07 異世界生活

 食事が終わった後はパンネに案内されて色々な用事をこなした。


 ちなみに色々って言うのは召喚された人間が行う手続きなどだ。住民登録なんかもあるようで年齢や電話番号などを書いて提出した。


 ちなみにこの世界では電話は無料で使える。召喚されて来た地球人がすぐ助けを呼べるようにするためだそうだ。実際俺も電話が使えなかったら、パンネが救助に来ることもなく魚に食われて死んでいただろう。


 本当にこの世界の被召喚者対策は充実していると感じる。



 住民登録が終わった後は草原で倒したサケマグロを換金した。平均で一体二十万。まともに換金できたのは十体だったので合計二百万円。


 これをパンネと二人で山分けした。


 ちなみに円と言ってもこの世界での円だ。この世界では基準通貨として異世界のお金の単位である円が採用されている。だがその価値は地球の日本円と常に一緒と言うわけではない。


 ただし現在のレートはこの世界での円の価値は日本とだいたい同じらしい。だから基本的に日本円と同じ感覚でいいはずだとパンネに言われた。


 つまり俺の分け前百万円は単純に日本円での百万と同じ価値と考えていいらしい。なかなかの大金だ。しばらく暮らす分には問題ないだろう。


 それに衣食住については異人会の方で面倒を見てくれる。


 ただしこれは基本一カ月で、その間にこの世界での身の振り方を決めないといけないそうだが。


 身の振り方についてはこれからちゃんと考えたいと思う。就職情報誌みたいな物も渡してもらえたからな。異人会では就職の手伝いもしているとのことだ。


 今日はその情報誌を見つつこれからについて考えたいと思う。召喚初日で疲れもあるから後は部屋にこもるのだ。


 そういうわけで俺はパンネと別れて、異人会に用意してもらった部屋に入って休むのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 異世界生活の二日目が始まる。


 身の振り方については昨日で決めた。この世界には傭兵ギルドがあるそうなのでそこで傭兵になろうと思う。ちなみにパンネは傭兵ではなく異世界人協会に所属している。


 異世界人協会と言っても色々な部署があり、被召喚者捜索部は武闘派だそうだ。捜索時に魔物と遭遇することがあるからな。だから俺も被召喚者捜索部に入って鍛える手もないわけではない。


 だが主任務はあくまで捜索と救助だ。自分が強くなることを考えればやはり傭兵の方がいい。


「というわけで今日は傭兵ギルドに行こうと思う」


 俺は決意のこもった声でパンネに意志を伝えた。


「うん薙阿津の考えは分かったわ。私も間違いじゃないと思う」


 パンネも同意してくれたようだ。


「でもそれはいいんだけど、その前に薙阿津ってまだこの国の言葉話せないよね?」


「……え?」


 ……どうやらこの世界では自動で言葉が翻訳されたりはしないらしい。


 異人会に所属する人間は基本的に全員日本語が話せる。だがこの国、ニムルス国では当然ニムルス語が共通語であり、外へ出るにはまずニムルス語を覚える必要があるとのこと。


 俺は思わぬ壁の出現にくじけそうになった。だが俺はすぐ立ち直ることとなる。


 この世界には自動翻訳の魔法はないが言葉を覚える魔道具はあるそうだ。しかも話し言葉だけでなく文字も完全サポート。


 言葉を覚えた後はしばらく副作用があるそうだがそれも一日では収まる。一つの言語を一日で覚えられるというのだからこれはありがたかった。


 ……実際にその魔道具で言葉を覚えた時には死ぬかと思ったが。


 俺は午前中にすぐ言葉を覚えたので結局二日目は副作用による吐き気やその他で何もすることができなかった。


 まあこれは通常の反応なのだそうで、被召喚者が潜り抜けないといけない関門の一つとなっているそうだ。一日吐き気に苦しむことにはなったがそれで一つの言語体系を覚えられたのだ、やはりありがたいことだと言える。


 ついでに言うとパンネや綾ちゃんが部屋にきて看病してくれたりもしたし。


 これは何気に嬉しかった。まあパンネは異人会での仕事があるからずっと付き添ってくれたのは綾ちゃんの方だが。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 異世界生活三日目。


 まずは午前中の内に傭兵ギルドでの手続きを終えた。これは本当にスムーズにいったので特に語るべきことはない。


 その後はこれからの生活に必要な品を買うため買い物へと出かける。消耗品やスマホの充電器具、あと時計なども買った。置時計は異人会で一つ貰えたのだがそれとは別に腕時計も必要だ。


 ちなみにスマホの時計はあてにならない。この世界の一日の長さと地球での一日の長さが微妙に違うからだ。だが体の方はすぐ慣れるという話なので時計さえ買えば問題はない。


「後は……服も必要ですよね」


 隣を歩く栗色ショートの眼鏡っ娘、村重 綾が語りかけてきた。


 綾ちゃんは……本当にいい娘である。昨日はほぼ一日中看病をしてくれたし今日も買い物に付き合ってくれている。


 まあ綾ちゃんの気持ちは……なんとなく想像はできる。綾ちゃんはこの世界に来て一週間近く経つが、あまり人と話をしてないようだとパンネは言っていた。


 要は人見知りだ。知り合いが誰もいない異世界に飛ばされたのだ、そりゃ人見知りにだってなる。


 そしてストレスも相当に溜めこんでいたんだろう。


 そんな時に現れたのが俺だったのだ。クラスこそ別ではあったが、同じ学校、同じ学年の人間。


 この世界に飛ばされてからずっと途切れていた、地球との接点のようなものを彼女は俺の中に見たのかも知れない。


 昨日俺を看病してくれている間、綾ちゃんはすごく饒舌だった。ただし、話の内容は全て地球でのことだ。


 俺にも分かる話題を振ってくれたという可能性もあるにはある。だがそれにしてもこの世界に来てからの話が全くなかった。


 やっぱり綾ちゃんはまだ……この世界に飛ばされたことを現実として受け止められないでいるように思える。


 俺はそのことについて綾ちゃんを責めたりする気にはなれなかった。そもそもそれは他人が責めていいようなことではないはずだ。


 だが心配にはなってしまう。


 異人会には一カ月近く世話になれるという話だ。だが俺は期限までやっかいになるつもりはない。傭兵としてある程度金を稼いだら、宿を借りるにせよなんにせよ異人会からは出るつもりでいる。


 その時には綾ちゃんはここに置いていくことになる。そして綾ちゃん自身も、いずれは異人会を出なくてはならないのだ。


 いちおうそのまま異人会の職員として就職することもできるそうだし、そうする人も一定数存在するようだ。


 それにパンネもいる。


 パンネは綾ちゃんがこの世界に飛ばされた当初からよくしてくれていたようだし、これからも色々と面倒を見てはくれるだろう。


 だが俺は、やっぱり綾ちゃんの今後について心配せずにはいられなかった。これについては機会があればちゃんと綾ちゃんと話をしたいと思う。

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