巨剣士シュリアの冒険

夜未

チュートリアル

 別に、最近流行りのVRMMOとやらがしたかったわけじゃない。

ただ、俺はその時、色々なことに疲れていて、ゲームというものを通して現実から少し目を背けたいと思っただけだった。

そして、たまたま、新発売とやらで目について、財布の中身と同じ金額だったことから、VRMMO〈ファンタニア・ワールド〉を購入し、始めたのだ。



  ※  ※



 購入後、帰宅して即座に機器を取り付けてさっそくやってみる。

 浮かんでくるタイトル画面を飛ばして、開始当初にすることはボーナスポイントとやらの割り振りだった。合計で30ポイントあり、それぞれのステータスを強化していくらしい。

 おそらく、この初期割り振りで個々人のステータスの特徴を出していくのだろう。

 息抜きで始めたゲーム相手に深く悩むのも馬鹿らしく、一番上の項目、つまりSTRにそのポイントの全てを入れた。

 その後、地味に脳死状態で30回カチカチとポイント割り振りの時点で既に面倒になってきた俺は、キャラの名前、容姿、初期職業などの項目などを全てランダムで済ませて仮想世界へとさっさと降り立った。


 そして、その直後に感じる強烈な違和感に少しグラついた。

 視点がかなり地面と近い。

 どうやらキャラの容姿は現実より大分低いようだ。

 ランダム選択の弊害なのだろう。

 仕方ないと諦める。

 が、それでもまだ一つ気になることがあった。

 俺のすぐ後ろに突き刺さる巨大な、いや、巨大過ぎる鉄の塊。


 なんだこれは?


 俺の現在の身長の約三倍はある。

 それは今の身長を1メートルを少し超えたぐらいだと仮定しても、単純計算で三メートルは超えているということだ。

 わけのわからない鉄の物体に対し、最初に思ったことはゲーム開始直後によくあるイベントなのか? ということだ。

 だが、面倒になっていた俺はチュートリアルをスキップするを選んだはずだった。


 とりあえず、この強烈な存在感を放つ鉄の塊を無視し、何かがわかるかもしれないという期待を込めて自分のステータスを開けた。

 各種ステータスをすべて見るのは面倒なので必要項目だけを見ていく。

 名前はシュリアで性別は女、身長などから察するに、少女、又は幼女と言えるだろう存在に俺はなっていた。

 まぁ、所詮ゲームなので性別や身長などどうでもいい。

 プレイに支障はないだろうし。

 問題は職業だった。


【巨剣士】


 意味がわからない。

 まだ理解できる大剣士などではなく、巨剣士である。

 職解説を見てみると、


【技術を小手先と嘲笑い馬鹿にした剣士が才能のみで辿り着いた職。圧倒的な力と質量により敵を破壊する】


 つまり、これはボーナスポイントを全て力に振ったことが影響しているのだろうか?

 そして、それは、俺の後ろにある馬鹿でかい鉄の塊が俺の初期装備だということを示していた。



  ※  ※



 俺が〈ファンタニアワールド〉を始めて三年が経った。

 今では俺は何故かこの仮想世界ではそれなりに有名になっている。

 その理由の一つに、俺の容姿がランダムで決められたにしては、奇跡的な美幼女であることが挙げられる。

 だが、それはあくまでオマケのようなものだ。

 それなりに技術がある人であれば、数ある選択要素から様々なものを抽出して一時間もかからずに理想の容姿を設定できるゲームなのだから。

 ゆえに、最も大きな理由が、俺の職業が【巨剣士】の上位職【巨剣師】であることだ。


 あの日、俺の職業が【巨剣士】だと知った日に、未だ大して進んでいない攻略サイトなどを見てみると、他にも俺と同じように開始した瞬間に妙なことが起きたプレイヤーがいたのか、公式への問い合わせから発覚したことだが、職業欄をランダムにした場合に発生する特殊職というものがあるらしかった。

 職業欄をランダム決定にした場合、ボーナスポイントを割り振ったステータスが必要条件を満たしていていれば、その時点でなれる職業の中からランダムで選ばれるらしい。

 基本的には通常職である、【戦士】【魔術士】【弓術士】【神官士】の中から選ばれることになっている。

 その中で、通常職が選出されると同時に、10%の確率で通常職の中に隠れて存在する固有職のランダム選択が開始され、固有職になることができるようだ。

 これはそれほどに珍しいものではなく、一部の固有職である【剣士】【導師】【猟士】【僧士】などなどは十人に一人の割合で俺も開始当初から町で見かけていた。

 そして、問題はここからである。

 固有職の選出が決定された時、更に自動的にもう一つランダム選択が発生する。

 これは僅か0.0072%の確率で発生するため、序盤ではまず見かけることはない特殊職というものだったようだ。


 三年経った今こそ特殊職になった人は数百名ほど存在しているが、開始当時では【巨剣士】になったのは俺一人だけだったようで、大層珍しがられていた。

 まぁ、他の特殊職が当たった人たちもいるにはいるので、俺だけが特別というわけではない。

 言うなれば、ただの仕様なのだろうから。

 それに、時間が経った今では一応俺以外にも【巨剣士】となった人は二人程知っている。

 いずれも廃課金プレイヤーで後半からの職業変更システムを用いてのものだったのだが。

 まぁ、しかし、この職が希少であることがイコールでゲームバランスを崩壊させるような強さを持っている、というわけでもない。

 そもそも一つの職を絶対的に優遇するのはゲームとしてダメな部類になるので当然だろうし、当たり前だ。


 そして、この【巨剣士】、客観的に評価すればむしろ、どちらかと言えばその特殊性とは反比例して弱い、と言っていいかもしれない。

 例えば、巨剣士専用スキルとして【武器巨大化〈タイタニアウェポン〉】というものがある。

 文字通り自身の武器を巨大化させ、範囲と攻撃力を上げるスキルだ。

 この効果によって只でさえ高い攻撃力が倍され、破滅的な攻撃力を得ることができる。

 だが、考えて欲しい、只でさえ三メートル後半は有ろうかと言える巨大な鉄の塊(剣)を更に二倍の大きさへと変化させるわけである。

 その大きさは六メートルを優に越し、洞窟などのダンジョンではまず振り回すことさえできはしない。

 そのためそういう窮屈なダンジョンでは巨剣士は行動が大幅に制限されてしまう。

 中には通常の状態ですら入場制限で引っかかるようなこともあるほどだ。

 さらに、元から過剰気味な攻撃力が倍されることははっきり言って無意味に等しい。

 モンスターへの攻撃は確実にオーバーキルとなるし、PvPではもともと一撃当たれば勝ち確定なのにその大きさから取り回しが遅れて躱しやすくなってしまう。


 そして、もっと根本的なことを言えば、自ずと専用となる装備がなかなか見つからない上に、見つかったとしても必要STRが高すぎるのだ。

 必然、レベルアップで貰えるポイントを割り振るのはSTRのみとなり、防御力など紙装甲となる。

 そのあまりの困難さから序盤から中盤までをずっと初期装備のままでいた、と言えば分かり易いだろう。

 攻撃力はそれでも充分通用していたけれど。

 他にも移動速度の遅さや根本的な通常攻撃においての取り回しにくさ、パーティでの連携のしにくさなどなど、欠点を挙げればキリがない。


 俺としては本気でゲームをやっているわけではないので、そうやって選択肢が限られてしまうことも悩まなくて良いとさえ思っていたが、効率重視の廃プレイヤーからは「希少な割には派手さしかないネタ職」と笑いの種になっていることさえある。

 実際、特殊職はそもそも全体的にこういったネタ要素的な部分を多分に含み、攻略をメインに据えた場合、固有職>通常職>特殊職、となることはわりと多かった。


 ある意味別の意味でバランスブレイカーな職業であると言えよう。

 現に、この職業をメインでずっと続けている奴は俺以外見たことが無いし、実際、PvPでの勝率は低く、ダンジョン攻略などのイベントには碌に参加できない。

 レベル上げや装備の取得なんて課金しなければ、膨大なプレイ時間が要求されることになるだろう。

 俺も課金はもはや趣味のための必要経費と割り切っている。

 こうして見ると、この【巨剣士】、全く使えないように思えるが、唯一、俺の輝ける場はちゃんとある。

 それこそが、実装されたその瞬間に俺が有名となった切っ掛けであり、俺にとっては最も楽しいと感じる瞬間だった。




『ワールド討伐クエストボス【毒邪神竜アジ・ダカーハ】が恐慌山脈よりその封印が解かれ、異界より出現しました』


 『プレイヤーの皆さま奮って討伐にご参加ください』




「来たか……」


俺の唯一の晴れ舞台にして最高にストレスが発散できること。

 今まで何度かあった職業の変更を蹴り続け、およそ廃プレイヤーでさえ副アカで充分とした【巨剣士】をその上位職になるまで極め続けたその理由。

俺は手に持っていた携帯ワープポータルを使用し、先程連絡の入ったエリアへと向かった。



  ※  ※



ソコは激戦区だった。

多くのギルドに所属するプレイヤー同士と、大型ボスであるという黒い大きなドラゴンが戦っている。

ワールド討伐クエストは仲間であるギルドメンバー以外のプレイヤーには攻撃が有効であり、一種のPvPゾーンとなっている。

 これはこういった混戦の場を敢えて運営側から与えられているということだった。

 更にはボス討伐へのダメージ、つまり貢献度の多いギルドに対してレア装備が順に渡されていくため、なんとか貢献度を上げようと必死なプレイヤーたちはギルド同士での争いもボスとの戦闘と同時に始まるのだ。

一種の三つ巴である。

自分のギルド対他ギルド対大型ボス。

まさしく、ソコは戦場と言っても過言ではなかった。

 そして、そこに突如として一つの鉄塔が出現する。

 その塔の上部分には剣の鍔のような形がなされており、目を凝らせば一つの人影を見ることが出来ただろう。

 それを確認した瞬間、プレイヤー達は動いていた。


「おい、ヤベェぞ! 【破壊天使シュリア】だ! もう来やがった!」

「ちぃ! おい! まとまるな! 各自回避行動用意!!」

「早く! 早くアレに向かって攻撃しろ! 攻撃モーションに入らせるな!」

「あ、やべ、間に合っ」


グオォアァァァアァァァンン!!!


と、物凄い音を立てながら毒邪神竜アジ・ダハーカに迫る鉄塔、いや、振るわれる巨大過ぎる剣。


「ギィァガァァァアァァァ!!!」


 大きな叫び声を上げ、ダメージモーションが入る。

その一撃で毒邪神竜アジ・ダハーカの、そのサーバーにいるプレイヤー達が全員で三時間攻撃し続けなければ倒せない程の膨大なHPの三ドットが削られていた。


「「「ギャアァァァァァァ!!!」」」


それと同時に、その剣の攻撃圏内にいた何十人ものプレイヤーが巻き込まれ、トッププレイヤー以外の者は死に、トッププレイヤー達のHPも、その高レベルな防御などを突き破って残り一割以下となる。


「がぁーー! クソ! 大型ボスに巨剣士は反則だろやっぱ!!」

「いや、まぁ、これぐらいしかまともに活躍できない職業だから仕方ないっちゃ仕方ないと思うけどね……」


一人のギルドリーダーがもらす愚痴に副リーダーが苦笑した。

そして、巻き込まれれば、運が悪いと一瞬でHP全損の可能性のある攻撃力を持つ巨剣士の姿を見る。

彼女こそが【破壊天使】の異名を持つネタと笑われる巨剣士の正当な上位職である巨剣師、ギルドランキング第31位にして、所属人数ただ一人の【シュリア団】に所属するプレイヤー、シュリアだった。


「せめてギルド名くらいまともに考えろよなぁ」

「本人に言わせるとゲームは所詮遊びって考えだしねぇ」


気を取り直したプレイヤー達はいつも通りに、ボスの攻撃と共に、楽しそうに笑う幼女の姿をした破壊の化身の攻撃も躱しながら、より一層激化した戦いに身を投げ出した。



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