第40話 プラットフォーム

――2024年12月5日、22時10分、九州沖――


 空母ジョージワシントンの艦長室では、操艦を副艦長に任せたバロン大佐が、寝床につこうとしていた。

 既に自衛隊と中国の潜水艦部隊からは、『作戦海域にて待機中』との連絡が入っている。こちらも明日の未明には屋久島の南を横切り、東シナ海に出る。作戦海域には早朝には到着できるだろう。それまでにゆっくりと睡眠をとって、集中力を養っておかなければならない。


 コツコツとノックの音がし、若い士官が部屋に入ると、「ペンタゴンから入電です」と言って、一枚の紙をバロンに手渡した。

 一読するなり、バロンの手が震えた。

「何を血迷っているのだ」

 バロンは電文を手のひらで丸めて、壁に叩きつけた。

『潜水艦の撃沈は許さず。拿捕だほすること』

 と、そこには書かれていた。


――そもそもが、未知の脅威を取り除く事、即ち潜水艦を撃沈させるために我々は派遣されたのではないのか?――


 今や海軍の主力艦内部は、パネルディスプレイだらけだ。もしもチャイナ・サークルを突破しようとしてそれらの機能が失われたら、操船さえままならなくなる。外から叩く事だけでも難儀なのに、突入などできるものか。

 大方、ワシントンDCにいる現場を知らない頭でっかちが、チャイナ・サークルのテクノロジーを我が物にしたがっているのだろう。


「どうする?――」

 バロンは自問した。


「どうにもならない――」

 という答えしか、頭に思い浮かばなかった。しかし、1つだけ望みがあるなとバロンは思った。先程まで自分で考えていた事――、もしも潜水艦側に、故障などの理由で、潜航できない事情があった場合にだけ使える手段だ。

 攻撃艦で周囲を包囲し、相手の逃げ場をなくした上で、潜水艦を潜航させてチャイナ・サークルの内側に侵入させるのだ。それしかない。


 今回の我が艦隊には潜水艦が随行していないが、日本からは4艦、中国からは8艦が作戦に参加している。やつらにやらせよう。

 バロンは艦内電話を取り上げてブリッジを呼び出すと、海上自衛隊と人民解放軍海軍の双方に、『本作戦は、潜水艦隊を前面に置く布陣をとる』との電文を送らせた。そしてそれを追うように、『米海軍の主力部隊が到着するまでの間、敵潜水艦が潜航して逃亡せぬよう、細心の哨戒体制を敷くように』との追加電文を送らせた。

 バロンは念には念を入れ、人民解放軍海軍側側に、『敵潜水艦の逃亡を監視するため、貴国の支配空域において対潜哨戒機の出動を要請する』と更なる追加電文を付け加えた。



――2024年12月5日、22時15分、沖縄県、那覇市――


「山口か? たった今、ニュースを見たぞ。どうなっているんだ?」

 宮本が電話を掛けた先は、防衛省で内局勤務をしている山口だった。

「俺も見た。しかし情報部には何の報告も来ていないらしい。向うが独自の判断でやったことだ」

「状況から見て、CIAがフェニックス・アイ社を黒だと断定したという事だろう?」

「それは確かだ。しかしその黒が、ペガサスのハイジャックと国会議事堂爆撃までの疑惑なのか、チャイナ・サークルまで含めた疑惑全体についてなのかは分からない。とにかく日本側は現時点で、蚊帳の外だ」


「ニュースの後半で言っていた、3人の大学教授というのは何者だ? 俺は行方不明になった時の新聞記事を、何となく覚えているぞ」

「俺にも分からん」

「何れにしても、これでフェニックス・アイ社は終わりという事だろう。経営陣を連行して、自白をさせて幕引きだ」

「あれだけ周到に事を進めてきた相手だ。そう簡単ではないと思うぞ。とにかく明日、情報部からCIAに問合せをしてもらう」



――2024年12月5日、9時30分(日本時間12月6日、01時00分)

            アメリカ、カリフォルニア州、エドワーズ空軍基地――


「それでは始めようか」

 ボイドの隣の席で、カーライル少将が口火を切った。ボイドはエドワーズ空軍基地に設置された、ストレイク・ペガサス喪失の調査委員会に出席していた。

 カーライルとボイド以外のメンバーは、基地副司令のブライトン中佐以下3名。その他にTV会議システムを通して、モーガン・ウィルバックCIA長官が参加していた。


「フェニックス・アイ社への突入は突然でしたね。驚きました」

 ボイドが言った。

「内偵の結果、フェニックス・アイ社が別の犯行を予定している可能性が浮上した。急を要すると判断したためだ」

 ウィルバック長官がそれに答えた。

「肝心の成果はどうだったのですか?」

 ウィルバックは首を横に振りながら、「大物は釣れず。さっぱりだ」と答えた。「鍵を握るとみられる、社長のアントーノフは確保できなかった。他の役員連中は全員白。2000人いる社員への聴取はこれからだが、恐らく何も出てこないだろう」


「3名の教授を救出しましたね」

「それくらいが成果と言えば成果だな。3名は山間部の山荘に軟禁状態で、ストライク・ペガサスの誘導プロトコルの解析と、システムへの介入手段についての研究を強要されていたそうだ。元々3名とも国防総省の技術顧問も兼務していて、軍の通信システムには関わっていたんだ。

 それと『テンペスト』という新システムに搭載する、高速データ通信技術も開発したと言っていた。3名を見張っていたやつらは、こちらの突入前に姿を消したそうだ」


「突入に関する情報が漏れていたという事ですね」

「やつらが運用しているソニック・ストライカーというサービスには、軍の人間や、政府関係者も多数登録している。情報漏洩の温床になっていた可能性もある」

「日本の防衛省の言っていた事も、あながち的外れではなかったと言う事ですね。ところで先程言われた『テンペスト』と言うのは何ですか?」

「3名はデータ通信の一部分を担当しただけで、詳しくは何も分からないそうだ。実は防衛省との情報取引でもその名は出てきている。断片的な情報を総合すると、無人機の操縦を統合管理するためのプラットフォームだと思われる」


「プラットフォーム?」

「そうだ。作戦の立案からはじまり、行動シミュレーション、パイロットの訓練まで行えた上、もちろん操縦もできる」

「ストライク・ペガサスは、それで誘導されたんでしょうね。他の機体も操縦できるのでしょうか?」

「ストライク・ペガサスで出来たのだから、可能性はある」

「海軍で正式配備目前のF47Dペガサスや、海兵隊で検討中のX47Eペガサスも、飛行中に奪われる可能性があると言うですね。運用の一時停止を勧告しなければ」

「場合によっては、偵察機のRQ1プレデターやRQ4グローバルホークもだ」

「こうなってくると、一体誰のために無人機を開発したのか、分からなくなってきますね」

 ボイドの言葉に、委員会のメンバーは皆顔をしかめて頷いた。


「今後の動きはどうなるのですか?」

 続けてボイドが質問した。

「社長のアントーノフを追う事、外交ルートを通じて、ロシア側の株主3社に聴取を申し入れることくらいだな。恐らくロシアはそう簡単には協力には応じないだろうが」

「ロシア側の株主3社は、犯行には加担していたんでしょうかね?」

「もしも加担していたとしても、フェニックス・アイ社と同じで、一般社員も役員たちも事実は知らされてはいないだろうな」


「日本人のリョウコ・マツダという少女は?」

「日本にいるエージェントに尾行をさせている。携帯電話の会話は常に傍受。メールも同様だ」

「マツダとフェニックス・アイ社とのコンタクトは続いているのでしょうか?」

「ソニック・ストライカーのサーバーは、突入と同時にデータセンターごとダウンさせた。同社が世界8カ所に持っているデータセンターの全てを同時にだ。

 しかし、『テンペスト』がダウンしたかどうかは確認ができていない。もしも『テンペスト』が生きていたら、それを使ってコンタクトは続いているはずだ」


「マツダと接触しますか?」

「いや、もう少し泳がせる。今はその少女だけが、『テンペスト』にたどりつく唯一の細い糸だからな」

「それではせめて、マツダの自宅に繋がるネットワークに侵入し、『テンペスト』のプロトコルを解析しては?」

「NSAが既にやっている。専用線2本と公衆回線をミックスした特殊な接続方式で、しかも暗号化された特殊なプロトコルらしく、苦労をしているらしい」

 

「海軍の行動はどうなのでしょう。あなた達が行ったフェニックス・アイ社への突入と同様に、海軍も我々にとっては随分と唐突な動きに思えます。潜水艦がそこにいるから海軍を出動させるとは、如何にも短絡的です。チャイナ・サークルはそんなに単純なものではない。もっとやりようがあるでしょう」

「スティール国防長官の強い要請だ」

 ボイドはやはりそうかと言うように、呆れた顔で頭を振った。


 カーライルが話に割って入り、「それは国防長官が、中国から疑いの目をそらしたと言う事でしょうか? 海軍の作戦には人民解放軍海軍も参加するようですが」と訊いた。

「国防長官は中国を試そうとしているのだ。中国が謎の潜水艦の拿捕だほに協力するならば、それはそれで良し。もしも潜水艦の逃亡を助けるような動きをすれば、即座にアウトということだ」

「相変わらず、食えない人物ということですね」

 カーライルもボイド同様に、呆れた表情で首を左右に振った。


「カーク大佐がどうなったのか、教えていただけますか?」

「CIAの調査によれば、カーク大佐がフェニックス・アイ社に流した情報は、彼がパイロットとして実機に乗り込んで、体に覚え込ませた感触と言うか、ニュアンスのようなものだ。幸いにも飛行マニュアルや諸元性能などの機密事項には触れていなかった」

 ボイドはテストパイロットの立場から、本当は「それこそが、最も重要な情報なのです」と言いたかったが、それは胸にとどめた。


「それで大佐の処分はどうなるのです?」

「あとの事は、空軍内部での判断になるだろう……」

「そこから先は私が説明しよう」

 と、カーライルが割って入った。「最終的には軍の査問委員会の裁定になるが、軍事裁判にまでは至らないだろう。カーク大佐の長年に渡る我が空軍への貢献は、誰の眼にも明らかだ。これは私の感触だが彼の罪は不問に付されると思う。ただし、彼が生きている間中、憲兵隊からの監視がつくことになるだろうが」

「それで、大佐は今どこに?」

「君との模擬戦の後で、彼はすぐに除隊届を出している。今は民間人として、ハワイで隠居生活を楽しんでいるよ」

「良かった」

 ボイドは胸を撫で下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る