警告。神候補の君に告ぐ

因幡亭使命

第1話 新宗教始めました。

神は私に何も言いませんでした。全知全能の神は、私に、これ以上新しいことを伝えることができなかったのでしょう。   -灰寺 牧乃-



「貴方は、神候補です。」

灰寺は、俺の親友である灰寺牧乃は、厳かに伝えた。大切な話があると言われて、心配になって来てみればこれである。

「安心してください。私には教祖の素質があります。先ほど雑誌で知りました。」

「12パターンしかないのによく信じる気になったな・・・。」

「今日から私は、自神管理教の教祖様です。そして、貴方は、神候補です。」

新宗教を立ち上げるため、灰寺は俺を神にしたいらしい。正直なところ興味はないのだが、今月は出費がかさみお財布がピンチだったので、少しだけ話に付き合うことにした。

「まず、自身管理教について説明してくれ。俺にどんな神になれと言うんだ?」

「ああ、貴方も神になりたいのですか?」

灰寺はため息をついた。先ほどの穏やかな慈悲深い顔が、今は悲しみに満ちた自殺志願者の顔に代わっている。話が見えてこない。俺は何か間違ったことを言っただろうか。国語の現代文にはそこそこ自信がある。俺が神になり、灰寺が教祖となる。あとは信者が金を持ってくる。そういう話だと思っていたのだが。

俺もため息をついた。

「目的も目標も知らないのに手伝えないだろう?」

「そうですね。まずは自神管理教の目的を伝えるべきでした。」

灰寺の顔は、とりあえず運動会が雨で中止になった程度に回復した。

「自神管理教の目的。それは、管理者になることです。」

「管理者?神になるんじゃあないのか?」

「自らが神を管理する教え。略して自神管理教です。」

自身だと思っていたが『自神』だったらしい。セミナーみたいな宗教だと思ったが違った。どうやら神、すなわち俺を管理したいということらしい。

俺は呆れ顔である。それを見て灰寺も真似をする。

「何ですか。先ほどまで神様になることに積極的ではありませんでしたか?」

「神とか言いながら下僕を増やしたいだけだとわかったからな。」

「いつ私が貴方に下僕になれなどと言いましたか?気持ち悪いです。」

今度は、安上がりで大して怖くはないが建物が古いため雰囲気は出ているお化け屋敷をのぞき込むような顔になった。灰寺はこういう子供っぽいところがある。気分屋でも天然でもない。

一言でいうと変わっている、頭がおかしい人間である。

「お前が俺を神候補とか言い出すからだろう?」

「道を踏み外しそうな人を導くのが教祖の仕事ですから。」

「踏み外しそうになったのはお前のせいだろ。俺を誘惑しやがって・・・。」

「こんな地味な私に魅かれたのですか?気持ち悪いです。」

アゲハチョウの成虫を見た後にアゲハチョウの幼虫を見たような顔でこちらを見つめてきた。話が進まない。ここまでで分かったことといえば、神を管理したいという目的だけである。

「で、神を管理してお前は何がしたいんだ?」

「いや、別に私自らが神を管理したいというわけでは。」

「教祖になってお金を集めたいんだろう?」

「貴方には失望しました。貴方には私がそんな普通の人間に見えていたのですか?」

そういえばそうだった。灰寺は金に興味がない。いつも浪費している、というより使い方がわかっていない。財布の中身は空っぽだが貯金はしっかりしているタイプ。

だからこそ、俺にも付け入る隙があると思っていたのだが。

「もちろん、宗教で生計を立てようと考えていた時期もあります。まずは書籍を発行して、次に漫画を描いて書籍の存在と読みやすさを。」

「なんだちゃんと考えてあるじゃあないか。」

「ですが、私の残された時間では実現不可能であることがわかりました。」

灰寺は絵を描くのが遅い。薄い本一つでも何か月とかかるだろう。宗教を広める漫画にするなら30年は見積もるべきだ。ちなみに灰寺は20歳までに死ぬことになっている。これも信憑性のないWebサイトの占いの結果である。死因は急性アルコール中毒。的中すれば法律的に自業自得である。

「そこで、不本意ですが書籍だけでも残しておこうかと。無料で。」

「未練たらたらだな。」

「私だって老後の心配くらいしますよ?」

寿命が20歳の場合、どこから老後なのだろうか。物事を計画的に進める灰寺にとって、寿命が厄介な敵であることは間違いないのだが。

「もちろん、私の考えることなど誰でも考え付くことであり、今までに何度も世の中に書籍として出回っていることは百も承知です。『同じような書籍を何度も世の中に出すなんて無駄だ。価値のないことだ。』そう思っていました。

 ところが、多くの人間は世の中に重複した書籍の一つを初めて手に取ると、これは新しい!と口々に叫ぶのです。」

世の中に出回っている書籍をすべてチェックしている人間なんていないからそれはそうである。数百億の本が並んでいたら、普通の人間は堅苦しい宗教の本より肌色の多い表紙のライトノベルを手に取るだろう。

「もちろん以前に似たような書籍を読んだと自慢げに声を荒げる人間もいます。しかし、大抵は話の本質を間違えていて、ニーチェが『神は死んだ!』と叫んで回ったことを記憶したレベルの勘違いをしているのです。」

神は死んだ。有名な言葉である。だが、その言葉に至った経緯を俺も知らない。

昔、ニーチェという哲学者がいた。教育としてはそれだけ知っていれば充分なのである。彼の書いた書籍すべてに目を通し、理解する必要は全くない。少なくとも受験においては時間の無駄である。

「とにかく、人間という生き物は、やたら神を作ったり崇めたり、愚かというか滑稽というか。」

「自分より優れていたら神だろうな。今の現代人の感覚だと。」

「その価値観をぶち壊してみたのが、自神管理教です。これを知れば、貴方は神候補から外されます。」

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