君がくれたこの気持ちは、きっと〝恋〟というものなのだろう。
茶々
怖いのは世界とお化けと妹と
ポツポツと見え始めた若葉が、桃色の丁度半分を占めるようになっている。肌に射す日差しは日々、ジリジリと強さを増してゆく。
俺はこのころの桜が好きだ。
なぜなら桜という木は、一時ではあるが日の光と人々の希望を存分に浴び、多くの愛と願いを与えられる。誰にでも知られ、多くの者の心を撃ち抜くその容姿は、
そんな桜が弱々しく、死にそうな様は俺の感情に甘美な優越感を感じさせる。
…………詰まる所、俺はこの俗でつまらない花が嫌いなのだ。
…俺がこの夢を見る度に、決まって自分の感情はこのように汚染される。このときの俺の状態を分かりにくいが強引に言い表すなら、〝俺の意思を尻に敷いて、言いたいことだけ言って解放していく〟みたいなものだろう。
汚染、という言い方はそのままの意味である。例えるなら水に垂らした黒絵の具がじんわりと滲んでいく、みたいなものだ。
ふぅー、、、さて、
これで何回目だっただろうか。
そこは桜の木が立ち並んでいてそのどれもが疎らに桃色の花をつけている。
現実での記憶にはない場所だ。似ている場所になら心当たりが無い訳でもないのだが、似ても似つかぬと言ったところである。
でも、頭は理解せずとも、心はこの場所を知っている。そんな気が、不思議とこの光景と俺との唯一の接点にも思えた。
『綺麗だ。』
声に出ていたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
なぜなら、正確に言ってしまえば自分の感想ではなかったのだから。
いや、桜の花が綺麗かの問題ではない。俺が、ここで見る、この桜に対しては何言われぬ違和感が常につきまとった。今までもそうだった。
それに、腕も足も頭も胴体も自分の意思とは関係なく働いている。また、そんな奇妙な体験に青ざめる顔さえ、表立つことはなかった。
自分の意思など反映されない。そう思うと恐怖の念とともにこの状況についての諦めがついた。
そして、引き付けられるように一番近い木の根元まで足を進め、重なる花々のずっと、ずっと奥に手を伸ばした。
深く、誘い込むような薄桃色は、何のためらいもなく、俺をきっと、その暖かい薄桃色の花々の仲間へと引き入れてくれる。なぜだかはわからないけれど、不思議と嫌な感じはしない。これは紛れもなく俺の気持ちだった。
『だ、ダメ!』
誰かが言った。それとも自分でそう叫んだのかもしれない。
そして、何度繰り返しても慣れることのない喪失感と共に、桃色の花々は、吹き上げた旋風によって夏の季節へと消えていった。
□ ■ □ ■ □ ■
「
何気ない朝、何もない朝、そして何かを期待して迎える丁度16年目の朝。
「か、母さん。今日俺たんじょお…」
「誕生日に学校がお休みになることはないでしょ!」
いや全くその通りなのだが誕生日という一年一回の大切な行事なんだということを頭の片隅にでも置いていただきたい。それに世の中で一人だけ国を挙げて祝ってくれるってのも不公平であろう。一般市民だって国…だと大きすぎるか、地方…いや市町村、学校…って考えると俺はまず家族から祝ってもらうのが先のようだ。
「ほらっ!起きた起きた」
「へーい、今行きますよ」
家族も危うい、となると最後と砦となるのはここのようだ。
では祝おう、誕生日おめでとう。俺。
そんなこんなで迎えた四月十四日の朝。いいかえれば、ゲーム三昧の春休みに見事に終止符が打たれて早一週間、他人迷惑なことに俺、若干キレ気味に迎える四月十四日の朝。おぼつかない足でフラフラと階段を降り、やっとの思いでリビングへとたどり着いた。
「おはよー、優音。時間もないしチャッチャと食べちゃいな」
「ちょっと、そこの醤油とってくれ
今日の朝ごはんは味噌汁、生卵、サラダ、ごはんの4品。どこの家庭にでも当たり前に出される普通の朝ごはんだ。そう、〝普通〟のだ。誕生日だからといって別に期待してるわけじゃゴニョゴニョゴニョ………。
「は、ダイオウグソクムシの劣化版のくせして何人間様に声かけてんだよ。醤油くらい自分で取れよブロブフィッシュ」
醜い動物保存協会の公認マスコットと対比されるとは兄としても考え深いものがある。
いや、この際ブサイクか否かは置いておくこととして、多少展開的には無理があるが、最近の妹の言動についてふり返ろう。
一昨日は同じ空気を吸いたくないと言われ、昨日は母さんに戸籍を変えるにはどうしたらいいか聞いてたな。そこから誰の名前が消えるのかは考えたくもないが。
「おい美咲、最近兄である俺にあたり強くないか?反抗期なのか?発情期なのか?ツンドラ期なのか?」
「お前の終末期だよ。死ね、アホロートル」
妹のデレ期など見たくもないが、兄は信じてるよ。うん、明けない冬などないさ。
あ、ちなみにアホロートルとはみなさんご存知、ウーパールーパーの本来の名前ですよ〜。
「は、なにニヤけてるの。クソ兄のくそ脳みそが発情…いや蒸発してるんじゃないの?」
「お前には味噌汁の湯気以外に何が見えてるんだ?」
確かに俺の頭は足りないかもしれない、でも俺は美咲の兄への配慮とその二対のミサイルが圧倒的に足りないのだと声高々に言ってやりたい。言ったら殺されるけど。
「朝から物騒なオーラを出すのはよしなさい2人とも」
いや、どう考えても一方的に向けられてるね?
「明日から母さんまた仕事でしばらく家空けるんだから仲良くしなきゃダメよ」
「ちょ!お、お母さん!?聞いてないよ!」
「お!美咲よ、初めて意見があったな!」
「消えろ、トビヅムカデ」
どの辺だ!?どの辺がトビズムカデっぽいんだ!?
「あー言ってなかったっけ?転勤でニューヨークに引っ越すことにしたのよ。出発は今日の正午、見送りはいらないからね」
多少トビズムカデを引きずりながらも、俺はできるだけ顔を向けずに美咲の様子を伺った!…………に、睨まれた!
「だ、だとよ、どうする我が妹よ」
デデンッ、ここで
「決まってるでしょ、家を出る」
またまたぁ〜って、あれ?ご飯中に携帯なんかいじっちゃって一体何を…
「じゃあ、そうゆう事だから」
テーブルにはからの食器が並べられ、美咲は言うと同時に席を立った。
「おい待てよ!ここを出て行くアテはあるのかよ!」
「は、アテがなきゃこんな話ししてないし」
怖い怖い怖い怖い怖いよこの子。抜け目なさすぎるよ。俺の妹なのか疑わしいくらいだよ!
「じゃあ決まりね。美咲、お世話になる場所の連絡先教えなさいよ。あと、少しだけどお金も持って行きなさい」
「オッケー、あとでメールしとく」
小鳥遊家名物、話の輪に入ら(れ)ない長男。でも、入らないだけだから、入ろうと思えば入れるから。 注(全スルー、全無視)
「じゃあ優音、あんた今日から一人暮らしね」
「俺、低血圧で朝起きれないんだけど」
「ほら、そこに目覚ましあるじゃない。2、3台枕元に置いておけばマ○コ・デラックスでもベットから飛び起きるわよ」
そこに ○ つけるのは悪意あるなぁ、〝ツ〟で良いんだよね?ねっ!
「バカ
ちょっとそこ、小説のルビには気をつけようね。それ言葉の暴力だから、どう考えても兄=犬とかあり得ないからっ。
「まぁ、優音ももう高二なんだし一人暮らしの訓練だと思ってやってみなさいな」
「そこは別にいいんだけどさ……っておい美咲、お前時間はいいのか?」
「あっ、そうだった。今日は友達と一緒に学校に行く約束してたんだった!」
猫かぶりで手に入れた友達は果たして友と呼べるのでしょーか。
「弁当忘れんなよー」
了解、というシカトを受け入れると時刻はもう7時50分。美咲はコップを入った緑茶をイッキに煽ると、さほど意味もないであろう舌打ちを置き土産にリビングを駆け出していった。
「行ってきまーす!母さんも気をつけて」
〈ガチャ〉
その後の我が家はいたって平和で、何を話すこともなく時間は過ぎていった。
「じゃ、俺もそろそろ行ってくるわ」
時刻は8時。本当は美咲と一緒に出ても良かったのだが………い、言わなくてもわかるよね。
「はいよ、いってらっしゃい」
俺は、まぁ特に急ぐこともなく準備を進めて存在感なく家を出た。
■ ■ ■ ■
「ふぅー、行ったわね。全く、美咲の優音嫌いも困ったものね」
〈プルプルプル・・・プルプルプル・・・〉
「ん?」
〈ピッ〉
「
はい、もしもし
…ん?ロバート!久しぶりー!
…あ、こっちに来るのはあなただったのね。まぁ、私の紹介あっての社員交換プログラムだもんね。そちらも、私の知り合いがいればこっちへ派遣するはずよね。
…うん。
…うん。
…えっ?
…まぁいいけど。あなたも大変ね。
…ふふっ、じゃあ伝えておくわね。
…優音?ええ、元気よ。
…え?高校?…
…ふふふっ、それは楽しみね。
…ええ。じゃあ、また暇があったら話しましょ。
」
〈ピッ〉
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