宝箱を開けたら

@Rirukuru

好きだった。でも今は、愛してる。

西の空に夕焼けが残ってるけど、やっぱり星が綺麗に見える。麻里は故郷の空を見上げてぼんやり思った。自分の住んでいる人だらけの街とは違う澄んだ空気が息を吸っただけで分かる。私達を迎えに来た母にそれを伝えると、そりゃあ人が吐き出した二酸化炭素が充満してる都会よりは綺麗でしょうよ、と。4年たっても、母の都会嫌いはちっとも治っていなかった。


久しぶりの故郷。何も変わらない、田んぼだらけの道。コンビニなんて車でも15分かかる距離にある。駅からは車じゃなきゃ家には帰れない、不便な田舎町。けど、生まれ育った、懐かしい大好きな故郷。

本当はもっと早く帰ってきたかった。けれど、そうできなかった理由が麻里にはあった。

「麻里!」

母の車から降りると、昔から聞きなれた声で名前を呼ばれる。4年振りに聞く、ずっと聞きたかったような、聞きたくなかったような声。

「あら、直人くん!」

「おばさんこんにちは。麻里が久々に戻ってくるって聞いたので。元気だったか?」

「…うん!久しぶり、直くん」

幼なじみの、一つ年上の直くん。いわゆる、近所の優しいお兄ちゃん。小さい頃からずっと一緒にいた、直くん。



私は、直くんのことが好きだった。ずっとずっと、それこそ物心つく前から。小さい頃は、直くんのお嫁さんになるのー、なんて言葉を恥ずかし気なく発することができたが、歳を重ねるごとにその想いは強く大きくなり、いつの間にか声に出すどころか自分ひとりで抱えていることすら辛くなっていった。そして、臆病な私はその想いを伝えられぬまま、直くんは…

「ねえ、知里は?」

「あ、今は実家に戻ってるよ。やっぱり、うちにいると色々と気を使っちゃうから…。」

「そうだね、臨月なのに無理しちゃいけないもんね。」


私の高校時代の親友と結婚したのだ。


知里に直くんを紹介してと言われたとき。直くんの知里への想いを聞いたとき。ふたりが付き合い始めたとき。結婚すると聞いたとき…。いつも心臓が壊れるくらいに痛かった。痛くて痛くて、たまらなくて私は別の街に逃げたのだ。姿が見えなくなれば気持ちも消えると思って。いつもそばにいた直くんが見えなくなればいいと思った。けど、そんな思惑とは裏腹に、ずっと心の中には直くんがいた。忘れられなかった。ずっとずっと好きだったのだ。上京したての頃は、本当に辛かった。この想いを消せぬままでは、東京に出ていった意味が無い。だから帰れなかった。両親に会いたくても、友達に会いたくても、親友である知里に会いに行きたくても、ひたすら耐えて東京で暮らしていたのだ。

そんな私が、4年越しの帰省をした理由。それは、



「お、その人が噂の?おじさん泣いちゃうんじゃないか??」

「私のお父さんそんなキャラじゃないから!海斗、気にしないでね。直くんはすぐ意地悪言うから。」

「大丈夫だよ、麻里ちゃん。はじめまして、矢口海斗です。」

「あの麻里に婚約者か…。モノ好きなんですね。」

「直くん、それどういう意味。」

「いえ、僕には麻里ちゃんしかいませんから。お父様に泣かれても、麻里ちゃんを貰うって決めてますよ。」

「なんてことだ…。こんな優良物件、麻里にはもったいなさすぎる!今からでも遅くないですよ、俺の友人紹介しましょうか?」

「直くん?死にたいの?」



でも、いま隣にいる、私に生涯を誓ってくれた彼のおかげで、私はこの街に帰って来られた。付き合い始めた時に、「直人さんを忘れるための道具だと思ってくれていい」なんて話してたのにね。確かに彼は直くんを忘れさせてくれたけど、それだけじゃなかった。今は直くんを見ながら笑える。笑顔でいられる。いつもは私と同じくらいに言葉遣いが悪い癖に、僕、なんて使って。それが、私の周りの人に少しでも良く見せたいという彼の気持ちから出てくる言葉だから。それがわかるから。海斗の私への想いが、私の海斗に対する気持ちと同じだとわかるから。私は一生この人の隣で歩いて行ける。




(直くんが)好きだった。でも今は、(海斗を)愛してる。

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