第5話 Anything Cola!

 前回、我が家を飛び出して病院に向かった俺達兄妹。


 紆余曲折あったものの、無事に病院の前まで到達することができた。

 見た目的には、病院っていうよりも研究施設って感じのとこだけどな。


「やっと着いたな」


 俺は歩いてきた道のりを思い出す。

 色んなことがあったものだ。


「やっともなにも、歩いて3分くらいの場所じゃないか」


 横に並んで立つ香也が俺の脇腹を鋭く突く。

 片腹が痛い。


「いってぇ!おっ……おい、やめろよ。体調が悪化するだろ」


 俺はわざとらしく腹を押さえる。


「おお!私は知っているぞ。それは流行りの『腹痛めてるポーズ』とかいうやつだな」


 なぜか香也は瞳を輝かせながら、そんなことを言ってくる。


 うーん……こんな中学生はよろしくない。


「ちがう。そんなポーズは無い。帰ったらファッション雑誌でも読んで勉強しなさいよ」


 俺は腹を押さえつつ、香也に申し立てた。


「俺は今、腹を貫くような痛みに耐えているんだ。それをあんた、なんだい?そんなに眼を輝かせちゃってさぁ。もっと思いやれよ。俺を」


「もう病院の前まで来たのだから、倒れた所で別に……」


「香也は業が深いな」


 なーんてことを、くっちゃべっていると。


 スッ。

 病院の扉が勝手に開かれた。


「えっ……何で勝手に開いたんだ……?」


 扉の内には、人の影すらも無い。


「これってなんかの心霊現しょ__」


「自動ドアだ。黙って入れ」


 言い切る前に、俺は香也に無理矢理押し込まれた。


「んあぁっ!なんだよもう!もっと優しく接してくれよ!」


 無様にバランスを崩して膝を突いた俺を尻目に、香也は優々と中に入ってきた。


「俺は全身がデリケートなん__」


「おお、相変わらず綺麗な所だなぁ」


「話を聞けぇぇいっ!」


 猛る怒りの炎を纏った俺を、香也はなおも無視して先に進む。

 なんという胆力。

 羽虫程度であれば、瞬間的に羽を止めるほどの圧力だというのに……。


「さすがは俺の妹といったところか……」


「ヘイ、ヒューマン。早く来るんだ」


「あっ、はい」


 我が家で最強なのは香也なのかも知れない。



「ヘイ、ヒューマン。エンター ディス ルーム」


 香也はちょっと進んだ所で立ち止まって、扉を指差した。

 多分、そこにお医者様がいるんだろう。


「はいはい、今行きますよぉ」


 俺は早足で香也の指差す扉の前まで移動した。


「ほらほら、早く入りたまえ。私はここで待っているから」


「はいはい、お邪魔しまぁす」


 ガラガラ。


「すいませーん。俺ちょっと具合が悪く……っえ?」


 開かれた扉の中に入った瞬間。

 俺の頭の中は真紅に染まった。


「えっ、いや……なんだよこれ」


 部屋一面が浅黒い赤で染め尽くされていた。


 明らかに、人間1人の致死量を余裕で超えるであろう量の血液。


 おそらくは、それが一面にぶちまけられている。


「なんだよこの部屋……」


 血液特有の生臭い臭いが横隔膜を刺激する。

 少し気を抜けば、俺はたちまちにオートミールを吐き出してしまうだろう。


 だが、僅かに残った冷静さがそれを押し留めた。


 今吐けば、部屋の真ん中に立つ“あいつ”から逃げられない。


 今吐けば、部屋の真ん中に立つ朱染めの“あいつ”からは逃れられない。


「おやおや、こんなヤブ医者にも客は来るんですねぇ……」


 ねっとりとへばりつくような低い声が、あまりにも現実離れしたシーンを象徴するように室内に響いた。


「あ……っ!」


「あー、あんまり大きな声は出さないで欲しいですねぇ。別に取って食おうってわけじゃあないんだぁ。今はまず、騒がずに扉を閉めていただけりゃあ何もしない。妹さんにだって手を出さないよ」


 この男は誰なのか?

 床に転がっている医者だったであろう肉は、どうして殺されたのか。

 なぜ、妹の事を知っているのか?


 そんな疑念を感じる余裕すら俺には許されず、後ろ手に扉を閉めることを強制された。


 存在そのものが“非日常”

 ただ居るだけで、逆らう気力をほとんど奪う圧力。


「ええ、ええ。ご協力感謝します」


 男は感謝の言葉を言いながら、俺に向かって歩き始めた。


 その瞬間になって始めて、男がナイフを持っていることに気がついた。


「つきましてはお礼を申し上げねばなりませんねぇ」


 だが今更、そんなことはどうでもいい。

 もはや何をしても、この男の凶行からは逃れられない。


「僭越ながら礼を述べさせていただきます」


 男がナイフを振り上げた。


「ありがとう。そしてさようなら。名前も知らない若い人」


 男がナイフを振り降ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る