その3

「うぃーっす」


 俺がいつものように、利伽りかに挨拶をした。


「……おはよう」


 しかし返ってきたのは、いつもと違う元気のない挨拶。

 俺のだらけきった挨拶に、いつもの利伽なら「なんやのん、朝から元気ないなー!」とか「朝一番くらい気合い入れときー!」なんて、テンションの高い言葉が飛んでくるんやけど……。

 余りにもいつもと違う利伽に、俺と神流かんなは顔を見合わせた。


「……利伽姉ちゃん、どーかしたん? 体調悪いん?」


 神流が心配そうな顔で利伽に問いかける。

 さっき神流にした挨拶は至って普通やったから、尚更そのギャップに不安を感じたんやろう。


「ううん、何でもないで!」


 だが、神流にそう返した利伽は、本当に何でもないようやった。


 ―――体調はな。


 俺達は長い付き合いや。

 多少の事やったら、隠し事の有無ぐらい見抜けてまう。

 何か、言いたくない悩みでもあるんやろか。

 まー俺らの年代やったら、悩み事の一つや十個、あって当然やな。


「大丈夫なんやったら、とっとと行こか」


「……うん……」


 しかし俺が掛ける言葉にだけ、なんでか元気が含まれてへん。


 なんや!? 俺か!? 俺が原因か!?


 顔にも言葉にも出せへんけどそんな事を考えとったら、神流が半袖シャツの裾をクイクイッと引っ張ってきた。


「ちょっと、お兄ちゃん。“昨日の夜”利伽姉ちゃんに何かしたん?」


 しかし神流も同じ事を考えてた見たいで、小声で俺に聞いてきた。

 もっとも小声っちゅーても、余裕で利伽の耳に入る程の音量やったけど。


 俺には全く身に覚えがない。

 “昨晩”も普通やった。

 これは早急に確認して原因をハッキリさせんと、俺が在らぬ冤罪で神流に嫌われてしまう!


 ―――何度も言うけど、俺はシスコンやない。ほんまや。


 俺達は同時に真夏の方を見た。

 知ってる確率があるとすれば、弟の真夏やからな。

 俺ら兄妹に揃って視線を向けられて、真夏はあからさまに顔を逸らした。


 真夏、そらー僕知ってますってゆーてるようなもんやで。


 それを確認して、俺と神流は顔を見合わせて頷きあった。

 今ここで真夏を問い詰めても、どーせ口は割らん。

 口数が少なく内気なくせに、みょーに強情な真夏は、答えられない事には頑として口を割らんのや。

 しかも今、この場には利伽がおる。

 この姉弟の力関係はよー知らんけど、だいたい想像はつく。

 姉の前で、姉の秘密を喋る訳がない。

 まー大した事ないんやったらそれで良し。

 今ここで聞く必要もないやろ。

 情報収集は“今夜”神流に任せて、俺らはいつも通り、学校へ向かった。

 

 ―――雰囲気はいつもとだいぶ違ったけどな。

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