第5話 輝きの花を見つける者
ひたっと落ちた僕の涙が、手のひらや花の上に落ちて、
チリンと音を立てる。
ナリアさんが泣きだしてしまった僕を見て、声をかけてくれた。
「ライド君…ごめんね…伝わらないのは、つらいから…」
ナリアさんがしゃがんで、うずくまる僕の頭をなでた。
僕は、謝らないでくださいと言おうとして顔を上げて、
そのまま止まってしまった。ナリアさんの目を見て気付いたのだ。
僕と、ナリアさんの目は
僕の目の瞳孔は闇ではない。宝石をはめ込んでしまったような青だ。
顔を上げても、絶望に絶望を重ねただけだった。
抱え込んでいた花を、手を広げて陽にさらした。
僕の涙で、少し濡らしてしまった。
ナリアさんが息をのむ音が聞こえた。
マントを引き寄せて、花に付いた雫を拭おうとしたとき、
ナリアさんが口を開いた。
「待って。手のひらに載っているものが、言っていた花なの?」
僕はナリアさんの顔を見た。僕の手のひらを見たままで、
まばたきさえもしない。僕は茫然としたままで答える。
「はい…」
「ライト君、ごめんなさい!疑って悪かったわ」
突然、ナリアさんが片膝をついたまま頭を下げた。そして、継いで言う。
「でも分かって。この『輝きの花』は、使命を背負うべき人にしか、見えないの」
(輝きの花!…し、使命?…見えない…)
御大層な響きしか残らなくて、くらくらしそうだ。
「僕が見えたのは、使命を背負うべき人だから?」
首に下げていたらしいペンダントを、服から取り出すナリアさん。
ゆっくりと頷きながら言った。
「動揺するのは当然ね。使命だなんていきなり言われても、
何のことだかさっぱり分からないでしょうから」
何に巻き込まれたのか分からない。
しかしそれでも、顔を出す感情があった。
「使命って何ですか」ただの好奇心のつもりだった。
「使命…それについて、私は知らないのよ。ただ、
ある方に会えば分かるはずだから」
僕はここに、石を調べてもらうために来たはずなのに…
これ以上聞いてしまったら戻れないかもしれない。
しかし好奇心はまだ満たされていなかった。
「輝きの花って、この花ですか?」
「そう、間違いなくこれだわ」ペンダントが赤く光を放っている。
僕とナリアさんの間から小さな植物の根が伸びてきた。
聞きたいことはあった。
でも、これは聞きたいことであったし、聞けばもう、
後戻りできないかもしれない。植物は
「花が見えるのは、一人だけですか?」
ナリアさんが、僕の目を見る為に振り向く。
僕の質問に対する答えに、口を開く。
それらの動作が、非常にゆっくりに見えた。
「そう。生まれの定めによって、見えるのは一人だけ」
ナリアさんはそう言い切った。
「特別な
持っていれば見えるという人もいる」
例外も示すナリアさんだったが、
僕の耳に届かないのを見ると、あたたかく言うのだった。
「ここにいるより、屋根のある場所へ行きましょう?」
伸びた植物は、いつの間にか縦長の
ナリアさんが、この中に花を入れておくように、と言った。
通されたのは、ナリアさんの自宅の応接間だった。
遠くで聞き覚えのある音楽がする。
「あっ、電話だわ。ごめんなさい、少し待っていてね」
ナリアさんはハーブティーをテーブルに置いて、
ドアの向こうへ姿を消した。
「こんにちは、ギート」
ナリアは画面に表示された名前を呼んだ。
『たびたびわるいのですが、ナリア。もしかしてそちらに
ライド君はいますか?』
様子をうかがうような声で語りだすギート。
「ええ。いますよ。どうかしましたか」
『いや。ロビーで彼を見かけたものでね。彼は僕の依頼主だから』
言い訳をしてギートは敬語を忘れた。
「また私がフロント係ですか。でも、いいですよ。
何分後に?」
文句を言いながらも、ナリアはライドをどこへ連れていくか
悩んでいたので、受けることにした。
『十五分ほど後でお願いします』
「はい。十五分後ですね。分かりました」
「ライド君。落ちついた?」
ナリアさんは僕の正面にある椅子に腰かける。
「はい。落ちつきました」
僕の顔色を窺っていたナリアさんは、うん、と頷くと、小冊子を取り出した。
「ちょっと汚いけれど、これは日本語や英語をレルク語に直した訳と、
私が旅人だった時の地図の一部よ。役に立つから」
数ページめくったところ、ぎっしりと記述されていた。
渇いた泥の跡や、濡らしてしまったのを乾かして、
記入しなおした跡があり、旅が壮絶であったことを物語っている。
「!…有難うございます!」
「喜んでいただけたようね。さあ、あなたには予定があるわ。
研究者のギートがあなたへの依頼報告をしたいそうよ。
荷物をまとめて向かいましょう」
「はい。ハーブティー美味しかったです。ありがとうございました」
そう言うと、ナリアさんが笑顔で答えた。
「そう。それはよかったわ」
庭園を通りかかった時、ときおりビュザッと言う音がするのに気付いた。
「リクセル。稽古も良いけれど、掃除中は止めてちょうだい」
数歩先を歩くナリアさんが、庭園の門の中へ入るなり言った。
素早く返事が返ってくる。
「はい!ナリア先生、すみませんでした!」
リクセルはレンガの道をはわいた。
いつの間にか後ろから、リリちゃんがついて来ている。
ナリアさんと僕がロビーに入ろうとしたとき、入り口の前で
こう言って呼び止めたのだった。
「お母さま、ライドさん、何だか怖いものがいるの」
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