チャリで始める異世界一周旅行記

@kagura

第1走彼はチャリと共に空へ落ちる

 突然の話だが、俺は今旅に出ている。ある事情で家にも居られなくなったので、二十歳でありながら一人旅の真っ最中だ。


(今日もいい天気だ)


 移動方法は最近買った愛用のマウンテンバイク。目的地は決まっていないが、目標は決まっている。それは自転車だけで日本を一周する事。ありきたりな内容ではあるけど、いつかはしてみたかった夢みたいなものだし、俺は別に後悔していない。


(それにしても困ったな)


 しかし現在俺は何故か見知らぬ森に迷い込んでしまっている。先程までは普通の道を走っていたはずなのだが、何があったのか今は道無き道をずっと走っている。


(人一人の気配もないし、どうなってるんだこれ)


 ちゃんとした道を走らない限り、人と遭遇しそうにないしかれこれ二時間近くここを走っているけど、気配なんて一つも感じない。寧ろ先ほどから嫌というほど寒気を感じている。何というかここは日本でないようなそんな寒気。


(まさかそんな訳ないよな)


 気のせいだと自分に言い聞かせながら、さらに進むとようやく森の出口らしき場所が見える。とりあえずは何とかなったらしいし、嫌な寒気は気のせいだろう。


(よし、ここを抜ければ)


 俺は光に向かって思いっきりチャリを漕いだ。そしてその先で俺を待っていたのは、


「は?」


 下に広がるのは多くの街並み。目の前に広がるのは青空。つまりそこは、


「あ」


 断崖絶壁だった。


 ■□■□■□

 全身が痛い。どれだけの高さから落ちたのかは分からないけど、すぐに体を動かせるような状態でないのは確かだ。


(というか、あの高さから落ちてよく生きてたな俺)


 痛みを感じている辺り、どうやら死んではいないみたいだけど先程からとても香ばしい香りがするのは気のせいだろうか。


「んっ……」


 香ばしい香りに誘われて、重たい瞼を開くとそこには見知らぬ天井が広がっていた。見た目は日本家屋には見えないけど、ここは一体……。


「あ、お姉ちゃん、彼目覚ましたみたいだよ」


「え? 本当?」


 どこからか姉妹らしき声が聞こえる。どうやら俺を助けてくれたのはこの声の二人らしい。俺は痛む体を起こすと、声がした方に顔を向けた。


「良かったぁ、お目覚めになられたのですね」


「え、えっと」


 そこに居たのは姉妹なのは姉妹なのだが、俺達のような普通の人間と違って耳が長い上に尖っている。こんな人間がいるとしたら、それは漫画の世界だけの話だ。


 彼女達は恐らくエルフという種族なのだろう。


 漫画やライトノベルで見た事があるのとそっくりなのだから、間違いない。ただ問題があるとしたら、そのエルフが俺の目の前にいるという事案だ。


「あ、まだ体動かさない方がいいですよ。あんな高いところから落ちてきたんですから、ただの怪我じゃ済んでないと思うので」


「いや、だから、その、ここは?」


「ここは私達エルフ族が住むフィルダの森にある小さな村です」


「え、エルフ族?」


 どうやら俺の考えは当たっていたらしい。地球にこんなのが存在していたら今頃すごい話題になっているはずなのだけれど、もしかして俺……。


「あ、あのさ、変な事聞くけどここは地球という星ではないよね」


「チキュウ? 聞いた事ない星ですね。ここはメルラディアという星の名前ですけど、それがどうかされましたか?」


 やっぱり。


「き、聞いてみただけだから、気にしなくていい……」


 何をきっかけにか分からないが、どうやら遠い異世界にやって来てしまったらしい。


 ■□■□■□

 エルフの彼女の説明によると、どうやら俺は二日ほど前に突然空から降ってきたらしい。そこにたまたま通りかかった彼女が俺を救出。現在に至るらしい。


「私はライラと言います。それでこの子が私の妹のフィーネって言います」


「あー、お姉ちゃんずるい。私が言いたかったのに。えっと、えっと、私はフィーネ。よろしくねお兄ちゃん」


「お、お兄ちゃん?」


 聞き慣れない言葉に思わず反応してしまう俺。これはあれか。俺に妹ができたって考えてもいいのか?


「お、俺は花村悠人。ユウトって呼んでくれていい」


「ユウトさんですね。随分と変わった名前ですね」


「え、ええ。まあ」


 俺からしてみれば二人の名前の方が変わっているけど。


「それでユウトさんは、どうして空から降ってきたのですか?」


「どうしてって、俺は自転車で旅をしてて」


 そこまで言って、ある事を思い出す。


「ら、ライラ、俺が空から落ちてきた時一緒に何か落ちてこなかったか?」


「えっと、何か乗り物みたいなものも一緒に落ちてきましたけど」


「それ今どこにある?」


「家の外に置いてありますが」


 ライラの言葉を聞き終わる前に俺は痛む体を抑えながら外へ出る。そこにあったのは、


「……」


「綺麗に二つに切れてしまっていたので、ゴミとして処分しようと思っていたんですけど、大切なものでしたか?」


 サドルを境目に綺麗に分断されてしまった俺の愛車がそこにはあった。その見るに耐えない姿に、俺はしばらく絶句する。


「分かってはいたさ、あの高さから落ちたらこうなるって」


「ユウトさん?」


「折角お金貯めて買ったのに」


 高かったんだぞこれ。

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