どーも、竜人郵便です

リュウ

第1話 ロバーニャの手紙

「いい天気だねー、絶好の配達日和だよ、これ」

 そんなことを言いつつ、その少女は空を飛んでいた。

 半袖半ズボンの制服と小さな帽子。左肩から袈裟懸けした一抱え程の大きなカバン。まだ下ろしたてで汚れや傷は目立たないブーツ。

 そして、肘から手と膝から足を被う深緑の鱗。帽子を挟むように生える角。お尻辺りから生えたトカゲの様な尾。

 更に背中から生えた翼を羽ばたかせて空を行く少女は、遥か向こうの景色を見ながら楽しそうに笑っていた。

「そう思わない? ドゴン?」

「思わんな」

 少女の問いかけに、彼女の肩に乗っていたそれは体の半分ほどもある尻尾を振りつつ答えた。

「配達に日和などない。毎日が配達すべき日、それだけだぞ。ユゥン」

 それの答えに、少女は頬を膨らませる。

「えー、こんないい天気に手紙貰ったら、気持ちいいと思うけどなあ」

 少女――ユゥンがそう言うと、彼女の肩に乗っているそれはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「それはお前の勝手な考えだ。大体、手紙の全てがいい知らせとは限らんぞ」

 ユゥンの肩に乗っているそれ――フェアリードラゴンのドゴンの言葉に、ユゥンは少し考えるそぶりを見せる。

「んー、そっかー……でもさ、悪い知らせでも、知らないでいるよりは良いんじゃない? 少なくとも私は自分への知らせだったらなんでも知りたいよ?」

 ユゥンが首をかしげながらそう言うと、ドゴンはまた鼻を鳴らした。

「フン、なんでもいいが、ともかく郵便を届けるのが俺達の仕事だ。それを疎かにするわけにはいくまい。ほら、急げ。竜人の中でも速いのがお前の数少ない取り柄なんだからな」

「うん、そうだね!」

 答えると同時に、ユゥンは速度を上げて一気にさえ渡る青空を流星の如く駆けていった。


「どーも、竜人郵便です!」

 ある山中の村に降りたユゥンはその中のある家の前に来てドアをノックし、元気な声でそう叫んだ。

「うるさいね、聞こえているよ」

 ドア越しにしわがれた声が聞こえてから少しの間を置いて、家の戸が開く。

 そこに居たのはシワの刻まれた顔から鋭い目を光らせる、腰の曲がった老婆であった。

「遅かったね」

 老婆のその一言に、ユゥンがガクリと肩を落とす。

「すいません、急ぎはしたのですが……」

 ユゥンが落ち込みながら謝ると、肩に乗っていたドゴンは鼻を鳴らした。

「フン、謝らんでいいぞユゥン、このババアは早くても遅くてもこう言うんだからな」

 ドゴンの言葉に不機嫌そうな顔をしながら、老婆は手を差し出した。

「いいから、渡すもん渡しな」

「あ、はい!」

 ユゥンは慌ててカバンから一枚の封筒を取り出した。

「どうぞ、ロバーニャさん」

 ユゥンがその封筒を差し出すと、老婆――ロバーニャは何も言わずつかみ取るようにそれを奪う。

 それをユゥンの肩から見て、ドゴンは思わず眉間にシワを寄せる。

「おいババア、いつも思うが無愛想にもほどがあるぞ」

「私よりジジイのくせに何言ってんだい、チビ」

 そう言うとロバーニャは封筒を持ったまま、ユゥンを見ながらあごで家の中を指した。

「上がりな」

「はい! 失礼します!」

 慣れた様子でユゥンは帽子を脱いで一礼をし、ロバーニャの家に入った。

 すぐ右手に古い木のテーブルと椅子が四脚、左手には少し大きめのベッド、そして正面の壁には暖炉と、一抱えほどある袋が乗せられた調理用の台がある。

 質素ながらも老人一人住むには申し分のなさそうな家の中を見て、ドゴンは呟いた。

「いつ来ても、小汚い家だなぁ」

「ドゴン! すいません、いつもいつも!」

 ユゥンが慌てて頭を下げるが、ロバーニャはそれを一瞥して椅子の一つに座った。

「いいから早くしな。こっちだって忙しいんだ」

「はい!」

 ユゥンは元気な返事をしてロバーニャの正面の席に座った。

「ほれ、読みな」

 ロバーニャは先ほど掴み取った封筒をユゥンに差し出す。

「返すんだったら奪い取るなよ」

「まあまあドゴン。それじゃあ、失礼して」

 ユゥンは封筒を受け取ると、それを開封する。

 そしてそこから一枚の紙を取り出した。

 この国では子供でも読み書きは習うが、それはここ二十年程での話だった。

 そのため大人は、特に老人ともなると文字の読み書きが出来る者が少なく、こうして手紙を読むのも郵便屋の仕事の一部なのだ。

「……オホン、では読みますね」

 ユゥンは一通り手紙に目を通し、それを朗読し始めた。

「母さんへ。聞いてくれ、畑ですごく大きなカボチャが取れたんだ! 俺ぐらいはある大きなカボチャでなぁ、近所の人にも頼んでどうにか収穫したよ。そしてその日は手伝ってくれた人を招いてカボチャパーティーをしたんだ。そこでよく働くワイスを見てみんな良い嫁だって言ってくれて、俺としては嬉しい限りだよ! 本当に良い嫁をもらえたと誇らしい限りだ。他にも――」

 その後も近所の牛が子供を産んだ事、最近新しい野菜を作ろうと思っている事などの内容を感情豊かに読み上げるユゥン。

 それを興味がなさそうに聞き流すドゴン。

 そして、目を閉じて黙って聞くロバーニャ。

「――最後に、たまに母さんと一緒に住めたらと思うけど、その家に居たい母さんの気持ちは尊重したいと思う。でも、いつでも一緒に住みたい時は言ってくれ。そして、出来ればいつまでも元気で居てくれ。スコットより」

 読み終わると、ユゥンは一息ついた。

「ふう、いい息子さんですね」

「ただの馬鹿息子だよ」

 そっけないロバーニャの態度に苦笑しつつ、ユゥンは手紙を彼女に返した。

「それで、今回はどういたしましょう?」

 ユゥンがそう尋ねると、手紙を受け取ったロバーニャはポケットから金貨を二枚取り出し、暖炉近くの台に乗せられた袋をあごで指した。

「あれと、手紙を頼めるかい?」

「はい、あの袋の配達とお手紙ですね!」

 ユゥンは金貨を受け取り、制服の胸ポケットにしまった。

 そして次にカバンを探り、一枚の便箋と手のひら程の木箱を取り出した。

「いつも通りにスコットさん宛てでいいんですね?」

「分かっている事をいちいち訊かなくていい、早くしな」

「は、はい!」

 ユゥンは慌てて便箋を机に置き、木箱からインク入りの小瓶と小さな羽ペンを取り出した。

 そして羽ペンの先にインクを浸すと、便箋を注視した。

「では、どうぞ」

 ユゥンがそう言うと、ロバーニャはゆっくりと話し出した。

「スコット、元気かい? 私は元気さ。お前が出て行ってもう何年になるか分からないが、こうして手紙で話せるだけで私はいいさ」

 さっきまでとは違う優しいロバーニャの言葉を聞きつつ、ユゥンはその言葉をそのまま書いていく。

 読み聞かせ同様に、手紙の代筆も郵便屋の仕事なのだ。

「それはそうと、なんだいお前の手紙は。大きなカボチャが取れただの、嫁さんが可愛いのだの、身の回りの事ばかりでお前のことが何も書いちゃいないじゃないか。あれから体はでかくなったのかい? 食べ物を少し送ってやるから、たんと食べなさい」

 その後も孫は出来そうかとか、嫁のワイスを困らせるなとロバーニャは話し続け、それをユゥンは頻繁に羽ペンの先をインクに浸しながら、出来るだけ急いで、それでいて綺麗な字を紙に書いていく。

「――最後に、お前も病気などせずに元気で居てくれると嬉しいです。母より。」

 そこまで言うと、ロバーニャは息をついた。

「ふう……終わりだよ。そっちはどうだい」

 ロバーニャがそう言うと、書いている最中のユゥンは手を止めて笑顔で答えた。

「はい! 少々お待ち下さい! もうすぐ書き終わりますので!」

 ユゥンがそう答えると、ロバーニャは椅子からゆっくりと立ち上がった。

「あんまり急いで書いて間違えるんじゃないよ」

 そう言うと暖炉の方へ歩いていく。

「はい、気をつけます!」

 ユゥンがそう言ってまた書き始めていると、

「今日は、あと何軒あるんだい」

 不意に背後の方にいるロバーニャが、そんな事を言った。

「はい、太陽が真上に来るまでに五件ほど速達があります!」

 ユゥンは書きながら答えた。

 彼女は順路どおりに回る通常郵便とは別に急ぎの配達を行う、速達専門の郵便屋なのだ。

「そうかい、ほら」

「はい?」

 ユゥンが振り返ると、ロバーニャが小さい袋を彼女に押し付ける様に差し出していた。

「あたしの手紙を運んでいる最中にぶっ倒れられたら困るからね。持ってきな」

 不愛想な物言いであったが、それを見てユゥンはとても嬉しそうに笑った。

「はい、ありがとうございます!」


「何度見ても、あのババアの豹変は気持ち悪いな」

 ロバーニャの家を後にしてすぐ、飛行するユゥンの肩でドゴンはボソッと呟いた。

「俺やお前にはあんなに態度悪いのに、子供への手紙を書かせるときだけはまるで別人だ。二重人格って奴じゃないか?」

「ロバーニャさん、って、照れ屋、だから、ね。ああしないと、人と、話せない、んだよ。本当は、すごく、優しい、人だよ」

 ユゥンはロバーニャから預かった袋を肩に担ぎ、手に持ったパンを食べながら答えた。

「この、パンや、飲み物も、配達で、行ったら、いつもくれる、し」

「食べるのか、喋るのか、どっちかにしろ」

 ドゴンが呆れていると、ユゥンは彼の鼻先に食べかけのパンを差し出した。

「それじゃあ喋るから、食べる?」

「……おう」

 そう言ってパンにかぶり付くドゴンを見て、ユゥンはニッコリと笑った。

「美味しいよね、ロバーニャさんのパン。本人みたいに優しい味がする」

「まあ、不味くは、無い、な」

 そう言ってパンを一心不乱に食べるドゴンを見て、ユゥンが更に楽しげに笑った。

「素直じゃないなあ、ドゴンは。もっと素直に美味しいって言おうよ」

「お前、みたいに、なんでも、かんでも、思った、ことを、言って、られるか」

 食べながらドゴンが言うと、ユゥンは首をかしげた。

「そうかなぁ? そんなに私って何でも思った事言ってる?」

 尋ねられたドゴンは少しユゥンを呆れた目で見ていたが、すぐにパンを食べる作業に戻った。

「むぅ、そういう面倒な時にダンマリするのはいけないと思うなあ、私」

「いいから、速く、次の、配達先に、行け」

「あ、それもそうだね!」

 ユゥンは笑顔でそう言うと、翼を大きく羽ばたかせて一気にスピードを上げていった。

 

 広い空を一直線に駆け抜け、山を二つほど越えたところにある村のとある一軒の前にユゥンは降り立つ。

 帽子や襟を正し、ドアをノックする。

 そして彼女は先ほどと同じく、元気な大きな声でこう言った。

「どーも、竜人郵便です!」

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