第47話 本館爆撃

――13時20分、アメリカ、ハワイ――

――18時20分、アメリカ、ワシントンDC――


 ボイドは離陸直前、整備員に、搭乗機のコールサインを訊ねた。整備員は「タルガです」と答えた。その場でカークとボイドによる、タルガ1とタルガ2の即席の飛行小隊が編成された。

 ヒッカム空軍基地を飛び立ったボイドとカークは、2機編隊を組んだ。カークが小隊長として先行し、ボイドがウィングマン(僚機)として左ななめ後ろに付いた。事前の打ち合わせなど何もない、長年培った阿吽あうんの呼吸だった。


 15分ほど前に、周囲が一瞬暗くなった際、HUDヘッドアップディスプレイはその表示機能を失ってしまったが、F15Cイーグルでは他の計器が全てアナログなので、離陸にも飛行には何の支障もなかった。

 ボイドは無線を開き「AWACS聞こえるか? こちらタルガ2」と問いかけた。大統領警護のために、上空には常にAWACSが飛んでいるはずだ。

 そしてAWACSの飛行高度までは、チャイナサークルのレーダー欺瞞技術は影響を及ぼさない。


「タルガ2、こちらAWACS、聞こえます」

 予想通り、AWACSからの返事があった。

「ステルス機4機がオアフ島に侵入するはずだ。見つけ次第こちらを誘導しろ」

「了解、タルガ2」


「さて、どう料理しますか?」

 ボイドがカークに訊ねた。

「ストライク・ペガサスは元々はお前が操縦していたんだから、お前の方こそ分かっているはずだろう」

「あの機の特長は、マッハ1以下での機動性と、無人機ならではの無茶なマニューバが可能なことです。特に高GターンとマイナスGターンは要注意です。モハーヴェ砂漠の模擬戦であなたに勝てたのも、それを利用したからです」


「通常のドッグファイトは、エネルギー量の勝負だ。通常の戦法で戦い、相手の土俵に上がらないようにすれば良いという事だ」

「相手より高い高度から降下し、一撃だけした後にズームUPして再び高度を稼ぐ。これをを繰り返せば、負ける事はまずないでしょう。ヒット&アウェイです」

「もう一つ――、無人機には欠点がある。操縦のタイムラグが回避できないことだ」

「そうですね。専用の回線と移動指揮車を使っても、1/100秒は反応が遅れます。カメラ映像の受信時間+操作の遅れを積算すれば、平均で3/100秒くらいでしょう。更に向こうは遠隔地からの操作でしょうから、6/100秒か、それ以上の遅延も起きかねません」

「戦闘機のパイロットにとって、6/100秒は無限の時間だな」

「有人と無人の、永遠に埋められない差です」


「タルガ2、聞こえますか?」

 AWACSからの無線が聞こえた。

「タルガ2、オアフ島東30㎞に潜水艦らしきレーダー反応。4つの光点がそこから離れて移動しています。速度からしてミサイルではありません。戦闘機です」

「了解、AWACS、戦闘機まで誘導してくれ」

 ボイドとカークはA/Bアフターバーナーに火を入れた。


 再びAWACSから無線。

「タルガ2、目標まで10㎞。現在、敵戦闘機は、現場空域にて我が軍機と交戦中。F22、F35共に、計器に重大な支障があり、勝負になりそうもありません。尚、潜水艦の反応はその後ロスト。潜航した模様です」

「了解、AWACS」

「AWACS、こちらタルガ1、敵戦闘機が撃ったミサイルの数を確実に把握しろ、分かったな」

「了解、タルガ1」


 現場まで10㎞は目と鼻の先。遥か下の高度で小さな点が躍っているのが見える。

「馬鹿野郎が、相手の戦略に嵌っていいやがる」

 カークが呟いた。

「AWACS、味方機を一旦退避させろ。そいつらでは相手にならない」

「了解、タルガ2」


「こちらタルガ1。AWACS、ドッグファイトの戦況を報告せよ」

「現在のところ敵機の損失0、味方機の損失20、勝負になりません。パイロットは4名がベイルアウトに成功、他は生存が確認できていません」

「敵機のミサイル消費は?」

「合計24発です、タルガ1」

「ミサイルの種類は?」

「不明です」


「24発とは、随分と派手に撃ったものだな」

 カークはそう言うってから、ボイドに「ストライク・ペガサスのハードポイントは幾つだ?」と訊いた。

「4箇所です」

「対地攻撃をする予定なら、空対地ミサイルを2基ずつは抱くだろうな」

「同感です」

「作戦の性格上、長距離のフェニックス(FOX1)は積む訳がない。中距離ミサイルのスパロー(FOX2)なら、4機で合計16発しか積めないはずだな。とすると、短距離のサイドワインダー(FOX3)を合計32発積んでいたという計算だ」

「残りは4機合計で、8発ですね」


「行くぞ」

 カークは機首を下に向けながらスピードを上げた。

 ボイドもそれに続いた。



――(25日)08時25分、岐阜県、各務原かかみがはら市――

――18時25分、アメリカ、ワシントンDC――


 ファントムチームはポトマック川伝いに超低空で北上した。そのまま進むだけでワシントンDCに到達できるはずだが、首都に入る目前に、関所のごとく、テロリストに同調したとの設定の、ボリング空軍基地が存在していた。同基地からスクランブル発進したF22とF35が、ファントムチームに迫った。

 涼子とその仲間たちは、その襲来を避けるように、いち早く市街地上空に突入した。建造物に紛れて機載のレーダーを攪乱するためと、市街では空対空ミサイルもバルカン砲も、使わないだろうという読みがあった。


「今日は、徹底的にやるわよ!」

 涼子がマイクに向かって言った。

「どうした、パインツリー? 最近元気が無かったのに、今日はやけに張り切ってるみたいだけれど」

 インカムにゴールドの声が響いた。

「ちょっとね――。ずっと気になっていたことが、ついさっき片付いたのよ!」

「気になっていた事? 何なの?」

「教えない!」


「じゃあ、どうやって徹底的にやる?」

 インカムには、リバーの声が割って入った。

「西棟だけじゃなく、東棟も、それから本館も、全部爆撃してやる!」

「おいおい、本館には大統領が監禁されているシナリオだぞ。西棟だけを正確に爆撃しないと、ミッションは失敗だ!」

「失敗ですって? そもそも、ミッションの目的って何よ! 『テンペスト』を派手にお披露目することじゃないの?」

「それはそうだけれど……」

「西棟だけを正確に爆撃したからって、TVを見ている視聴者は喜ばないわ。たった今放送中の、日本の特別番組のタイトルを教えてあげるわ!『世界初公開・驚異のフライトシミュレーター・本日ホワイトハウスを撃破』よ。凄いでしょう?」

「確かに視聴者は、ホワイトハウスの象徴である本館に手を付けないで、西棟だけを爆撃したのを見たら消化不良だろうな」

「消化不良どころじゃないわ。ミッションが失敗したって思う人も多いはずよ。みんな、そんなんで良いの?」


「やろうよ、ホワイトハウス壊滅作戦!」

 3人目の仲間、バードの声だった。いつも無口なバードの一声で、流れは決した。

「やるか!」

 「やろう!」

  ゴールドとリバーが口々に言った。

「そう言ってくれると思ったよ!」

 涼子が嬉しそうに応えた。


「獲物はどう分ける?」

 ゴールドが訊いた。

「西棟は予定通りにゴールドが、東棟はリバーが、本館はバードとわたしが! それでどう?」

「異議なし!」

 3人が同時に答えた。


「あのう……」

 バードがぼそりと声を上げた。何かを言いたそうだった。

「どうしたの、バード?」

「どうせだったら、全員が爆撃に成功したら、ホワイトハウスの上空で、4機編隊でループをやりたい」

「ナイス、アイデアね、バード! わたしは賛成! 皆は?」

 「賛成!、やろう」

  「もちろん、賛成! 益々やる気が出てきた!」


「よし、行こう!」

 涼子は満面の笑顔を浮かべながら、スロットルレバーを思い切り引いた。



――(25日)08時30分、秋葉原UDX、特設スタジオ――

――18時30分、アメリカ、ワシントンDC――


 秋葉原UDXの特設スタジオでは、古賀を始めとした出演者、一般公募で選ばれた招待者たちが、画面に見入っていた。


 ビル群を縫うように飛ぶ、ストライク・ペガサスの映像は素晴らしく、初めの内は掛け声や歓声を上げていた面々が、画面に没入するにつれ次第に言葉を失っていった。

 マッチレス・ウィング社から参加している広報担当が、画面を見ながら、大域照明や反射、屈折、透過など、用いられているCG技術を適宜、解説するが、聞いているものはいなかった。

 

 何がそうさせるかというと、圧倒的な迫力だった。映画やゲームで見るCGは、所詮は作られたものだ。1枚の絵としてみると、恐ろしく良くできているのだが、映像は生きてはいない。血が通っていないというべきだろう。

 映画、ゲームでのフライトシーンは、何の障害も無い真空中を視点移動させ、それだけでは現実感がないので、ランダムで画面を揺らしているに過ぎない。


 しかし『テンペスト』は違った。

 コンピューターで演算されているところまでは同じだが、そこは真空ではなく、明らかな空気に満ちた空間だ。

 密度のまばらな空気の塊を切り裂けば、必ず予期せぬ振動が生じる。それを抑え込もうとするパイロットたちの臨機応変な機体操作が、生存本能のうねりとして画面から伝わってくるのだ。


 客席の招待者や、ゲストの中からは、画面に没入しすぎたために吐き気を催して、1人2人とトイレに駆け込む者が出始めた。

 MCの古賀は、何とかフライトを解説しなければと思いながらも、どうしても言葉が出てこず、『オー』とか、『スゴイ』という短い単語を連発するだけだった。

 両手にはびっしょりと汗を掻いていた。



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