ビブロフィリア

ザイロ

第1話ビブロフィリア

 2100年に科学者ヨハネ・クライブの論文「人間に潜在する狂気」を発表した。が、その論文の過激な内容に世界中から様々な反響を呼んだ。ほとんどが批判的なものだった。

 論文の内容は、人間は総じてサイコパスであり、人間同士何かしらに対して狂気を持っている。

が人間にはアプリオリに備わっているということ。

 この論文は様々な論争を巻き起こし、科学者の間で対立を産んだ。人間はアプリオリにおいて正気であり、何かしらの要因によって狂気が生まれるという考えが論況を占めており、ヨハネ・クライブ自身が狂気の人と批判されるようになった。その結果、彼は自ら論文を過ちと認めてそれを取り下げ、学会から去った。

 この論争は、メディアに取り上げられることによって、世間の目に注視を促した。それは少しではあるが人々にパラダイムシフトを巻き起こすことになった。


   ++++++



 私は、校舎の屋上から流線型の建築物の群れを上から見下ろしている。これらの建物は、最新技術で軽くて丈夫な金属を加工した合金素材できていて、建築物に波のような柔らかい印象を与えている。

 空を見上げると蒼穹の空が超巨大有機LEDパネルに映し出されている。――偽物の空だ。実際の空は真っ黒な雲に覆われていて、強酸の酸性雨が降っている。

 この巨大なディスプレイは、ドーム状の隔壁でできていて、外からの有害物質を遮断し、内側に薄い有機LEDパネルが設置しており、空を投影している。

 2050年代に起きた災害の連鎖的発生スパイラルカタストロフで、地球は生命が生きることが激しく困難になった。

 人類はその困難に苛まれながらたものの、科学技術という武器を発展、革新させることで、この困難も乗り越えようとしている。――壁の外に環境をクリーンにするための虫型の人工AI付きのドローンが24時間作動している。

 私がどうしてここに居るのかというと、それは先輩が集合場所に校舎の屋上を指定したからだ。

 彼は、高い場所から遠くの景色を眺めることが好きで、意味もないし、逆にここからだと遠回りになるのにもかかわらず、いつもここを指定場所にするのだ。

 私は日陰を作る校舎の壁に寄りかかりながら偽物の空を見つめている。巨大空気清浄機から循環された空気が流れ、制服が靡く、日陰の涼しさが心地良い。

 「遅れてすまない。カエデさん」

 屋上の入り口から先輩の声が聴こえた。

 「私も今来たところなので、謝ることないですよ。」とつかなくてもよい嘘を交えて答える。

 先輩――高羽たかはねユウキは、私の所属している文芸部の部長。私と同じビブロフィリアだ。

 ビブロフィリアは、書籍に愛を示す性癖を持つ者の名称。

 私は彼に妄信的崇拝の念を抱いている。その理由は彼が沢山の本――小説、エッセイ、詩、哲学書、漫画などの書物――を18才にして100000冊も読んでいるのととこちらが重要だが、童顔でありながら目鼻だちの整った美しさに魅了されたからだ。

 今日も私は彼に屋上に呼び出され、部室に向かうのだった。

 「わざわざ屋上ではなくて、それぞれが部室に直接に向かえばいいじゃないですか。部員も私達の二人しかいないのに。」

 「まあまあ、別に良いじゃないですか。」と手をひらひらさせて通用口に向かって歩き出した。

 私も彼について行く。

 先輩は部室の鍵を開け、先に室内に入る。そして、私も部屋に入った。

 部室と言ったももの本当は巨大な図書館で、今の時代ではなかなかお目にかかることができない紙の本が棚にならんでいる。本は紙一枚一枚に油膜コーティングされ丁寧に保存処理をされている。

 先輩は、タブレット端末を鞄から取り出し、電子書籍をもの凄い勢いで読み始めた。数分後読み終わり、別の電子書籍を読み始める。

 先輩の端末はとても軽く、持ち主の網膜をスキャンして自動的に次のページに行ったり、大事な記述に線を引くことができ、なによりも何千万の書物を記容量を持っている。

 私は、本棚から本を大切に取り出しゆっくり活字を味わいながら読み始めた。

 しばらくして先輩は言った。

「カエデさんは本当に紙の本が好きだよね。」

「印刷された活字が本を開くと空中に舞って綺麗なんです。」

「はぁ~。僕にはまったく解らないよ。本って長く持っていると手が疲れるし、かさばるじゃないですか?」

「それが良いのです。手や腕の疲れも本を読むことの大切な一部です。」

 私は読んでいた本を閉じて、彼のほうを向いた。

「紙の本でしか味わえない感覚。物語と活字の舞踏。私はそれを味わいたいのです。一種の狂気なのです。」

 先輩は、タブレット端末を机に置いて、私に視線を注ぎながら笑顔で言った。

「僕が世界中の本を全部読むという狂気も君には解らないだろうな。」

「はい。解りません。」

「でも僕と君が本を愛していることは二人とも理解できる。」

「はい」

 私はそう答えた。先輩は何か思い出したかのように視線をちょっと上にあげて言う。

「そういえば、ヨハネ・クライブの論文を読んだ?」

「読みました。でも、難しかったので少ししか理解出来ませんでした。」

「彼の論文では、人は生まれてきた時から狂っていて、成長するしたがいまともになっていく。成長してもでも時々狂うこともある。そんなことが書いてあった。」

「そうですか。私達も大きくなったら、このような他人から見たら狂気と言われるようなものが失われてしまう可能性があるのですね。」

「そうかもしれないね。」

 寂しそうな顔で先輩は答えた。

 私はそんな彼の顔を観て悲しく感じた。そして本棚に視線を写し、ふと、あるアイデアが浮かんだ。

 本棚から坂口安吾の「桜の森の満開の下」を取り出し、鞄から鋏を取り出し、活字一つ一つを切り分ける。――してはいけないことをした冒涜的行為に少し快感を覚えていた。

 先輩もびっくりして言葉も出ない。

 私は活字を切り取った紙を集めて、空中に投じた。保存処理をした紙は薄いピンク色をしていて、夢見草を思わせた。――桜の花びらのように活字を宿した紙が舞う。

 「これが私が紙の本を読んでいる時の感覚です。美しいでしょ?」

 「少しは理解できた気がするよ。」

 先輩は笑顔で答えた。その顔は私の心の芯を暖かくする。しばらくして何かに気付いた先輩は軽い沈黙を挟んで言った。

「カエデさん……この後どうするか、ちゃんと考えてる?」

 私は顔が真っ青になった。

 その後、私達は紙を集めて職員室に行った。そして、先輩が言い訳をでっちあげたものの先生には戯言のようにしか取り合ってもらえず、さんざん叱られたが、頭さげた先輩の顔を、同じように頭をさげた私が視線を向けると、先輩と目と目が合って、二人で微笑んでしまった。


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2138年になって科学者高羽カエデのベストセラー著書「狂いの多様性から見た人間の進化」にヨハネ・クライブの論文の引用と彼女へのインタビューで「人間に潜在する狂気」にインスパイアされて本を書いたことを語った。それにより彼の論文の再評価がされ、ヨハネ・クライブは学会に戻り、カエデとともに研究しながら、大学で教授として教鞭を執っている。

  

 

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ビブロフィリア ザイロ @kokoca

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