突然の気配

 母屋を出た俺は、いつも通りのルートで見廻りを行った。


 なんや、この後に気の重くなりそうなイベント (利伽りかとの話し合い)が用意されてると考えたら、色々としょーもない考えが次々に湧いてきて、このまま利伽に会わんよーにして明日神流かんなには「昨日は利伽に会われへんかったー」ととぼけようかと、割りと本気で考えた。


 けどまー、そんなんは原因の先送りにしかならん。


 ってゆーか、どのみち通学途中で利伽達あいつらと合流したら、俺の嘘なんかすぐに瓦解してまうやん……。

 しかし嫌な事ってのは、なんでこんなに早く迫ってくるんやろな。

 色々と考えとったら山の見廻りをグルッと終えて、いつも利伽と合流する場所に辿り着いてもーた。

 そこにはもう、利伽が立ってた。


 何処と無く所在無さそうに……。


 それを見て、俺も理解した。

 利伽もまだ、悩み事に答えを見つけられてへんのやって事を。

 そしてそれを、俺に話すべきかどーか決めかねてるって事を。

 そう確信したら、俺の考えは一つに絞られた。

 

 ―――一緒に悩めばえーやんけ!


 一人で出ーへん答えなんやったら、二人で、三人で……まー、四人で? 考えればえーこっちゃ。

 今までだってそーしてきたんやから。

 かなり気持ちの楽になった俺は、殊更周囲の草木を鳴らして利伽に近づいた。

 その音を聴いて、利伽がビクリと顔をあげて俺の方を見た。


「よっ!」


 右手をあげて、出来るだけ自然体を心掛けて俺は利伽に声をかけた。

 それに対する利伽の反応は、相変わらず陰鬱いんうつや。


「……こんばんは」


 普段やったら「よっ」と返してくる利伽も、今日は何処かしおらしく挨拶した。

 ほんまにチョーシ狂うし、気になってしゃーない。

 向かい合ったまま立ち尽くしてタップリ六十秒以上経過しても、利伽から口を開く素振りも、動き出そうとする気配も感じられへんかった。

 

(あかん……このままやったら、埒があかん……)


 ここは俺から切り出すしかないな……俺はそう決意した。


「おま……」


「タツは……」


 でもまー、こんな事ってほんまにあるんやな。

 俺が口を開いたのと、利伽が話し出したのが同時になった。

 出会い頭にお互い言葉をぶつけ合ってもーた俺らは、また黙りこんでもーた。

 因みに利伽は俺の事をタツと呼ぶ。


「タツは……何も聞いてないん……?」


 でも、今度の沈黙時間は短いもんやった。

 利伽から口を開いたからや。


「何もって……何を?」


 要領を得んとはこのこっちゃ。

 何も聞いてないし、心当たりないからこの空気が作り出されてるんやろ。

 だから俺の返答は、極シンプルなものやった。


「せやから……あんな……」


 そこでまた、利伽が口ごもる。

 だけど俺は、急かすような事はせんかった。

 ここまで来れば、後は待つだけや。

 利伽の意思を尊重しよー思たんや。

 

「……せやからな!……」


 利伽が語調を強めて切り出した、正にその時!


 俺の中で電流でも流れたように、体がビクッと反応した。

 それは利伽もおんなじみたいで、言いかけてた言葉は詰まり、口を開けたまま呆気に取られてる。


「……何……今の……?」


「……わからん……」


 時刻は、草木も眠る丑三つ時。

 

 俺達は恐怖か緊張の孕んだ表情で、お互いの顔を見合わせていた。

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