殺戮機械と荒廃した世界の中で

究極の太郎

第1話 戦争の傷跡



   1



 ――遠くから、誰とも知れぬ声が聞こえてくる。


 「やめてくれ! やめてくれぇっ!」

 「こっちに来るな! まだ死にたくない!」


 ――幾つもの悲鳴と叫びが重なっていく。


 「いやぁあああああああああ!」

 「やめろっ、やめろぉおおおおお!」


 ――世界は混沌に支配されていった。


 「ロボットが反乱した! 逃げないと殺される!」

 「戦争だ。機械との戦いだ」


 ――人類にとって過酷な争い。最先端技術テクノロジーが全て敵になった。


 「感染者だ。殺せ!」

 「あいつらはもう化け物だ。機械化が始まる」


 ――疑心暗鬼と危機感の狭間で、人間は互いを信じなくなっていった。そして……



   2



 「諸君は、この計画によって人間を遥かに凌駕する力を手に入れるだろう。極めて危険な手術だが、十分に価値のあるものだ。成功した暁には人類の希望となり、戦況を一気に覆す英雄となる。そして人類を勝利に導くのだ!」


 その言葉は一介の孤児にとって、魅力の満ち溢れたものに聞こえたに違いない。事実、そこにいた全員が改造手術を良しとした。


 自分の手で、人類を救う。こんな自分でもやれることがある。誰かに必要とされている。生きる価値がある。そんな欲求が誰の胸にも宿ったのだ。


 手術を受けたのは三十人、そのうち成功したのは九人。失敗した者は皆、遅かれ早かれ、苦しみながら死亡した。


 残った九人は、生々しい死の匂いが漂う前線に駆り出された。かつて人間だったモノを殺し、人間だと思っていたモノを殺し、人間から変わったモノを殺した。気づけば、死屍累々の中に立ち、灰色の世界に佇んでいた。仲間だったモノが、以前とは違う姿で襲いかかってくる。


 躊躇なく、殺した。


 そしてまた次の戦場へ。繰り返し。繰り返し。地獄のようだった。


 だが戦果は確実に上がり、劣勢だった人類は、敵勢力を圧倒するまでになった。


 『英雄』という称号が、その結果をもたらした戦闘マシン達に与えられた。


 仲間……仲間――


 最後まで隣にいた仲間の死は、突然だった。肉体的な疲労か、精神的な疲労か、どちらかわからないが、一瞬の隙を敵の狙撃手に見抜かれたのだ。弾丸が頭を貫くと、さっきまでの表情を顔に張り付けたまま静かに横たわった。


 ああ、良かったな、と生き残ったほうは思った。普通の死に方で。


 ――……良かった?

 地面に転がった仲間の口が動いた。脳漿をまき散らしながら、声を発する。


 「何が良かった? この姿のどこが良かった?」


 訊いてくる躯に対して答えた。「苦しまずに死ねたからさ」


 「そう。じゃあ…………私の死に方は良くなかった?」


 躯の顔が消え、別の者の顔が浮かび上がった。それから次々に、かつて仲間だった者たち、死んでいった者たちの顔に変わっていく。「僕は?」「私は?」「俺は?」


 声が幾重にも重なり、不協和音になる。ぐちゃぐちゃになった言葉が一つの音を奏でていく。瞬間、全ての声がクリアになって、ある文字列が頭に浮かんだ。


 「――どうして?」


 目の前に幼い少女が立っていた。


 「どうして助けてくれなかったの?」


 少女の姿は、高速で切り替わっていく、今まで死をみとった人間に、救えなかった命に、変わっていく。


 耐えられなかった。逃げるしかなかった。罪がなくなるまで、忘れるまで、逃げて逃げ続ける。そうしないと生きることができなかった。醜悪な自分の姿が瞳に映った。潔く死んでいった仲間たちとはまるで違う、酷いものだ。


 いっそ死んだら楽になれるのか。だがそんな度胸も勇気もない。これまでの戦いを経験してきて辿り着いた結論だ。


 死ぬのは怖い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る