Drinker's High
森 メメ
第1話 コーラをください
世界一売れている飲料。
コーラ
世界各国で、毎日10億杯以上が飲まれているという魔性の砂糖水。
一度、その魅力に負けて飲まれてしまえば、糖尿病やメタボリックシンドローム等の病魔に侵されるというリスクを知りながら、人々は悪魔の飲料を離そうとしない。
今この瞬間にも、膨大な量のコーラが飲まれ続けている……。
______________
朝
「う~~コーラコーラ」
今、コーラを求めて我が家の廊下を全力疾走している俺は、高校に通うごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすればコーラに並々ならぬ興味があるってとこかナ……。
名前は「甲岡
そんなわけで、愛する冷蔵庫の前にやって来たのだ。
「さぁさぁ、愛しのコーラちゃ~ん? 大人しくしてたかなぁ?」
この瞬間がいつも堪らないんだ……。
あぁ、ゆっくりと、愛を持って、冷蔵庫のドアに手を掛けて……。
「あぁぁぁっっ!!! オォープンセェサァミィっ!!」
俺は渾身の力でもってドアをぶち開けた。
この際、冷蔵庫の強度は無視するものとする。
「さぁっ! 我らが愛するコーラ様は…………ワッツ!?」
ドアを開けた俺の瞳に飛び込んできたのは、あまりにも残酷で、無慈悲で、どこまでも無情な地獄絵図だった。
「ほああぁぁっ!? なんでコーラが1本も無ぇんだぁぁっ!?」
それは、俺のシャボン玉のように可憐で儚い精神を壊すには十分過ぎるほどの衝撃だった。
「赤い缶も、ビンも、ペットボトルも、青いアレもっ!! ゼロカロリーも、特定保健なんとかのコーラもなんにも無ぇじゃねえかっ!!? ちくわはあるけど」
俺は物言わぬちくわを取り出し、おもむろに握り締めた。
そんな……あんまりだよ、こんなのってないよ。
「そりゃあ酷い開け方、したこともあった。だけどそんな時にもお前はしっかり……」
何度話し掛けても、冷蔵庫は何も話さない。
手の中のちくわも、ちくわでしかない。
今時、ちくわで喜ぶのなんて伊賀流の忍犬くらいだ。
「ぐうっ……。昨日の夜にコーラを飲みすぎたせいか……。くそぅっ!」
怒りに任せて、ちくわを冷蔵庫の中に乱暴に投げた。
わずかに裂けた袋から、ちくわの香りが漂う。
くそ……。せめて香りだけでもコーラなら……。
俺はその場で、へたりこんで天を仰いだ。
「ママ上とパパ上は仕事で二人とも行っちゃったし? コーラをくれそうな人など居るわけないし? マネーはエンプティ……。こりゃあ、将棋やチェスで言う、詰み《チェックメイト》にドはまりしてますねぇ……」
俺は涙がこぼれないように上を向きながら、冷蔵庫のドアを静かに閉めた。
屋内では、滲んだ星は数えられない。
くそぅ……くそぅ……。
俺はおぼつかない足取りで、ソファに向かって歩いて行くことにした。
外は雨。時刻は6時58分。
テレビで占いがやってるから間違いない。
学校に行くまでには、まだ余裕がある。
とりあえずは食事もせねばならないし、支度もある。
もしかすると制服の中に奇跡的に100円くらいは入っているかもしれないが、それまでは雨やみを待っているしかない。
「あ~ぁ。超がっかりだよ」
最悪な気分だ。
スゲーッ最悪な気分だぜ。
使い古したパンツを はいたばかりの年末年始の朝のよーに。
「うわ……。俺の朝食、オートミールのポリッジかよ……。現在の日本の欧米化は深刻だな」
とかなんとか、愚痴を溢しつつ俺は食卓に着いた。
目の前にあるのは、お湯にオートミールをぶっこんだだけのポリッジ。
どう考えても愛描のドルチの餌の方が、良いものを食ってる。
くやしいのう……。くやしいのう……。
現に、ドルチもそんな感じのことを言いたげな目をしている。
だが、出されたものは残さず食うのが我が家の掟だ。
幼い頃、全国放送のニンジャのアニメに登場する、某食堂のオバサンのようによく言われたものだ。
「ふぅ、いただきマッシュルーム~」
何故か、スプーンもレンゲも見つからなかったから、俺は箸を使って頑張って食べるしかなかった。
作者はさっき、「雨やみを待っていた」と書いた。
しかし、統人は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。
ふだんなら、勿論、すぐに着替え、コーラを飲み、学校へと向かう可き筈である。
所がそのコーラは、まるで暇を出されたかのように姿を消している。
前にも書いたように、コーラは一通りならず中毒性を持っていた。
今この統人が、永年、愛飲してきたコーラから、愛想を尽かしたかのようにされているのも、実はこの中毒性の小さな余波にほかならない。
コーラの中毒性が、コーラを飲むペースを誤らせたのだ。
だから「統人が雨やみを待っていた」と云うよりも「雨にふりこめられた統人が、気持ちの行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。
その上、今日の空模様も少からず、この、コーラ中毒者の統人の Sentimentalisme に影響した。
「なんとも、白湯みたいな飯だな……。こんなんじゃあ、学級崩壊!ストレス社会と化した中学、を生き残れやしないぜ」
俺は、一向に掬えないポリッジに箸を入れながら小さく呟く。
「まぁ、コーラがあれば、話は別なんだけ…………。あっ!」
その瞬間、俺の体に電流走る。
「そうだっ!今は亡きグランパ上は、大手コーラ会社の重役だったって聞いたことがあるじぇっ!」
言うが早いか、俺はいつのまにかソファから降りて、クラウチングの姿勢に入っていた。
「我が家のじい様の部屋はほとんど整理されていない! つーことは、もしかするとヴィンテージのコーラが眠ってるかも知れんっ! さぁっ! いざ! 今! もう! 勇者ならば……走れ!」
そして俺は、少しずつ高くなる太陽の、十倍も速く走った。
竹馬の友に等しいコーラに向かって。
まだ、日は沈まぬ!
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SPECIAL THANKS
・各コーラメーカー様
・くそみそな専門学生様
・アリのお父様と40人の盗賊の頭領様
・魔法少女様
・偉大なるロックンローラー兼デルフィーヌ様
・伊賀流の燃えるチャウチャウ犬様
・ドングリ眼のニンジャと同居する夫妻様
・出演する媒体によってタンクローリとロードローラーを使い分ける吸血鬼様
・スキヤキ様
・某情報バラエティ番組の占いコーナー様
・レストランで超能力を試したり、アイスコー
ちくわ大明神
ヒーの蟹入りを頼んだりする小林様
・サザエみたいな髪型の最も優しいスタンド使い様
・ダイハードな猫様
・カープの資金難を嘆く隆太様
・お残しは許しまへんおばちゃん様
・歩く身代金様
・良心を持たないが神経を持つ小説家様
・高足下駄の生臭坊主様
・汚い野獣様
・天和九蓮を使う雀士様
・タコス様
・金曜日の八時先生
・ゴールドタイガー様
・裸で親友と抱き合う勇者様
・AND YOU
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