緩く融ける

風上イヌ

第1話

目の端に何かを捉えて、本に落としていた目をそちらに向けた。





目の端に映ったものの正体は スーパーの袋らしきもの。


梅雨が明けたせいで蒸し暑く、じわじわと肌を覆う微かな不快感。

それも バスに乗ったおかげでだいぶ和らいだ。


ふと 意識に上がったのは さっきまで隣に座っていた 学生服の少年。普通の様子なら ふと思い出すこともないだろうが、その少年は少し 違っていた。

もう蒸し暑いというのに ワイシャツの袖をまくっておらず ネクタイもぴっちりと締めていた。 目にかからない程度に切りそろえられた染められてない髪や 日に焼けてない肌は真面目な風貌なのかと言われればそう見えなくもないが、特別優等生然としているようにも思えなかった。

それだけなら そんな人も居るだろうという認識で済んだだろうが

覚えていたのは 鞄からチョコレートを取り出し 休みなく口へ運んでいくその様子のせいだろう。


一番後ろ、五人がけの席右端に座っていた僕の 隣一席空けて座った彼は 鞄を膝に置くと 手始めに 「幸せ12こ♪」と人気の女優が コマーシャルをしていた 12個入りのミルクチョコレートを取り出しあっという間にすべてを口に運んだ。

ふと横を見たらそんな場面に遭遇した僕は 驚いた。誰か見ていないのだろうかと 周りを見渡しても 客は 手のひらサイズの精密機械の操作に忙しいらしい。それに一番後ろ、わざわざ誰も見ていないだろう。


幸せ12こを食べ終えた彼は ポケットからミルクチョコレートと書かれたキャンディ型の三つ取り出しまた、すべてを口に入れた。

融けて包装紙に付いたらしいチョコレートも口に含んで 、今度は胸ポケットから棒付きチョコレート。愛と勇気を味方につけたアンパンのヒーロだ。

そしてまた鞄を開いて highmilk と赤く書かれた板チョコを割り ヒーローをがじがじしている口に放り込んだ。


ここまですごい勢いだ。味わうもくそもない。

食べてる最中(最中もなにも あっという間に消費していくのだが、)特に何の表情を浮かべるでもなくただひたすら 口に入れて消費している。



横目で見ていたのに気づいたのか、

彼が目的のバス停で降りようと立ち上がった時 照れくさそうに はにかんだ表情は 最初の印象とは違って すこし幼く見えた。

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