ホームセンターの惨劇

悠戯

ホームセンターの惨劇

ごぽり、と湿った音を立てて臓腑が床へと零れ落ちた。


 「アンソニー!」

 「奴はもう駄目だ、諦めろ!」


 チェーンソウの一振りで、顎から股下までを断ち割られたアンソニーは、当然の如く絶命している。

 アンソニーを異様な方法で殺害せしめた恐るべき怪物は、全身に返り血を浴びながらも狂気の笑みを浮かべている。姿こそ我々とそっくりであるが、その残忍にして冷酷な本性はとても隠せるものではない。

 チェーンソウの刃に肉片が絡みついて動かなくなった為か、今は新たな凶器を探すべく殺戮の手を止めているが、何しろここは大型のホームセンター。凶器となり得る物はそれこそ山のようにある。


 「俺が時間を稼ぐ、お前は仲間に報せるんだ!」

 「そんな、ビル!?」


 迷っている時間は無い。

 怪物の俊敏さといったら我々の比ではなく、僅かにでも気を緩めれば容易く追いつかれてしまうだろう。

 既にアンソニーだけでなく、チャールズもディエゴもフランソワも、我々の仲間は惨殺されてしまった。ある者は銃で頭を吹き飛ばされ、またある者は斧で手足を切断された。犠牲者の総数は何人か何十人か、もはや数える気にもならない。

 ビルが命を懸けて立ち向かったとしても、奴に一矢報いる事は難しいだろう。だが、僅かに稼いだ時間で仲間に危機を報せなければ、犠牲者は更に際限無く増え続ける。


 私は懸命に足を動かすが、身体は遅々として進まない。


 背後からビルの断末魔らしき声が聞こえた。


 グチャリ、という重い音が連続して聞こえる。何度も、何度も、何度も、恐らくは鈍器による執拗な殴打を加えているのだろう。


 恐怖で足が竦みそうになるが、歩みを止めたら次は私がそうなる番だ。


 死にたくない。死にたくない。死にたくない。


 心の中でビルに詫びながら、そして恐怖に震えながら、ひたすら前へと進む。


 背後から聞こえていた打撃音はいつしか止まっていた。


 怪物は何処だろう?


 私を追ってきているのだろうか?


 それとも何処か別の場所へと移動したのだろうか?


 そんな都合の良い想像が浮かんだ次の瞬間、私の意識は暗転する。


 何が起こったのか瞬時には分からなかったが、倒れ込んだ視界に怪物が姿を現すと、奴が手にしたバールの様な物で自分が殴られた事を私はようやく理解した。同時に、私は自分の命運が尽きた事を悟ったのだった。


 倒れ込んで動けない私に、怪物はバールの様な物による打撃を繰り返し、繰り返し叩き込む。例え泣き叫んで許しを乞うても奴は決して手を止める事はないだろう。そもそも意思の疎通が不可能だという事はとうに分かっている。


 執拗な殴打によって既に手足の骨は微塵に砕かれ、身を起こす事は出来ない。

 自分の骨が砕ける音が聞こえる。

 肉が潰れ、体液が飛び散る。

 潰れた片目が飛び出し、それを残った方の目で見ている。


 だが、そんな状況だというのに未だに私の意識は鮮明なまま保たれていた。

 怪物も、ぴくりとも動かなくなった私を見て、まさか未だに意識があるなどとは思わなかったのだろう。それまで圧倒的な力を振るいながらも一瞬たりとも油断していなかった奴が私から視線を切った。


 瞬間、どこにそんな力が残っていたのか自分でも理解できないが、私は最期の力を振り絞って一矢を報いようと、倒れたままの身体を転がして奴の足首に力の限りに噛み付いた。

 火事場の馬鹿力というやつだろうか。己の咬合力に耐え切れなかった顎の骨が砕け、辛うじて残っていた何本かの歯も怪物の肉に刺さったまま抜け落ちた。

 残念ながら足を食い千切るには到らなかったが、それまで一方的な殺戮を繰り返してきた怪物が酷く慌てふためいている。


 ざまあ見やがれ。

 大勢の仲間を殺した恐るべき怪物に痛打を与える事が出来た。

 直後、私の脳髄は怒り狂った奴に叩き潰されたが、一矢報いる事が出来た事に満足して私は最期の時を迎えた。


****************









































 「くそっ、ゾンビに噛まれた!」

 ゾンビの蔓延した街でどうにかホームセンターまで辿り着き、店内の商品(斧やチェーンソウやバールの様な物など)を使って奮戦していた男だったが、とうとうその命運が尽きる時が来たようだ。

 ゾンビ共は意味の分からないうめき声を上げるだけで意思の疎通は不可能。噛まれたり引っかかれたりした傷口から病原菌のようなものが感染するらしく、瞬く間にその数を増やしていた。

 動きは生きた人間よりも鈍いのでどうにか戦う事が出来ていたのだが、バールの様な物で殴り付けたゾンビが小癪にも死んだフリをして油断を誘い、視線を切った途端に足首を噛まれてしまったのだ。

 こうなった以上、最早助かる術は無い。

 男の意識が混濁し、体温が異常に上昇してきた。

 代謝が異常に活発化し、立っていられずにホームセンターの床に倒れこむ。

 自分の皮膚がゾンビと同じような腐ったような色合いになるのを眺めながら、


 「くそっ、死にたくない……死にたくな……」


 それが男の最後の言葉だった。

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ホームセンターの惨劇 悠戯 @yu-gi

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