Newworld
つばめ
第1部 私の居場所
[煌々と輝く電灯、少し大きい気がするパソコン。待ちきれない。こんなばかばかしい世界から、たった数時間脱出できるなら、なんだってする。
オンラインゲーム、New world。広大な自然に囲まれて、細かなことまで様々なことができると評判のゲームだ。
心が躍る。ここならば、ここでならば新しい何かを見つけられるかもしれない。たった今ゲームのクライアントがダウンロードし終わったところだ。そのゲームのショートカットが、マスコットのアイコンとともにデスクトップに表示される。私のこの空虚な心に、何かが流れ込んでくるようだった。
私はオンラインゲームというものは全くしたことがなかった。生来の人見知りから、手を出す勇気がなかった。しかし今こうして、そんな私を過去のものにしてくれるかもしれないものに出会った。
早速ゲームを起動する。パソコンのスペックは、決していいほうではない。だけど起動してみた感じでは全く問題がないようだ。さすが有線。
景気づけに3000円分の課金ポイントを用意した。まだ学生の身分の3000円は敷居が高い。
ゲームの起動を待つ間、私はそのポイントをチャージした。]
ゲームがはじまった。特にオープニングなどはなかったが見とれてしまうグラフィックだった。本物よりも素晴らしい木々たち。青々と生い茂る草、色とりどりの花たち。おそらくメインキャラクターたちであろう人物が、キリっとした表情で剣を振り回している。
もう最高。数多くのゲームをやってきたが、こんな感動ははじめてだった。
難しいことは考えずにスタートと書かれたボタンをクリックしてみる。作れるキャラクターは、どうやら最初は3キャラまでのようだ。そのキャラクター枠の一つを塗りつぶしてキャラクターを作る。
性別から始まって、目・鼻・口・耳・顔つきから体つき、何から何まで自由自在だ。幸いにも、私は絵を描く技術はあったようだ。どんなキャラクターを作るかは事前に考えておいた。キャラメイクをしているだけでもゆうに二時間を費やしてしまった。休日なのが幸いだ。かけた時間のほとんどを、キャラクターの名前を考えるのに費やした。どんな名前がいいかな…そんなことを悩んだ。結局悩んだ末に
次にクラス、つまりゲーム後の役割についてだ。様々なクラスがある中。私が引かれたの「ダークナイト」という職業だ。自分の無力に絶望し、闇に身を落として力を得た者…。今の私そのものだ。現実に絶望したがゆえに、ここへと逃げ込んだ。そしてここで生きていくために3000円のエネルギーとともに新たな世界へと踏み出す。まったくもって私じゃないか。
他にも魅力的な職業はあったが、即決でクリック。ローディングが始まる。そのメーターが画面の端から端へ届く姿は、現実から画面という境目を超えて、もう一つの世界へとつなぐ道のようだった。そしてその先端にいるのは私。画面が切り替わる。
ここは…どこかの村のようだ。頭がくらくらしている。天の声が、私に歩けと命じている。言われたとおりに歩いてみる。まだふらついてうまく歩けない。
そのうち慣れてきて、ちゃんと地面に足がつくようになった。小走りで私を呼ぶNPCにちかより、話しかける。
「ようこそ創世の世界へ。ここは新しき世界。あなたはこの世界を大きくするために、もう一つの世界から召喚されました。このとびらをくぐれば、あなたは大いなる自由を得ることでしょう。では、ご検討をお祈りします」
私は、その光さす道を進んだ。ややまぶしいが、新たな世界へと踏み出す合図と思えば苦痛ではない。
まぶしさにも慣れ、あたりを見舞わす。雄大な草花が生い茂る場所へとでた。右も左もわからない中、アイコンと同じマスコットキャラクターがどこらともなく視界に現れ、私に話しかけてきた。彼がいうには、この近くに小さな村があるので、そこにいるNPCのチュートリアルを受けろという。私は彼の言うとおりにし、そのNPCの下でチュートリアルを受けた。準備は整った。敵との戦い方も基本的なことは覚えた。それを見越してか、例のキャラクターが視界に現れる。少し歩けば、この辺りでは一番大きい街につくとのことだ。
私はその街へと向かう。村を出たとたんに、どこまでも広がる草原が、私の前に現れた。ところどころにあるむき出しの岩は、ごつごつとしたその肌をさらしていた。街道沿いにある少し丈の長い草花は、ミニマップ東から吹く風になびき、青い匂いが伝わってくる。そうした草原を走るは、勇猛果敢なモンスターたち。複数の狼たちが、巨大なイノシシのようなエネミーに襲い掛かる姿は圧巻で、プレイヤーがそこに介入することは無粋とすら思える美しさだ。プレイヤー自体は何人かあるいており、ごつごつとした分厚い装備から、私のように貧相な装備をした者もいた。
そんな風な景色を眺めていたら、あっというまに目的地へと到達した。中世のヨーロッパ風の建物が、所狭しと立ち並ぶ、おしゃれで気持ちのいい街だった。
例の相棒が街の解説をしている間に、いろいろと任務を受ける。その内容とは、~というモンスターを倒して来い、というものから、~というものを採集して来いといった内容まで多種多様だ。中にはとあるアイテムを自分で作ってもってこいという内容のものまである。ワクワクするけど…きっと私には無理なんだろうな。とりあえずモンスター討伐の任務を受ける。マップにマークがしるされ、そこへ向かうと、ターゲットのモンスターが何体もいた。
そのモンスターに向けて剣を抜く。黒い刃が特徴的な、初期装備だがかっこいい。
早速斬りつけてみる。
初期のモンスターなだけであって、そこまで強いわけではなく数発で沈んで行く。技を使うまでもなく、優越感に浸れる。あのモンスターを倒したと…。
そうして任務をクリアし、報告しに行く。働きには相応の報酬をと経験値と、なんだかわからないポイントをもらった。
一仕事終えた私は、何気なくチャット欄を見る。予想はしていた通り、チャット欄は静かだった。まだ友達は一人もいない。当然のことだ。一休憩を終えて、また任務へと向かった。
[4時間ほどプレイして、私は現実世界へと戻ってきた。夜も更けて、窓からは月が見える。
もうこんな時間か…。時計の針は11を指している。明日は平日だ…。私は余韻に浸りながらベッドへとはいる。
これから先、一体どんなものが待っているんだろう。そう考えると、ワクワクがとまらなかった。月明りに照らされて、真っ暗な世界へといざなわれる。あのまぶしい世界とは真逆の、現実という闇に…]
[眠い目をこすってベッドから起きる。昨日の感動とは裏腹に、今日一日の始まりという言い表せない空虚感が私を支配する。学校さぼりたいなぁ。でもさぼるとめんどくさいし。結局学校へ行くことにした。学校なんて大嫌い。だって独りぼっちだもの。机に突っ伏してあたりを見回してみる。いくつもの少人数のグループが、教室の方々に散らばっている。好きなアイドルの話をしたりファッション、流行の話をしたり…中には私の興味をそそる話も合った。うらやましい。私に友達はいない。そもそも話しかける勇気がなかった。自身がなかった。話しかけたところで、白い目で見られそうで怖い。今でもそうだ。私の聞こえないところで、私の陰口を言っている。そんな疑心暗鬼が止まらない。小学生のころ、私は少しのいじめを受けた。悪口、暴力ならまだよかったかもしれない。クラスのみんなが、私のことを無視していった。もちろん、当時の私はいじめという言葉を知らなかった。積極的に友達を作ろうとしたが、返ってきたのはいやそうな雰囲気。それは教員も同じだった。そして今がある。歪んでしまった今が…]
[何もないという学校地獄を潜り抜け、夕ご飯も食べずにパソコンへと向かう。]
昨日と変わらないゲーム画面。やや少し感動は薄れたものの、現実にくらべずっといい。なぜこの世界が現実ではないのかと思うくらいだ。だけど…どこか物足りない。何かが足りない。なんだろう…現実にいるときのような、この不安感と空虚感は…。ちょうどゴールデンタイムだったからか、平日にも関わらず人が多かった。しかしそんな人ごみの中でも、チャット欄は静寂を保ったままだった。なんか不安。いっぱい人はいるのに、この世界から人間がいなくなってしまったかのような、そんな不安。
そのときだった。チャット欄に一筋の光が差し込んだ。
楓「ギルド【夜桜輪廻】は新規ギルド員を募集してます!!PvPコンテンツから生産系コンテンツまで幅広く活動を行っています!!入りたい!という方は桜にピンクをください!」
まさしく桜という人の、この近辺にいる人全員に向けてのチャットだった。へぇ…ギルドかぁ。きっといろんな人が集まっているに違いない。たぶん、白い目でも見られないだろうな。そもそも顔が見えないし。
ピンクというのは、どうやらその人と送り主にしか見えないチャットのようだ。
私は桜という人のプロフィールを開こうとした。あっ…、カーソルを動かしまちがえた。うっかりと友人申請を送ってしまった。えっえっどうしよう。まだピンクのやり方もわからないのに。
すると小さいベルを鳴らしたような音がした。ピンク色の文字列が、私のチャット欄に表示される。
楓「えっと、もしかしてギルドの加入の話かな?」
楓という人からだった。もうパニック状態。ピンクの返し方もわからないし、どうしたらいいのか…。
楓「初心者さんかな。ピンクは自分の名前をクリックしていただければ飛ばせます!!」
再びベルの音。言われたとおりに桜さんの名前をクリックしてみる。友達申請のしたが、そのピンクを飛ばす項目だった。早速クリックして返してみる。
幽奈「すみません。こういうものは初めてで」
ちょっと冷たい言い方だったかな。
楓「そうですか(^▽^)。どうですか?うちのギルド参加してみませんか?」
えっと、話が急でちょっと混乱。
幽奈「すみません。ギルドがどういうものかわからなくて」
楓「ギルドというのは、要するに集まりみたいなものです。情報交換したりばかやったりといろいろです!うちのギルドは結構にぎやかですよ」
にぎやか…か…。こんな根暗な私でもやっていけるだろうか。
楓「もしよろしければ、一週間だけお試し参加してみませんか?」
一週間だけか…。一週間だけならすぐに抜けられるし、このゲームの雰囲気をつかむにはいい機会かもしれない。
幽奈「なるほど、でしたらぜひ参加してみたいです」
楓「おお!!では、お誘いしますねー!!」
数分もせずにギルド参加のお誘いがきた。あとは私がエンターキーを押せばギルドに入ることができる。
少し迷ったけど…エンターキーを押す。
すると今まで静かだったチャット欄が、一気に真っ青に変わる。この水色の文字は、きっとギルド団員にのみ見えるものなのだろう。
楓「だからちげぇってwwwww」
お魚マン「お?おお?」
フェルト「はじめましてー!!」
お魚マン「新規さんだー!!」
貴族ぷりん「ようこそホモの巣窟へ」
一気に世界がひろがったようだった。あれだけあった不安感や空虚感が一気に消えていく。
どうしたらいいかわからないからとりあえず挨拶してみよう
幽奈「はじめまして、幽奈ともうします。よろしくお願いします」
貴族ぷりん「よろしくー」
悠気「よろしくです^^」
フェルト「よろしくですー」
お魚マン「よろしくねん!!」
こんなようなチャットがあと数個続いた。
貴族ぷりん「いったいどんな誘拐の仕方をしたんだ」
楓「してねぇってのwww」
お魚マン「きっとあれをあーしてこうして…」
楓「あれってなんだよww」
くだらない、何気ない会話。でも、ただ見ているだけでも面白い。眺めているだけでも、楽しい気分になれる。
再びベルの音。
楓「まあこんな感じのギルドだけど、大丈夫かな?」
幽奈「大丈夫です。眺めているだけでもたのしいですよ」
楓「よかった(^▽^)改めてよろしくね!」
幽奈「よろしくお願いします」
フェルト「幽奈さんはステータスどんなかんじ?」
すてー…たす?どこでみれるんだろう…。
楓「アイテム画面を開いてみて、するとそこに書いてあるからw」
アイテム画面を開いてみる。
幽奈「攻撃力が12の防御力が6です」
フェルト「おー!ほんとに初心者さんだー!」
お魚マン「懐かしいなぁ。俺が始めたころは二ケタ後半で最強だったからなぁ」
すべての中心に私がいるような気がした。なんだか照れくさくて、なんだか癒される。
楓「あー、幽奈さんそんなに硬くならなくても大丈夫だからねー」
貴族ぷりん「硬いのか…」
楓「固くww」
幽奈「えっと…じゃあ…よろしくです。こんな感じでいいのかな?」
楓「おっけ!」
現実にはなかった会話という概念。だれかと言葉を交わす、というのがこんなにも楽しいとは…。現実では味わったことのない、新しい楽しみだった。
フェルト「そういえばあの装備って強いん?」
貴族ぷりん「うーんどうなんだろうねー。防御考えないなら強いんじゃないかな」
フェルト「なるほど…」
正直話の内容はほとんどわからない。だけど面白いことには変わりはない。沈黙しかしらなかった私にとって、初めての体験だった。
あれから3日の時が流れた。
地道にこなしていけばいつかは強くなれると信じて毎日いろんな任務を回って淡々とクリアしてく。ギルドの仲間うちとはある程度話せるようになっていった。まだおぼつかない会話だけど、どうにか話せてる。
そんなある日だった。
貴族ぷりん「そういえば今日ボスかぁ。」
だいごろう「何時からだっけ?」
楓「23時から」
だいごろう「おk」
夜9時ごろのチャットだった。ボス…?
幽奈「あの、ボスってなに?」
貴族ぷりん「ボスってのはねー。一週間に一回特定の場所に沸くモンスターで、全力でお願い(物理)をしに行くんだよー」
幽奈「なるほど。場所はどこ?」
貴族ぷりん「マップにマークだすねー」
マークを出された場所は私のいるところから恐ろしいほど距離があった。今からむかってぎりぎりといったところ。
だいごろう「そういえば幽奈さん乗り物もってる?」
乗り物…今まで何度か見かけてきた、狼とか馬車とかあんな感じのものか…。
幽奈「もってないです」
だいごろう「うーんそっか」
貴族ぷりん「あ、じゃあ俺迎えにいくよ。迎えに行くから適当にあるいててw」
幽奈「うん。わかった」
景色を楽しみながら現地へと向かう。私が普段いるところとは全く別の、荒れ果てた荒野のような場所だ。丈の短い草が少しだけ生えていて、乾いた雰囲気が心地よかった。
景色を見ていると、後ろからがたごとと音が聞こえてきた。振り返ると、そこには さんが馬車に乗ってむかってきた。すごい速度だ。現実の車のような速さだ。
貴族ぷりん「おまたせー。のって」
幽奈「うん」
少し遠慮しながら馬車に乗る。
貴族ぷりん「いくよー!」
再び馬に鞭がはいる。馬車は徐々に加速していき、ついにはさっき見かけた通りの速度になっていた。ゆっくりと流れていった景色が、今度はかわるがわる景色が変わっていく。
幽奈「早いですね。馬車」
貴族ぷりん「苦労したよー手に入れるの。すごい時間かかったw」
幽奈「なるほど…いつか…手に入れてみたいです」
貴族ぷりん「ほほー!でも乗り物は沼だよ…なんせ乗り物に調教されるんだからね…」
幽奈「そうなんですか?じゃあやっぱりやめときます」
貴族ぷりん「店売りのも十分早いから買ってみるといいよ!」
幽奈「はい、わかりました」
口ではそう返事しつつも、ぜったい手に入れてやるなんて思っている。
なんとなく超えたいといった感情が沸き上がる。無理なんだろうけど、挑んでみたい。そう思っている間に、あっという間に現地へとついてしまった。
貴族ぷりん「到着しましたよっ」
幽奈「ありがとうございます」
覚えたてのモーションで、ぺこりとお辞儀をしてみる。
ダンテハーツ「おひさー!」
だいごろう「おひさっ」
楓「ほんとにひさしぶりー!!」
貴族ぷりん「久しぶりだの」
初めて見る名前だ。
幽奈「はじめまして」
ダンテハーツ「おっはじめましてー」
意外とあっさり。割とこんな感じなのかな?
ダンテハーツ「ぷりんひどいっ。俺を捨てて女の子とデートとか!」
前言撤回。この人は絶対濃い。
貴族ぷりん「ふっふっふ…俺はホモではないんでね(・ω・)」
ダンデハーツ「捨てられたっ!!ひどい!!」
だいごろう「あー捨てるなんてサイテー」
貴族ぷりん「俺は新たな道を踏み出したんだ!!」
フェルト「ホモの道かな?」
貴族ぷりん「ちげえしwww」
きっとこの人はこのギルドのキーマンなんだろう。ネタ的な意味で。
楓「ダンデさん23時ボス!!」
ダンデハーツ「了解ー!むかうよー」
仲間…か…。初めて私の中に響く言葉。心地よい暖かさ。ずっとここにいたい。
ここにいれば誰かいる。私を見ていてくれる。私がここに、今ここに生きている実感を得られる。≪私はここにいる≫。ここにいるんだ…。
23時がきた。いつの間にか周辺に人が集まってきている。結構な人数だ。大体20人近くだろうか。
集まっていろんなところにのぼって…ちょうど溶岩地帯だからだろうか。すごくニギヤカな雰囲気だ。
その中に私がその中にいる。それだけで十分だ。それだけでよかった。
楓「あ、幽奈さんは一発くらいあてたら下がってて、たぶんやられるから」
幽奈「はい。わかりました」
まだ始めたばかりだ。それはそうだ。
楓「みんな揃ってる?」
貴族ぷりん「おk」
ダンデハーツ「みんないそうだね」
楓「きてないひとー?」
大丈夫だ。来ていない人はいなさそうだ。ギルドリストから一人ひとりの名前を確認したけど、一人としてかけてなった。
楓「大丈夫かな。そろそろくるよー!!」
すると画面が切り替わり、燃える巨人が現れた。巨体から炎をまき散らしながら、ゆったりと起き上がる姿は圧巻だった。猛々しいその姿に、私は驚いた。強そうだった。挑んでみたい…この大物に…。
貴族ぷりん「ヒャッハー新鮮な給料だー!!」
私は後ろから斬りかかった。確かな手ごたえを得たがダメージは入らない。きっと少したりともダメージは入っていないだろう。奴がふり向いた。やばい、絶対にやばい。奴も爪が振り下ろされた。剣を前に構えて防ごうとする。
ザシュ…
一撃だった。画面は深紅に染まり、死亡を告げる音が。
お魚マン「幽奈さんやられた!?」
楓「あちゃー」
それでもよかった。やられてもよかった。死んでも楽しかった。
貴族ぷりん「場所わかる?」
幽奈「大丈夫です」
貴族ぷりんさんに連れてきてもらった時に道は覚えた。何とか自分の足でたどり着く。まだあの巨人はぴんぴんしている。HPはほぼ半分程度だ。見ている間にもみるみるHPが減っていく。
果敢に攻めてはまたやられての繰り返し、周りからは滑稽に見えるだろうけど…あたし的には楽しい。そしてついに、その燃える巨人はドスンと地に臥した。光る報酬の束。それを拾うと、中身はよくわからないが素材のようなものとお金、それから何かの束だった。
貴族ぷりん「おめでとー」
ダンデハーツ「おっおめでと」
お魚マン「おめでと!」
フェルト「おめでとー!!!」
楓「お?初かな、おめでとです」
悠気「おめでとです^^」
だいごろう「おめでとー」
いきなり現れるおめでとうのラッシュ。何のことかわからない。誰かがいい武器でも出した…のかな。
幽奈「おめでとう?」
楓「幽奈さんのことだよ」
へ?どうしたんだろう?
幽奈「どういうこと?」
楓「なにか束みたいの拾わなかった?」
幽奈「うん。拾った」
ダンデハーツ「開けてみー」
束みたいなものを開けてみる。開けてみると強そうな武器が出てきた。
幽奈「なんか武器がでてきた」
貴族ぷりん「育てれば強い武器だよー」
幽奈「なるほど…」
これは驚き。一回目からこんな武器が出てくるのか…結構出やすい武器なのかな?
ダンデハーツ「その育てるのが大変なんだけどね(;´・ω・)」
幽奈「そっか」
育成とかは関係なかった。初めて手にしたレアな武器。たぶん自由に体を動かせたら、この剣を抱きしめている。大事に大事に…
[人も減ってきたのでログアウトしてベッドに入る。明日もまた学校…その次の日も…その次も次も…いったところで待っているのは孤独と虚構。何もない現実。灰色の現実。]
[より一層色をなくした冷たい世界。誰もが他人なんか気にしなくて、自分のことばっかりを考えている。誰もがだれもを気に留めない。ひどい現実。こんな場所には一秒だって居たくない。どうしてこんなところにいるのかすらわからないのに、どうしてこんな拷問を受けなければならないのか。逃げ出したい。こんな現実からは…]
[やっとの思いで一日を乗り越え帰ってきた。私の視界から見えて、唯一色のついた場所。私の部屋。私が唯一、一人の人間としていられる場所。パソコンの前へと行き、電源をつける]
幽奈「こんばんは」
貴族ぷりん「こんばんはー!」
フェルト「こんばんw」
お魚マン「こんばんはー」
楓「こんばんは!」
ダンデハーツ「ちゃっす!」
だいごろう「こんばんはー!!」
ログインしてみたときの感触が少し違った。みんなどこにもいない。いや、みんな入るんだろうけど、どこにいるかがわからない。
楓「今日は戦争だよっ」
幽奈「戦争?」
楓「戦争ってのはね。ギルド同士がその地域の支配権をかけて戦うんだ。うちのところでは週1でやってるよ」
ふぅん。対人か…。アイテム欄の自分の装備を見る。あれから全く変わってない数字。
いつも同じ任務をやって、おしゃべりして寝るんだから。
昨日手に入れた武器を装備してみる。無強化だからか若干攻撃力が上がった。
フェルト「幽奈さんもくる?w」
そんな…私弱いし…参加しても足を引っ張るだけだし…。
ダンデハーツ「兵器乗れば大丈夫大丈夫!」
幽奈「私全く分からないけど。大丈夫かな」
フェルト「大丈夫w」
幽奈「うん、行ってみようかな」
フェルト「迎えにいくよーっ」
戦争…相手は人間…いつも相手する機械とは違う。ちゃんとした本物の人間。少し不安。
フェルト「乗ってw」
フェルトさんの馬車にのる。すごい早い。うらやましいな…。私にもこういうの手に入れられるだろうか…。
全く言ったことのないうっそうとした。森の中…その中に一つぽつんと不釣り合いに立つ石の塔。その周りにあるバリケードと何かしらの兵器。
フェルト「あれに乗ってみてw」
示されたものは、まるでカタツムリのような鉄の塊だ。近寄って乗り込んでみる。スペースキーで発射できるようだ。
貴族ぷりん「一発撃ってみ」
スペースキーを押してみる。轟音とともに火炎が噴き出す。こんなのを受けたらただでは済まないだろう。
楓「そろそろ始まるよー」
ラッパのような音がなり、ついに戦争がはじまる。周囲を見回しながら敵を探す。
ドクン…ドクン…と自分の心臓の音が聞こえるくらい緊張している。マップには味方しか移っていないから今のところは安心かな…。すると、表示されたのは拠点が攻撃されています、の文字だった。
慌てて振り向くと、防衛陣が3人くらい相手と戦っている。数では勝っているが、向こうのほうが実力は上手に見える。味方が雑草のようになぎ倒されていく。あの距離なら…
炎を放つ。ザシュっという音とともに、敵のHPが3割くらい減った。すごい…。
敵は死角に逃げてしまう。すると後ろのほうに敵が張り付いている。遠距離から矢を放ってきて、一方的に攻撃されている。味方はまだ復活していない。慌てて矢の飛んでくる方向を見ると、さっき死角に逃げた敵が背面から攻撃してきた。慌てて振り向く間に兵器のHPはどんどん減っていき…。ついに倒される。
兵器から引きずりだされた私に待っていたのは、大剣を構えた大男と弓を放とうとしている人との挟み撃ちだ。すかさず防御の体勢をするも、後ろからの矢は防ぎきれない。すると大男が、その巨体を宙に舞わせ、回転しながら私の頭の上を通り過ぎた。防御の体勢を解除するも、振り向く前に相手の大剣によって切り裂かれた。文字通り一撃だった。
復活しようとボタンを連打するが、復活にはある程度の時間がかかるらしい。その間も一方的に攻撃される拠点。私が復活するころには、もうのHPは一割を切っていた。どこからか轟音がする。もしかしなくても大砲かな。全く知らない私でも、何が起きているかはわかる。
負ける。負けてしまう。無理だとわかりつつも切りかかるも、一撃で倒される。
次に復活するころには、拠点はすでになくなっていた…
貴族ぷりん「お疲れ様-」
フェルト「おつおつ」
だいごろう「おつかれさま」
楓「みんなお疲れ!」
ダンデハーツ「相手強いwおつかれー」
悠気「お疲れ様です^^」
お魚マン「お疲れさま!」
幽奈「お疲れさまでした」
言葉がつまる。もっと私が早く敵を見つけていれば、もしかしたら勝っていたかもしれない。私のミスが敗北を呼び込んだのかもしれない。
貴族ぷりん「兵器GJ。狩り切れなくてすまん」
ふぇ…。私だってきっともっと早く撃てたはず。
幽奈「ごめんなさい。私がもっと早く敵を見つけていれば…」
貴族ぷりん「あーあれは仕方ないよ。相手迷彩服来ていたし。俺だって見つけられなかった」
難しい…やっぱり人間を相手するのは機械のように任務をこなしてきた私にはなかなか難しかった。そしてもう一つ…私は気づいてしまった…。心のどこかにほころびがある感じがする…。その正体が何かは私にもわからない。どうもしっくりこない感じ。このギルドが悪いってわけじゃない。私が慣れていないだけかもしれない。慣れて、いい装備も手に入れて実力も上がれば、きっとほころびはなくなるだろう。そう信じて…
ベルの音がなる。ピンクチャットだ。相手は…
楓「どう?慣れてきた?」
楓さんか。
幽奈「はい、とても楽しいです」
生返事。お世辞ともとられちゃったかもしれない。だけどこれは本心。
楓「それはよかった。どう?本加入してみる?」
幽奈「してみたいです」
即答だった。断る理由もないし、居場所を失いたくない。
楓「おっけ!更新しとくね」
上に表示されたのは、強制脱退の文字。すこしびっくりした。その直後に、ギルド加入のお誘い。なるほど、頭いいな。
幽奈「改めてよろしくお願いします」
ダンデハーツ「お?」
楓「幽奈さんが本加入しました!!」
フェルト「よろしく!」
だいごろう「よろしくー」
貴族ぷりん「よろしくね」
悠気「改めてよろしくです^^」
お魚マン「よろしくー!!」
ついに本当にこのギルドの新しい一員となった。ちょっと不安だけど、ここには私を見てくれる人たちがいる。私の居場所がここにある。私は私。ここに私がいる。
[ログアウトしてベッドに入る。虚無感は感じない。今日は最高の一日だった。本当の居場所を、私は得ることができたんだ。もう寂しくはない。寂しさはあの仲間たちが埋めてくれるだろう。私はもう、消えなくていいのだ]
[学校はますます色合いを失っていく。でも、視点が少し変わった。周囲の話が気にならなくなった。陰口を言われているかもしれない、という考えもなくなっていた。私の居場所はここではない。ここに私はいないから。この灰色の校舎の中では、私は私ではない]
[家に帰ってきた。会話のない夕飯や、暖かさを感じない入浴をし、部屋へと帰る。何気なくパソコンの前へ座ったところで、私は気づいてしまった。部屋の中に…色がなかった。部屋の中すら、灰色になってしまった。色のついた世界はこのパソコンだけ…。それでも関係ない。よく考えれば、私の居場所はここだけなんだ。このパソコンの画面の先にあるんだ。]
いつも通りログインをする。そしていつも通りの挨拶をして、いつも通りあたえられた任務をこなして。少しおしゃべりして寝る。
こんな毎日が3カ月続いた。しかしその3カ月の間は、どことなく空虚感を感じる3カ月だった。
少しおしゃべりして寝るといった内容は変わらないけど、少しずつ、今更になってやっと気づくくらいに少しずつ、私が浮いてきたのだ。周りの人と話が合わない。話そうとしても話題が出てこなくて…会話ができない。装備の話や、対人の話。気になるけど…知識が追い付かない。結果
いちいち教えてもらうのも、どこか悔しい。少し輪からはじきだされた気分だ。
けど仕方がないことだ。私だって初めて3カ月ちょっと。すぐには強くなれないし、すぐには知識もつかない。少しずつやっていけば大丈夫。そう思い込むので精いっぱいだった。内心、すごく焦っている。このまま独りぼっちに戻ってしまうのではないだろうか。このまま、また居場所を失ってしまうのではないだろうか。不安。孤独への不安。認知されないという不安。認められないという不安。私のいる意味。ここにいる意味。私がいるという実感。少しずつ薄れていくような感じがした。
自分の手を見てみる。鎧に包まれたその手、装備から鎧を外せば見れるので、アイテム欄から装備を外してみる。そこに見えたのは…。私の手だ。間違いなく私の手だ。でも…その手がすけている…。少し透けている。いやだ。消えるのはいやだ。いやだいやだいやだ。
そうだ。みんながどのくらいで強くなったか聞いてみよう。そうすればきっと、私の存在が保てるかもしれない。
幽奈「みなさん、このゲームを初めてどのくらいになりますか?」
だいごろう「うーん…5カ月ぐらい?ぷりんさんと一緒ぐらいだし」
貴族ぷりん「そうだねー。俺も5カ月ぐらいか」
フェルト「うーんどのくらいだろ。4カ月くらいかな」
楓「俺は1年くらいやってるなー」
ダンテハーツ「そっか、もう8カ月もたつのか」
聞いたのが余計にまずかった。愕然とした。私はまだ攻撃力も防御力も3カ月前と変わっていないのに、みんなは私より進歩していたということか。
???「大丈夫だよ。進むペースは人それぞれだし」
だれが放った言葉かわからなかった。私の目は涙に潤んでいた。私のこの3カ月は、まったく意味のないものだったのか。私のこの3カ月は、なにもない空虚だったのか。すべて合点が一致した。私が浮いていた理由も私が透けていた理由も私が私じゃなくなっていた理由もみんなみんな全部すべて。
≪わたしがわたしじゃない≫
わたしはどこ?わたしはだれ?だれかわたしをみて。だれかわたしをみとめて。だれかわたしを…
[我に返ったときは、すでにパソコンの画面は消えていた。真っ黒なディスプレイがうらやましく思えるくらいに、私の心は透明だった。何もない。怖い。胸が痛い。千鳥足でベッドに倒れこむ。もうなにもみえない。なにもない。なにも…]
[ついに学校を休んでしまった。学校へ行けとうるさい親も、この日ばかりは休めと言ってきたのに私は驚いた。余りの事態に鏡をみると、私の顔はまるで死人のように真っ白だった。もとからインドア派で肌の色は白かったけど、ここまで生気を感じないの肌の色は、見たことがなかった。怖くなってすぐに布団に逃げ込んだ。頭まで埋め、布団の中で震えている。私が消える…。どこにもいなくなる。どこにも…]
最後の義理を通そうと、恐る恐るログインをする。
幸いにも楓さんはログインしていた。離席中でもないようだ。恐る恐るチャットを送る。
幽奈「楓さん」
楓「ん?どした?」
幽奈「すみません。ギルド抜けます」
楓「ん、そっか。どうしたの?よければ聞かせてくれるかな」
ギルドにいるのが少し…と打ちかけたところでバックスペースを推した。これじゃだめだ。
どうすればいいのだろうか。思いつかなかった。どうすればいいのか。いや、どうしたら良い結果になるのかはわからない。
幽奈「すみません、うまく言えないです。さよならです」
私はギルド情報の画面へといき、ギルド脱退のボタンを押した。脱退の確認の項目が出てくる。
今ならまだ引き返せる。でも…苦しいのはいや。みんなを苦しめるのもいや。私一人が、わたしひとりだけが消えれば、みんな解決するんだ。
最後に残った色は、私自ら消した。
無意識にパソコンへと向かっている。ログインしている。するとなんと、ゲームにも色彩はなかった。灰色だった。自分の体を除いて、すべてから色が消え去っていた。でも…私の体には色がついている。誰かがまだ私の存在を見ていてくれているのだろうか。
私はマップをさ迷い歩いた。特に目的はない。どこかに色はないか…どこかに人はいないか…。いつの間にか、ある山に登っていた。そこから色を感じた。何かあるのかもしれない。何かそこにあるかもしれない。
山を登り終えると、そこにあったのは一軒の家だった。入り口を触ってみると、数字が表示された。売り家のようだ。かなり高い値段だったけど、私は本能でその家を買っていた。
中は広くて、何もない…。でも暖かそうな赤黄色く燃える暖炉が私を誘う。きっとあれが私の感じた色なのだろう。私はその暖炉の前にうずくまった。直接熱を感じているわけではないけど、どこか暖かかった。
いつの間にか、私は泣いていた。嗚咽を漏らすほどに。悲しかった。何が悲しいのかわからないことに悲しかった。誰もいない。こんな時に誰もいない。誰か…誰か助けて…
ガチャ…ギイイイイ。扉が開く音がした。音に反応して振り返る。そこには…色のついた人間がいた…
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