12花月の猫

Arisa

6月ー紫陽花ー

彼女は聡明だ-。

彼女の美しい金色の瞳は何を映しているのか。

隣にいる俺にすらよく分からない。

ぽつんぽつんと弾けては落ちる水滴に足元を濡らしながら彼女はゆっくりと歩く。

雨の日に外に出たがるなんて、随分変わっている。

彼女が濡れないようにしっかりと傘をさしてやる。

「もうそろそろ帰らない?」

「…………」

そっと話しかけても返事はない。

まだ足りない、とばかりにゆっくりと歩を進める。

紫色の光が視界をゆっくりと横切っていく。

濡れてより一層美しさが増すように思う。

水もしたたる…とはよく言ったものだ。

さて、語源はなんなのだろうか?

帰ったら調べてみよう。

本当はすぐにでも調べられるのだがこの彼女と歩く静寂を自分のつまらない探究心で壊したくはない。

彼女の足元で水が跳ねた。

「大丈夫?」

彼女の視線がこちらを向く。

まるで心配など無用…と言っているようだ。

一緒になってもう随分と経つのに彼女はまるで俺がいないように振る舞うことが多い。寂しくないかと言われれば嘘になるがあまりに構い過ぎて彼女に出て行かれる方が困る。

まぁ、彼女のストーカーよろしく同じ世界を味わいたいがために一緒に歩いているのも傍から見れば十分に”構い過ぎ”なのかもしれないが。

それでも彼女は嫌がるそぶりも見せずー気にしていないといった方が正しいかーこうして同じ時間を共有できることがただ単純に嬉しく思う。

今度は淡い水色の光が横切った。

紫陽花の花言葉は「移り気」、だったか。

土によって色を変えるから、と言われているが花言葉を考えた人はよくもまぁそんなことを思いつくものだと感心させられる。

土によって色を変えるなら、もっとロマンティックな花言葉でも良かったんじゃないかと思ってしまうのは何も俺だけじゃないはずだ。

土によって色を変えるなら、例えばそうだな…。

「上手い言葉はなかなか思いつかないな…」

呟くと彼女がまた俺の方を振り返った。その瞳は俺が何を考えているのか見透かしているようにも見えた。

彼女の金色の瞳を見ていたら、ふ、とこんな言葉が思い浮かんだ。

女は男で変わるー。

俺の場合は、逆だけれど。

俺は彼女と住むようになって変わった、と友人が全員一致で太鼓判を押されてしまうほどに彼女一筋だ。仕事が終われば真っ先に家に帰り一緒にご飯を食べる。他愛もない話をして眠る。

なんてことない日常だが俺には彼女がすべてだ。

決して優しく抱きしめてくれるわけじゃない。それどころか撫でようとすると嫌がって俺の手を避けるくらいなのだ。

それでも俺は彼女が家にいるだけで幸せだ。澄ました横顔を眺めるのにも飽きはしない。

「ずっと一緒にいれたらいいね」

「…………」

今度は振り向かずに少し足を止め、またすぐに歩き出す。

彼女がどれくらい自分を想ってくれているか分からなかったけれど、それでもやっぱりじんわりと幸せが胸に広がっていくようだった。


2へ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る