第48話 バルカン砲
――13時30分、アメリカ、ハワイ――
――18時30分、アメリカ、バージニア州、マクレーン――
ウィルバックCIA長官は、執務室でハワイから上がってくる戦況報告を受けていた。
戦闘機のフラットパネル・ディスプレイが無力化したことが原因で、戦況は最悪と言えた。空軍は20機の戦闘機と、海軍の対潜哨戒機が撃墜されている。最早、空軍は防空の機能を果たしていないと言って良いだろう。
大統領が避難するための時間が稼げたことが、せめてもの幸いといったところだが、この状態でワイキキ辺りの市街地を爆撃されたら、被害甚大だ。
ウィルバックは卓上の内線電話を取り上げて、リョウコ・マツダを担当させている工作本部の東アジア部を呼び出した。
「リョウコ・マツダが操縦しているストライク・ペガサスは、オアフ島を飛んでいる機なのか? それともシミュレーターの中の機なのか?」
ウィルバックの目の前にあるモニター画面には、日米同時中継されている、『テンペスト』のデモフライトの映像が流れていた。
「プロトコルの解析がまだなので、判断ができません」
電話の先で、担当者が応えた。
「リョウコ・マツダの通信回線を遮断しろ」
「回線のプロバイダーと交渉しますか? それともハッキングでシステムに干渉しますか? どちらも今すぐにはできません」
「悠長なことを言うな! 合衆国の危機だぞ! リョウコ・マツダの家に引き込まれている光ケーブルを切断しろ。今すぐにだ」
ウィルバックは、受話器を叩きつけた。
――13時35分、アメリカ、ハワイ――
――18時35分、アメリカ、ワシントンDC――
「さあ、いきましょうか」
ボイドの掛け声と共に、ボイドとカークは機首を下げる。最初の急降下で、ボイドとカークは、簡単に2機のストライク・ペガサスを餌食にした。元々圧倒的な性能差がある機体だ。攻める側が変な色気さえ出さなければ、相手は動いていないのと変わらない。
急速度、急角度ですれ違うため、一旦相手よりも高度が下がるが、その間に蓄えた運動エネルギーが、ズームUPによって、瞬く間にボイドとカークの機を遥か上空に運ぶ。
熱源追尾のサイドワインダーが2基追いかけてきたが、ボイドはフレアを撒いてそれをかわした。カークも同じ行動をとった。
「もう一撃」
ボイドとカークは、もう一度急降下する。カークは先程と同じように相手の機を捉えた。サイドワインダーが命中する。
しかしボイドが狙った相手は、考えられないような行動を取った。エアブレーキを開いて急減速し、ボイドがオーバーシュートするタイミングでサイドワインダーを発射したのだ。ボイドが回避行動に気を取られる間に、相手はボイドの背後を取っていた。
「やられた」
ボイドは観念した。今サイドワインダーを撃たれたら一貫の終わり。ベイルアウトのハンドルに手が伸びる。しかしマッハ計は1.2。音速越えでのベイルアウトは自殺するのと同じだ。少しでも速度を落とすために、フラップとエアブレーキを開く。機は空中分解寸前だ。
激しい振動の中で、ボイドの機のロックオン・アラートが警告音を発した。
――(25日)08時35分、岐阜県、
――18時35分、アメリカ、ワシントンDC――
涼子たちファントムチームは、ホワイトハウスを正確に爆撃した後、侵入してきたルートをは逆に、ポトマック川を下流方向に飛んでいた。
超低空飛行ということと、時折市街地をかすめるように飛んだため、誘導型の迎撃ミサイルは誤爆を恐れて発射してこない。相手の頭脳はAIとはいえ、――いやAIだからこそ、きちんとルールを守った運用しかしてこない。
チェサピーク湾に出たところで、ファントムチームは一旦散開した。ターゲットを分散させるためだ。そしてバージニアビーチ沖で落ち合うと、予め定められた場所に急速浮上した潜水艦のペイロードに、ぴたりと垂直着陸した。
潜水艦が急速潜航するまでの所要時間は、わずか3分。まるで計ったようなタイミングだった。
実戦であれば、その潜水艦をイージス艦や対潜哨戒機が追うのであろうが、ボブのシナリオには、潜水艦には高度なレーダー
「やったね!」
涼子が思わず声を上げた。
「凄いぞ、俺たち!」
「大成功だ!」
「アメリカ軍なんて、見かけ倒しだ!」
涼子に続いて、3人が口々に喜びの声を発した。
「ホワイトハウス上空でのループは気持ちよかったな」
「本当に、あれは……」
ゴールドとリバーが話しはじめたところで、どういう訳か急に音声が途切れ、同時に涼子の
一瞬の後、目の前には『No Signal』の表示が点滅した。
――13時35分、アメリカ、ハワイ――
――18時35分、アメリカ、ワシントンDC――
ボイドの機のロックオン・アラートが鳴り続ける。
しかし赤外線ではなく、なぜかレーダー波。
その瞬間に、ボイドの機を背後から追っていたストライク・ペガサスが、爆発した。何が起きたかと訝る中で、カークからの無線が入った。
「命拾いだな、おい」
「何が起きたのですか?」
「相手の弾切れだ。サイドワインダーを撃ち尽くしたので、バルカン砲を撃ったんだ。そこのところが所詮は素人だ」
カークは笑った。
音速越えでバルカン砲を撃てば、推進力を持たない弾丸を、それよりも速い自分の機体が追い越して行く。つまり、自分を掃射したのと同じなのだ。
ボイドは機を立て直して、AWACSと交信した。
「AWACS、こちらタルガ2、レーダーの機能を喪失している。基地まで誘導を頼む」
「了解、タルガ2」
――(25日)08時45分、岐阜県、
――18時45分、アメリカ、ワシントンDC――
涼子が
「やったなパインツリー」
差し出された右手を握り返そうとして、涼子は手のひらに浮かんだ汗に気がついた。涼子は慌ててその手を、着ていたトレーナー擦りつけた。
「ありがとう、バウのおかげよ」
涼子はバウの手を強く握った。
涼子は最後の『No Sugnal』の表示の事が気に掛かっていた。『テンペスト』の通信は安定していて、いままで途絶したことが一度もなかったからだ。
「どうした、浮かぬ顔をしているが」
「何でもありません。最後の最後で通信でエラーが出てしまって」
「エラーって?」
「音声も含めて、データ通信が止まってしまったんです。でもミッションが完了してからなので、どうってことありませんけれど」
「通信障害なんて、安心していたらいきなり来るもんだ。そんなもんだよ」
「そうですね」
涼子は曖昧に笑った。
ふと脇を見ると、古賀の番組はまとめに入っていた。放送時間は9時までなので、もう10分程しか残されていない。
古賀を始めとした出演者の後ろにある巨大なスクリーンには、西棟、東棟、本館と、無残に崩れたCGのホワイトハウスの映像が流れ、時折それにカットインするように、ストライク・ペガサスによる爆撃のシーンと、その爆撃の直後に、ホワイトハウス上空で誇らしげにループする4機編隊が映った。
右下に抜かれたライブ映像には、ワシントンDCから生中継された、ライトアップされた現実のホワイトハウスや、クリスマスを祝う市民の笑顔が流れていた。
インヴィンシブル・ウィング社から番組に参加していた、カナダ人の広報担当者は、番組の出演者たちから、『本来は、ホワイトハウスの西棟だけ爆撃するってシナリオでしたよね』と突っ込まれていたが、古賀が脇からそれをフォローした。
『まあまあ、良いじゃないですか。職人技で西棟だけ爆撃するより、ホワイトハウス全てを爆撃した方が、TV的には分かりやすくて良いですよ。結果オーライってことでしょう』
『今日はクリスマスだから、爆弾を大目にプレゼントってことで!』
お笑い芸人の中でも、ひときわ顔と声の大きなYがとぼけて見せて、そこで番組のエンドロールが流れ始めた。
『それでは皆さん、この続きは、皆さん自らが『テンペスト』で体験なさってください!』
時間一杯の古賀の締めの文句と共に、画面はTV通販のCMに切り替わった。
「ねえバウ、今TVに出ていたインヴィンシブル・ウィング社の広報担当って、わたしたちがやったことの背景を、分かっているのかな?」
涼子は思わずバウに訊いた。
「知っているわけないさ。インヴィンシブル・ウィング社の中でも、真相を知っているのは一握りだろう」
バウもそれ以外には、答えようがないようだ。
「そうだよね……」
涼子は、たった今しがたまで自分が行っていたミッションを、自分とは無関係な人々が、事の背景も知らずに、エンターテインメントとして見ていたことに、不思議な感覚を覚えた。
不快感ではないし、違和感でもなかった。ただ自分が異世界の人間になったかのような、妙な感覚だった。
「気にするな、パインツリー。今日は君が持っている最高の飛行技術を、皆の前で披露したんだよ。それ以外の何でもない」
バウは自分を気遣うように声を掛けてくれた。
「そうかもしれませんね。今回の出来事は、あまりにも規模が大きすぎました。きっと私なんかの考えが及ばない、遠いところに真実があるんでしょうね」
「知らない方が良い事ってのも、世の中には色々あるものだしな」
「おっ、大人の意見!」
「たまにはな」
「ま、いいか! 皆喜んでくれたみたいだし!」
そういって涼子は、爽やかな笑顔を見せた。
――14時00分、アメリカ、ハワイ――
――19時00分、アメリカ、ワシントンDC――
ヒッカム空軍基地に降り立ったボイドはカークの無事と健闘を称えた。
「腕は衰えていませんね」
ボイドが言った。
「本気で言っているのか? だとしたらお前の目は節穴だ」
カークの鋭い視線がボイドを刺した。
「あなたには嘘はつけませんね。しかし、現場の一線級のパイロットよりも、まだまだ腕は上です」
「そんな慰めは、何の足しにもならん。俺はもうじきに、あの少女にも追い抜かれてしまうさ」
「あなたが、パインツリーと仰った少女ですね?」
「いつかお前も抜かれるよ。断言しよう」
「その名は覚えておきます。いつか会える時がくるかもしれない」
カークはボイドの言葉に対して、いつもとは違った、少しだけ優しい笑みを浮かべた。
ボイドはカークが、自分のこれからの人生で、貴重な友人になるのだろうとの予感がしていた。カークはどう思っているかわからない。
いつか自分も退役したら、ここハワイに住むのも悪くない。そうしたらカークはもっと心を開いてくれることだろう。
反目し合った時代があったのは事実だ。しかし2人とも命を懸けて空を駆けるテストパイロット。同じ血が流れている。
――第11章、終わり――
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