笑顔のニュース

葉月秋渡

笑顔のニュース


 あるところに少年がいた。

 その少年には、医者になりたいという夢があった。その決意はとても固く、医者になるためならなんでもするとまで言っていた。

 両親は年を取ればまた違ったやりたいことも見つかるだろうと、その夢を話半分に聞きながら心無く応援していた。

 少年の目は希望に満ちあふて輝いていた。


 少年が青年になった頃、青年は両親を呼び出して決意のほどを語った。

「俺、やっぱり医者になりたいって思うんだ。今でも家計が苦しいのは知ってる、だけど、だけど俺は医者として人を助けたい。」

 青年の目はあの頃と変わらず輝いていた。

 しかし、両親にはその輝きは眩しすぎた。彼も言う通り、家は決して裕福などではなく家計も苦しかった。彼もそれは十分に理解していた。

 ただ一つ思慮深い青年の分かっていないことといえば、彼の金銭面の心配を少しでも減らせるよう彼の両親は今でも必死に働き、すでに両親の限界は近いということぐらいであった。


 そんな追い詰められた精神状態の中、両親は

 「どうすれば、医者になる夢を諦めさせられるだろうか。」


 青年が決意を両親に語ってから1ヶ月が経って、少し寂しい食卓にいつもは点けないテレビから、あるニュースが流れた。

「一週間前から発生している連続殺人事件に新たな規則性が見つかりました。狙われているのは決まって医大生、事件は○○県○○市の半径10km以内ですべて起こっているとのことです。また犯人は黒いレインコートを着ていて、身長は170cmほど。凶器はナイフと思われています。目撃した場合は警察へ連絡して....」

 ニュースキャスターが、機械のように淡々と記事を読み上げる。

 青年はそのニュースを聞いて恐怖に慄いた。しかしそのニュースを聞いたからではない。

 ニュースが流れた時の両親が笑っているように見えたからだ。

 その時、母親がゆっくりと口を開いた。

「○○市ってあんたの目指してる大学のある所よね。Aも医者を目指すのは一度やめたほうがいいんじゃないのかい。」


 その言葉を理解するとともに青年に悪寒が走った。まさかとも思ったが今まで育ててくれた親を疑うようなことだけはしたくはなかった。

「こんなことで諦めるのは絶対に嫌だよ。折角父さんや母さんも頑張ってくれてるのだもの、受かって俺が恩返しするためにもさ。」


 その晩、母親はすすり泣いていた。青年が諦めてくれなかった無念からではなく、息子に頑張りを認められたため、恩返しという言葉に感動したためだった。

「明日からも頑張ろう。頑張るあの子のためにもね。」

 そういった母親の元気で明るい声とは裏腹に、最近また濃くなってきた隈を父親は不憫に思っていた。


 そして数カ月が過ぎ、青年の医大受験日当日となった。

 青年はこの日のために並々ならぬ努力をしてきた。時間という時間をすべて勉強につぎ込み、まさに万全を期してきた。

 この時、青年はあの日と何も変わらない輝いた目をしていた。

 

 試験開始の時間が近づき、教室へ受験生がぞろぞろと入ってきた。青年も教室に入り席に腰を下ろした。今にも試験は始まろうとしていた時だった。

 誰かがぼそりと言った。

「おい……。あの人大丈夫か……?」

 呟いた受験生は窓の外から何かを見ているようだった。青年も少し立って外を見てみた。

 視線の先には晴れているというのに黒いレインコートを着込んで、ふらふらと歩く人がいた。手には何か光を反射するものを持っていた。

 体型もレインコートでよく分からず、顔もフードで隠れているため分からないが、なぜか青年にはその人に見おぼえがある気がした。

「父さん……?」

 青年は自分が発したその言葉を理解するのに少し時間を要した。


 その時コールなしの放送が響いた。

「校内に不審者が侵入しました!受験生は直ちに避難してください!」

 青年は焦った。

 例のニュースの時の両親の笑顔が脳裏をよぎったからだ。

 まさか本当に今までの殺人は父さんが……?

 青年はその疑念を振り払うようにして、周りの生徒に混じり階段を駆け降りていった。


 青年が昇降口につく頃、彼は決心した。

 避難の列から外れて、不審者のもとへ駆け出して行った。不審者の周りは数メートル離れて大人たちが円を作るよう囲んでいた。おそらく逃げられないようにだろう。

 その手にはナイフらしきものが握られており、ぶるぶると震えている。


「父さん……!父さんなんだろ!!」

 気が付いたら大人をかき分け、青年は叫んでいた。不審者はは尋常じゃない驚き方をし、こちらを向いた。驚いた周りの大人たちは「なんだ君は、あぶないだろ!」と青年を急いでそこから離れさせようとした。

 大人たちの必死の制止にも負けずに青年は叫んだ。

「もうやめてくれ!こんなこ―」

 青年が言い終わらぬうちに、大人たちの囲いがぐわりと崩れた。


 不審者が青年にナイフを構えて走ってきたのだ。

「あああああ!!」

 叫びとも悲鳴とも似つかない奇声を発しながら不審者は、青年に向かってナイフを突き立てた。


 腹のあたりが一瞬で焼け付くような感覚がした瞬間、視界に赤色が広がった。

 青年はぽたぽたと地面に赤い丸を描いていく様子を、他人事のようにぼんやりと見ていた。


 そのとき不意に風が吹いた。

 風は男のフードを剥がして向こうの彼方へ消えていく。


 露わになった不審者の顔は青年の父親とは大きくかけ離れた顔をしていた。

 

 不審者は父さんではなかった。

 自分の勘違いだったことに一種の安堵を覚えつつ、青年はその場に膝から崩れ落ちた。彼のぼやける視界には、未だ奇声を発している不審者と何やら叫ぶ大人たちが、無念と共に刻まれた。


 その後、青年は病院に運ばれたが二度と目を覚ますことはなかった。


 両親は知らせを受け、ひどく悲観した。三日三晩泣き喚いた。泣いても泣いてもまだ足りなかった。今まで必死に働き、養い、大切にしていた息子を殺されて許せるはずがなかった。


 そんな追い詰められた精神状態の中、両親は


 数日後、さらに寂しくなってしまった食卓にあるニュースが流れた。

「次のニュースです。先日、○○大学にで殺人事件をおこした後逃亡していた犯人が死亡した状態で発見されました。死因は絞殺。現在、警察はこの事件を他殺と見て捜査を進めています。」


 次は確かに両親は笑った。

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