第二幕 人喫の幽鬼

鬼の住まう街

 ―――ゴリッガリッゴリッ……。


 ジメジメと湿った纏わり付く様な闇の中から、何か固い物を砕く音が響いている。

 深夜の公園……とは言え、周囲に人影どころか誰かが近付いてくる気配すらなく、の摂る“食事”を邪魔する者はいない。


(……おかしな話だのー……)


 先程までかぶり付いていたは完食し終え、新たな部位をゾブリと食し始めたは、この街の不可思議さがどうにも腑に落ちないでいた。


 は元々、この街の住人ではない。

 数日前に、遠方からこの街へフラリとやって来たのだ。

 わざわざ元の街を離れて、この街にやって来た理由は……ない。

 ただ単に、以前住んでいた街には少々居辛くなり、新たな棲みかを求めて移動した先にこの街があっただけだった。


 しかしが驚いた事に、この街には存在しなかった。

 これ幸いにと居を定めた訳だが、本来が居ない地を見付ける事の方が難しい。

 にも関わらず、この街にを感じるどころか、存在した気配さえ掴めない。


(……だが……まぁ、いい……)


 だがはすぐに、考える事を止めた。

 居ないのならそれで良い。

 煩わしい縄張り争いを起こす必要もなく、「良質の」棲みかが手に入ったのだから。


 闇に包まれた公園の更なる暗黒から、不意にが現れに近付いた。

 真紅の液体で口の周りを濡らしたが、顔を上げてその人影に視線を向けた。


「ふん……ご苦労だったな、よもぎ


 は蓬と呼ばれた、見た所まだ幼さの残る少女に労いと思える言葉を掛けると、先程までが食していた残りの一部を少女の元へ投げて寄越した。

 ドサッと言う音が少女の足元で起こり、人の手であったものが転がる。

 蓬は端整な顔に美しく描かれている眉根を寄せて、それを一瞥した。

 明らかに嫌悪感が表情に現れている。


「……どうした、食え」


 彼女の心情を知ってか知らずか、は蓬に“それ”を勧めた。

 その言葉を受けた蓬は躊躇いがちながらゆっくりとそれを拾い上げ、が見ている前で口に運び歯を立てた。


 ―――ミチリ……。


 生肉が食い千切られる独特の音が、彼女の口許から零れる。

 それを見たは満足気に口の端を吊り上げた。

 蓬はが浮かべたその顔を確認すると、踵を返して再び暗黒に溶け込んでいった。





「……オエッ……ゲェ……グフゥ……」


 蓬はに気配が届かない程の距離を取り、周囲に誰も居ない事を確認して後、激しく嘔吐を繰り返していた。


 蓬は元来、とは違い食人の類いではない。

 それ位は、当に理解していた。

 どれだけ人肉を口にしようが、体が全く受け付けない。


(……また……黒くなってる……)


 そしてその行為を繰り返す度に、自身の霊気が黒い色へと染まってくるのだ。

 自身が何者で、この現象が何を意味するか理解出来なくとも、良くない症状だと感じていた。

 しかし蓬には、を裏切る事も、から離れる事も出来なかった。

 がりなりにも、は自分の「育ての親」である。

 それにと別れてどうやって生きていけば良いのか、蓬には解らなかったからだ。


 どうにか落ち着きを取り戻した蓬は、この街での寝床を探す事にした。

 はどうやらこの街を棲みかと定めたらしい。

 当分はこの地に留まらなければならないだろう。

 蓬には体を休める場所が必要だったのだ。

 

 町中に出来るだけ人気の少なく静かに休める所を求めて、蓬は再び闇の影へと溶け込んでいった。

 

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