第13話 最後の客

 最初に私が考えていたのとは全く違う形で、五人の客とやり取りすることになった。それは私にとっては想定外だったけど、ショップの中里さんにとっては想定の範囲内なんだろう。


 昨日の帰り際に中里さんがぽつっと言ったこと。


『こういうとこにゼニ出そうなんてのは、九分九厘わけありや。あんたらの方でうまいことさばいてもらわなあかん』


 まさにその通りだ。中里さんにとっての想定外があるとすれば、普通の登録者にはこなせないはずのきついアクシデントを私がこなせているということなんだろう。まあ、昨日以上のトンデモな事態はそうそう起こらないはず。それなら昨日植田さんに話したみたいに、今のプログラムはさっさと切り上げないとならない。


「次のお客さんで、最後にするかな」


 願わくば。それが本来レンタル品に期待される正当なものでありますように。もっとも、ここまで立て続けにイレギュラーな依頼を引き当ててる私にとって、それは無理なことだと思うけどね。ははは。


 変な話。これまでほとんど間を空けずに依頼が続いてきたから、最後の客からもすぐにアプローチが来るような気がしていた。私が朝食を終えて自分の部屋に戻ってすぐ。じこじこじこ。マナーにしてあったスマホが机の上で揺れた。やっぱりね。


「はい?」

「ルイか?」

「指名ですか?」

「せや。本筋やな」


 中里さんの口調から緊張感が伝わってこないから、一番オーソドックスな指名なんだろう。本当なら、私はそれで拍子抜けするはずなんだけど、どうも嫌な予感が。まあいいや。


「すぐに伺います」

「ああ。待っとるで」

「はい」


◇ ◇ ◇


「失礼します」


 事務室に入る前に、一瞬考える。そう言えば、これまで依頼を受ける時に、私以外の登録者が事務室にいたことは一度もない。それは、ほとんどの依頼が『夜』に集中していることを示している。平日の真昼間に登録者を借り出そうと考えるお客さんは、最初から中里さんや他の登録者にとっては想定外なんだ。


 もっとも、夜にレンタルしようとしても、夜に本業がある登録者には依頼を受けられないことが多いと思う。どう見ても、ホスト系のおにいさんたちがメインだもん。だからこそ百人を超す登録者がいて、依頼のタイミングと中身はお客さんとの交渉で決めるっていうシステムになっているんだろう。私は、登録者の中では極めて異質な存在だったんだなあと。改めて思う。さて……。


 事務室に入ったら、中里さんがお客さんにレンタルシステムについての説明をしていた。その光景には違和感はなかったんだけど。私が仰天したのは、そのお客さんそのものだった。


「ちょ! 先生っ!!」


 全く。開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと。しかも先生の指名は、私が誰かを知っていて、だろう。本当に頭が痛い。


「なんや、ルイ? 知り合いか?」

「知り合いも何も。私のかてきょだった人です」

「えええっ!?」


 絶句している中里さんはそのままにしておいて、私は先生に話しかけた。


「ねえ、前沢先生。どういうことですか?」


 無言……か。たまたま見かけたから声を掛けてみた。そういうことじゃなさそうだな。やれやれ。とんだ『最後の客』になっちゃったよ。しょうがない。


「で、どうするんや?」

「先生のリクエストがレンジ内なら受けますよ。特に断る理由はありません」

「ほか。まあ、ええわ。そこはルイに任す。お客はん。それでええか?」

「……はい」


 蚊の鳴くような小声。もともとそんなに覇気のある人じゃなかったけど。なんだかなあ。


「それじゃ、行きましょうか」

「頼むで」

「はい。先生、出ましょう」


 まるで、死に損ないの犬を引っ張るみたいにして。私は、先生をさっと外に連れ出した。先生から具体的な行き先リクエストは出ないだろう。じゃあ昨日と同じで、ドーナツ屋でいいね。


 無言のまま、私はさっさと歩き出す。先生が付いてこようが、そこでバイバイだろうが、私にとってはどちらでもかまわない。ちらっと振り返ったら、一応とぼとぼと付いてくる。やれやれ……。


◇ ◇ ◇


 前沢先生が私のかてきょに付いたのは、私が九歳の時。私が先生を最初に見た時の印象は、なんかおどおどした人だなあ、だった。


 先生が来るようになった時、私は完全に鶏小屋生活に入っていた。私を学校から完全に切り離そうと決めた母の判断は正常と異常の間のグレイゾーンにあって、誰かが舵取りを調整する必要があった。臨床心理士である植田さんの役回りがまさにそれで、今でもきちんと義務を果たしている。

 一方で、前沢先生の役回りは極めて単純だった。学校に行っていない私の学力が、同年代の子に比べて極端に劣らないようにすること。それだけ。純然たるかてきょだったんだ。


 先生がうちに来始めた時、私はまだ幼かったから『来るのがなぜ前沢先生なのか』を考えたことがなかった。でも今になって思い返せば、それが極めて異様だということが分かる。てか、鶏小屋の私に、いつも家にいる母、毎日私のカウンセリングに来る植田さんと勉強を教えにくる前沢先生。その状況とコンビネーションが長い間続いたこと自体、どうしようもなく異常だったんだ。


 その異常性に気付いたからなのか、それとも他の理由があったのか。奇妙なコンビネーションからの離脱がもっとも早かったのは前沢先生だった。私にはなんの言及も予告もなく。ある日を境に先生が家に来なくなり、母から辞めたということを知らされた。私的にはもうちょい続けて欲しかったんだけど、それを私が言える筋合いでもなかったし。


 三年ぶり、か。確か、私より七、八歳上だったから、二十代後半のはず。そんなにがっくり老け込むトシじゃないと思うんだけど、若さも覇気も感じない。ずいぶんくたびれちゃった感じだなあ。


「先生、お久しぶりです」

「うん」


 私が買ったドーナツとアイスコーヒーを前に置いて、先生はじっと俯いたままだ。


「てか、なんでまた?」


 先生の口は開かない。質問はたなざらしにされたままだ。うーん……。まあ、こればかりは急かしてもしょうがない。一応スポンサーだから、その意向は尊重しないとね。私は、先生の口が開くまで黙って待つことにした。その沈黙は、十分くらい続いただろうか。


 突然、小声だけどはっきりした詰問が投げかけられた。


「ルイくんは……どうして?」

「はい?」

「どうして、あそこへ?」


 ああ、そういうことね。


「済みません。その前に」

「うん」

「先生は、なぜレンタルショップハッピーをチェックされたんですか?」


 また、だま、か。この感じだと、次のセリフが出てくるまで十分以上かかりそう。それじゃ会話にならないよなあ。と、思っていたら。


「ちょっとね……しんどくて」

「しんどい、ですか?」

「うん」

「ふられたとか?」

「……。それ以前。人が……」


 ああ。小さい頃に、先生と一緒にいた時にずっと感じていた違和感が今鮮明に蘇る。そして、私の中でその印象に色が付き、再構築され始めた。先生についてだけでなく、鶏小屋の中の十数年という年月に対して。


「じゃあ、リストの中に私を見つけたのは、偶然てことですね?」

「……うん。びっくりして」

「あはは」


 そらあ、びっくりするわな。


「まあ、先生だけでなく、植田さんも母もびっくりするでしょうね」

「え? 黙って……やってるの?」

「そうですよ。これは、私の好き嫌いや金欲しさの問題じゃない。馴化のためのプログラムですから」

「ど、どういうこと?」


 やっと先生の顔が上がった。そこには戸惑いと狼狽が目一杯張り付いてる。


「ハタチになるのに合わせて手術を受け、鶏小屋の外に出ることにしたんですよ」

「よく……分かんないんだけど?」

「先生は、私の特殊事情はよくご存知ですよね」

「うん」

「その『特殊』ってのを取っ払わないと、私は鶏小屋を出られないんです」


 じっと考え込んでる前沢先生。


「ええとね。ちょっと言いにくいことを言わせてもらいます」

「うん」

「私が見かけは鶏そのものの人間だとしたら、先生は人の形をした鶏。私は鶏じゃないから鶏小屋の外に出たい。でも、先生は鶏だから鶏小屋にこもりたい」

「う……」

「そして、私のところにかてきょに来ている間は、先生は鶏小屋の中にいられた。違います?」


 認めたくはないんだろう。でも、それならすぐ出てくるはずの反論が何も出てこない。


「植田さんの役回りも、かなり特殊だったってことですね」


 私は、氷が融けて薄くなり始めたアイスコーヒーをがらがらとかき回した。


「母が、私のカウンセリングのために植田さんを雇用してるんでしょう。そうすると、植田さんには私を診る義務が出来る。でも植田さんと前沢先生との関係は、あくまでも対等。どちらも私のサポーターの位置付けですから。当然、先生が植田さんに助言を求めても、それは善意でアドバイス出来る範囲を超えられない」

「う……」

「私より先に成人した先生は、植田さんのケアの範疇から外れた。ボランタリーで出来ることじゃないから」


 小さく。先生が頷く。


「私はずっと鶏小屋暮らしでしたから、先生が私のところに来ている時、そして先生が退職されたあと、どう過ごされていたのか分かりません。でも、今私がやっているような馴化のプログラムは先生にも必要で、それをうまくこなせていない。そういうことなんじゃないかなあと」


 ふっ。小さな吐息が、先生の口から漏れた。


「すごい……ね」

「何が、ですか?」

「そういうことを見抜けるのが」

「すごくなんかないです。会話を交わせる範囲がうんと限定されていたら、私は相手を掘り下げて見るしかないもん。先生が私と同じ立場になれば、きっと私と同じになりますよ」

「……そう?」

「ええ。そしてね、残念だけどその能力がどんなに高くても私にはあまり役に立たない。さっき言った馴化には使えない」

「そう……なの?」

「そうです。相手の思考や感情を見抜くっていうのは、それを自分の意思表示に結び付けないと、まるっきり意味がないんです。鶏小屋の中にいたままだと、そこがどうしてもうまくいかない」


 ああ、ものすごく苛々する。先生に対してじゃなく、ちっとも馴化が進まない環境と現状に。


「それで……なの」

「そう。でも、なかなかねー」

「普通に、話してるじゃない。わたしは……」

「すとっぷ」

「え?」

「普通になんか、話していませんよ」

「??」


 私は、スマホを出して音声ガイドを立ち上げる。それからスマホに向かって話しかけた。


「君の好きなことはなんだい?」


 すぐさま、携帯の液晶画面にずらずらっと文字列が並んだ。


『音楽を聴くことです。テイラー・スイフトが好きです』


「ね? これと同じ」


 先生が、じっとその液晶画面を凝視する。


「自分がレンタル品っていう立場になって、改めて思うんです。レンタル品は、お客さんの隙間を一時的に埋めるだけの存在。それには、必ずしも人としての特別の意思や意図を必要としない」

「うん」

「だから、私にもこなせちゃうんですよ。今みたいに、反射的にね。それじゃあ、ちっとも馴化の役に立たないんです」

「じゃあ、辞める……の?」

「そのつもりです。儲けるのが目的じゃない。あくまでも馴化のためのプログラム。でも、それがうまく行かないなら組み直すしかないから。最後のお客さんが先生になったっていうのは、まるっきりの想定外でしたけどね」

「あの……ルイくんのプログラムは、植田さんが組んだの?」

「まーさーかー」


 思わず苦笑いする。


「ねえ、先生」

「うん」

「鶏小屋の鍵を持ってる人に、出してくれって鶏が懇願したら出してもらえます?」

「う。それは……」

「私は、どんな形であっても鶏小屋を壊さないと外に出られない。それがスマートかそうでないかの違いはあってもね」

「そ……か」

「植田さんは、チェックはしてくれてますよ。でも、もう私を制御することは出来ない。それは、先生が植田さんを頼れなくなったのと同じ理由です」

「うん。分かる」


 私の立場と現状を説明しているうちに、結構いい時間になってきた。私はちらちらと腕時計に目をやり、残り時間を確認する。その私のアクションを見て、先生の顔に焦りの色が浮かんだ。


「あの……」

「なんですか?」

「わたしの……話は?」

「私がプロのレンタルカレシなら、先生の話を聞いてあげるんでしょうね。でも」


 先生の顔先に、ぴっと指を突き付けた。その勢いに怖じたように先生がのけ反って身を引く。


「ねえ、先生。私がただうんうんと先生の話を聞くだけなら、今でも出来るし、そうして欲しいならそうしますよ。でも、先生のアクションには、気持ちの悪い打算がいーっぱい混じってる」

「だ……さん?」

「繰り返します。先生は、なぜ私を指名したんですか?」


 俯いて、黙り込んでしまう先生。説明なんか出来ないでしょ? じゃあ、私が代わりに言ったげる。


「会ったこともない、イケメンのホスト予備軍。きっと、プロの技で先生をほめ、慰め、持ち上げてくれるでしょう。でも、先生はそれは要らない」

「う……」

「そうじゃない。自分の弱みを見せても、それを軽蔑せずにちゃんと受け入れてくれる。そういう存在が欲しい。プロの臨床心理士である植田さんが、かつては補助してくれてた部分。そこを誰かに肩代わりして欲しい。でもね」


 ぐっと身を乗り出す。


「それを、植田さんのような理性と包容力のあるオトナが担ってしまうと、結局その枠から出られなくなる」

「く……」

「『理解』や『指導』ではなく、『同情』や『共感』が欲しい。そのために、自分と同じか自分よりもっと立場の弱い相手と交流し、自分の心の平静を保ちたい。違います?」


 ぎっちりねめつける。なんだかなあ。


「それが打算でなくてなんでしょう?」

「うう……」


 俯いたままで、先生がべそべそと泣き始めた。


 弱い。弱過ぎる。そして、母はその弱さを最初から見抜いていたからこそ、先生を私に付けたんだろう。この子なら、私には影響しない。影響し得ない。勉強以外の影響を考えなくて済むってね。そういう母の予想を何年経ってもくつがえすことが出来なかった先生は、かてきょを辞めても結局ずっとそのまんま。当然のごとく今の体たらくに陥ってしまった、と。


 さっき先生が言いかけたこと。人が……というセリフ。先生に強いプライドがなければ、自分を取り崩して相手に合わせようとするんだろう。でも、先生にはそれが出来ない。

 頭がいい。自分でも、人より劣っているとは考えたくない。でも、自分の資質を生かすには頭脳の良し悪しではなくて、人とのやり取りを上手にこなす必要がある。そこが壊滅的に苦手で、どこまでも逃げ腰なんだ。私のところに来てた頃から、まるっきり改善されていないと思う。


「ふうっ」


 思わず溜息が漏れてしまった。


「なるほどなあ……」


 ぴくっ。先生が、私の言葉に弾かれたように身を縮めた。


「な……に?」


 まだ私の指摘のショックを強く引きずっているんだろう。半分非難を込めた口調で、先生が問い返した。


「いや、母のこしらえた鶏小屋。いろんな意味で、面倒なことになっちゃったんだなあって」

「……?」

「最初は広くてきれいだった飼育ケージが、十何年か経つと、どうしても経年劣化してくる。もちろん、だからこそ私はそれを壊して脱出できるんですけど」

「……うん」

「そのケージを構成していた材料は、鉄筋や木材じゃない。人なんです」

「あ……そ、そうか」

「ですよね? それが厄介だなあと」


 ふう……。同じ環境を保っても、時間経過だけは誰にも防げない。その間に、時間が作るものと時間が損なってしまうものがあるってこと。私は、まさにその得失の間にサンドイッチされてるんだろう。


「そうですね。私は、先生が考えているほどまともじゃないですよ。自分でも欠陥はしっかり認識しているし、それを手直しするならたかだか一年、二年じゃどうにもならない」

「そうなの?」

「先生の方が、ずっとマシでしょう。もう『外』にいるんですから。私の場合は、まず『外』に出て、それから馴化も考えないとならない。ハンデがものすごく大きいです」

「……うん」

「それを、これからどうするかだなあ」


 本当は、じっくり時間をかけてプログラムを組みたい。でも、本当に余裕がないんだ。今思い切って鶏小屋を壊してしまわないと、関わった全員が一生を棒に振ることになりかねない。それを、どうしても回避したい。


 ぴぴっ。ぴぴっ。ぴぴっ。スマホにセットしてあったタイマーが鳴って、はっと我に返った。


「あ、やばい。時間が来ちゃった。延長ってわけには行かないんで、これで切り上げってことにしてください」

「あ、あの!」

「はい?」

「指名は?」

「もう出来ませんよ。リストから外してもらうつもりだし」


 さっきがつんと突き放したのに、まだすがりつく姿勢が治っていない。先生も、相当重症だなあ。


「これまでのよしみもあるから、個人的アクセスは拒否しませんけど、それは今の登録店との関係がリセット出来てからにしてください」

「う……」

「じゃあ、そゆことで」


 先生を席に置いたまま、私はさっとドーナツ屋を後にした。


◇ ◇ ◇


「お? どやった?」

「たいした話は出来なかったです。ちょろっと昔話して。それで終わり、かな」

「ふうん。そんなもんかい」

「ええ」


 中里さんが用意してくれたバイト代を受け取って。その直後に切り出した。


「ああ、店長」

「うん?」

「私は、これで登録を外すことにします」

「ほ? なんでや。せっかく客ぅ付いてきたんに」

「私が生活のためにレンタルを承けてるなら、望ましいことなんですけどね」

「ちゃうんか?」

「違います。そうですねー。社会復帰に向けた一種の訓練みたいなものだったので」


 店長が、なんじゃそりゃって顔で口をへの字に曲げる。


「なんかマエがあるとかか?」

「あはは。そんな刑事罰食らうような悪いことなんか、何もしてませんよ」

「ふうん。まあ、しゃあないな。でも、今すぐ登録外すわけにはいかへんねや。明日まで待って」

「予約システムの管理上の制限ですね?」

「せや。まあ、何かアクセスがあってん、事情があって行けへん言えば済むやろ?」

「はい。そうですね。それで構わないです」


 乾いてる中里さんのことだから、それであっさり終わりだと思ったんだ。でも。


「ああ、そやそや」

「はい?」

「ルイは、ここ辞めて次のあてはあるんか?」

「うー。それなんですよねえ。ハロワに登録しようと思ったんですけど」

「あほ。あんたぁ、履歴書の経歴欄空っぽやろ。登録なんかどっこもしてくれへんで?」


 そう。そこがネックなんだよね。これからもずーっと私の足を引っ張り続ける、でかい負の遺産だ。私が腕を組んでむっつり考え込んでしまったら、店長から思わぬ提案があった。


「あのな、ルイ。あんたぁ客さばくんがえらい上手や。こんなヤクザな商売、慣れてるやつでもへまぁこくのに立て続けに六人さばきよった。俺はその腕ぇ放したないんや」

「ううう、そうは言ってもー」

「ああ、勘違いしなや。人貸しの方やない。下の店舗の方や」

「えええっ!?」


 思わず飛びついてしまった。


「それ、ほんまでっか!?」

「あんた、何人なにじんや」


 店長に呆れられる。


「あはは。いや……」

「下でつこてるねえちゃんな。もうすぐ寿退職やねん」

「そうなんだー。おめでたいことですね」

「せや。けど、店の隅々までよう把握しててほとんど任せてあったんや。抜けられるのはごっつ痛い」

「結婚後も続けるっていうのは?」

「ダンナが高知に転勤なんやて。それに付いてくらし」

「あ、それは無理だー」

「せやろ?」


 ふうっと溜息をついた店長が、ゆるゆる首を振る。


「かと言うてん使えんやつぅ後釜に据えたら、ほんまに俺が干上がってまう。人貸しの方は上がりにえらい波がある。まだあてにならんからな」

「ええ」

「あんたぁ客扱い上手やし、アタマもええ。ホストみたいな華やかなとこはどっこにもないが、それでかまへんねやろ?」

「全然かまいません。でも、ほんまにいいんでっか?」

「わっはっは! だから、あんたぁ何人や!」


 だははははははっ!

 それは。私がレンタルショップハッピーに登録してから、初めて全力で笑った瞬間。そして力一杯笑ったことで、今まで自分に欠けていたものがなんだったのかを改めて強く認識したんだ。


「じゃあ、下のバイトさんが退職されるまでの間に、しっかり引き継ぎしますね」

「頼むわ。ああ、俺はえっらいついとる。良縁てえのは、どこに転がってるか分からん」


 いやいや。それは私が言わないとならないセリフですって、店長!


「それじゃ、今日はこれで失礼します。引き継ぎのスケジュールは店長の方で組んでいただけますか?」

「せやな。バイト代どうするかも話せなあかんし」

「分かりました! じゃあ、今日はこれで」

「ああ、お疲れさん」


 やりいいいっ!!


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