を下ろしている彼女が呟くように言った「ブラジルの人は雨の日でも傘をささないって知ってましたか」と。


 目の前の土砂降りの情景を見て私は「程度によると思います」とだけ返事をした。


 すでに差障りの無い雑談はしていたから、彼女が私と同じ大学で同じ学部、おまけに同回生であることは知っていた。だから、履修講義もほとんど同じで、大凡、サボる……もとい、バージニアに出掛けるタイミングも計り知れた。

 

「こんな市内に降っても仕方がないですよね」


 これだけ連日、雨続きだと言うのに、水不足だと言うニュースの話題からの私の発言だった。話題に困っての苦し紛れの話題。



 彼女は携帯の画面を見て、何も答えないでただ曇天を見上げていただけだった。


 やがて、次の講義に出席するためには、そろそろ戻らなければならない時刻がやってきた。しかし、雨脚は衰えるどころか私たちをあざ笑うように、むしろ酷くなった。風に撫でられた雨粒がテーブルを湿らせたし、タイルに跳ねた雨粒が足元まで届くくらいに。

 

 不思議だったのは、土砂降りにも関わらず、空を見上げると曇天の背景が見えるばかりで落ちてくる雨粒はまるで見えない。とても皮肉ではあったが、不思議だと思った。


「次の講義には出ないんですか?」と彼女が聞いたので


「この雨じゃ、ビニール傘じゃ心もとないです」と私は返事をした。


「次の講義、履修してないんですか?」


 時間を気にしているから、きっと履修している。ある程度の確信をもって私はあえてそう質問をした。


「これ、日傘と雨傘と兼用なんですけど、水が浸みてしまって」


 彼女はそう言いながら、色の変わってしまった靴のつま先で水分を含んで色を濃くした傘を何度かつついて見せた。

 それはもう、「役立たず」と言わんばかりに。


 その講義に関して、私はすでに何度か欠席をしてしまっていたから、今日の欠席はとても痛かった。出席点は絶望的となった。


「傘って結構、高いんですよね」と再び、つま先で日傘をつついた彼女との新しい束の間を思えば、それは些細な事でしかなく、


 むしろ、私は遣らずの土砂降りに感謝さえしていたのだった。 


 

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