私は旅するキャバクラ嬢
夏海
第1話 ブス、チェンジ
レンタルされるドレスは薄汚れていて、ミュールもボロいし、なんか臭い。横浜駅にあるキャバ嬢いきつけのドレス屋で6800円の赤いドレスを買ったけど毎日それではいけないし、レンタルのドレス着るしかない。
くさ。
「なつみちゃーん」
色黒長身のジャニーズにいそうな濃いイケメン面をヤクザにしたようなマネージャーが更衣室に顔を突っ込んできた。
「今日女の子本当少ないからヤバイかもしれない。よろしくね」
なつみ。この名前をくれたのは、この人だ。源氏名どうする? と言われ、頭を傾げてとぼけていたら、じゃあ、なつみちゃんね、と言われた。
「最悪だよねー」
マネージャーが引っ込むと同時に、三畳くらいしかない靴やドレスやバッグが散乱する汚い更衣室に女が入ってきた。
「まじやめてーよー」
まどかさんだ。
「昨日いた? 昨日またあの金融の団体来てさ、さんざん飲まされて吐いたあげくにデブとか言われて」
私はにこにこと相づちを打ってきいた。まだシラフなのにもう酔っぱらっているようなまどかさんみたいなキャバ嬢がここにはたくさんいる。ダルそうで常にやる気がなくて、口からは愚痴ばかりで、気分の上下が半端なく、酒をとにかく飲んで客より先に潰れてしまう。
「なつみちゃん。本当ギャバ嬢ぽくないよね?」
「そうですかね」
「うん」
含みをもった言い方が、見下したようなかんじ。私はとくにそれほどお洒落に興味もなく(ダサくなるのは嫌で最低限今どきのメイクやものはしていたけど、最低限である)高級ブランドが好きなわけでもなく、酒を飲むのが大好きなわけでもなく、所謂ギャルというものではない。それでも、私は必死に馴染もうとギャルを装うために必死だった。喋り方やテンション、ノリも、調子がいいときは完璧にコピーできたし、気分もそうなれた。
「ヒートにはあんまりいないタイプだよね。そこが可愛いけど」
まどかさんにそう言われて、自分が作り上げている自分が出来上がっていないと知ってショックだった。かと言って、決してギャルに憧れていたわけでもない。ギャルになりきれていないことが、ショックだったわけではない。自分が自分を作れていないことがショックだった。
「いらっしゃいませー!」
その掛け声はボーイが待機している女の子たちに客が来たことを知らせる合図。
待合室なんかないから店の入口付近で待機中のギャバ嬢はただ携帯をいじって立っている。
「いらっしゃいませ」
客の男たちが待機中のギャバ嬢を舐めるように見渡しながら店内に入っていく。
目を合わせてにこりとして、あわよくば指名してもらえるかな?なんて考えながら頭を下げる。私はまだまだ純粋だった。それに怖がっていた。まどかさんのように嫌な態度を客やマネージャーに堂々と晒すことはできなかったし、傷つけることからも、傷つくことからも、逃げたかった。まどかさんはそんなことどうでもいいようだった。
「なつみちゃん。いこう」
ボーイに呼ばれて客についた。
薄暗い赤い色の店内には何枚かの大きいカーテンの波があって、客は不気味な笑顔で、或いは落ち着かない様子で座っている。
「こんばんわ。なつみです」
座ると同時に名刺を出してにこりと笑いかけた。ギャバ嬢なつみは、この人が望むような人間になるのだ。
ついた客は若い二人組のサラリーマン風の男で既にかなり酒が入っていた。落ち着かない様子の男が頭をぼりぼりとかいてちらりと私と目を合わせる。
あ、これね。
ギャバ嬢なんか、と見下すタイプのひとだ。ならば私はとことんバカを演じ、相手が望むどうりにたくさん見下させてあげて、あなたはすごい、とバカっぽく褒めてあげよう。そしたら気持ちよくなるだろう、この人は。
そう思ったときに男はすぐに立ち上がってボーイを呼んだ。
「ちょっとー!」
「どうしました?」私はとぼけたように訊いた。
「チェンジ。ブスはチェンジ」
ギャバ嬢に心はない。もしくわ、ギャバ嬢なんか傷つけてもいい。もしくわ、ギャバ嬢を傷つけたい。
そういう男は、たくさんいるのだ。
私はまだまだ純粋だった。傷付いてないといえば嘘になる。席を去って戻る途中、必死に動じない大人なギャバ嬢を演じながら、死にたい、と思った。
私は旅するキャバクラ嬢 夏海 @natsumi_kwsk
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