百合の花とか病の詩とか
りう(こぶ)
第1話 かたち
雑草の中に咲いていたのは、一輪の白い花。それは雑草というには、花屋の切り花のように大振りで、完成された形。
もしユリが、まだ時間を持て余す気ままな幼女だとしたら、迷いなく手折り、母に見せ、自分の学習机の上に飾ったろう。だがユリはとうに大人であった。少なくとも、ユリはそう思っていた。
「ねえ、見て」
ユリは手を引かれ、引きずられるように歩きながらそう言ったが、どうやら手を引くその人には届かないようだった。どこに行くのだろう。立ち止まることなく、ひたすら雑木林の奥へと手を引かれ進んで行く。濃紺のハイソックスに、雑草が濡らした跡をつける。
だいぶ奥へ来たので、そろそろ学校と住宅地を隔てるフェンスに突き当たるだろう、とユリは思った。案の定、手を引くその人の足が止まった。ユリの足も。
「どうしたの、」
ユリはゆかりに声をかける。
「どうしたの、じゃないよ」
振り返ったゆかりの目は充血していて、ああ、泣いたんだ、とユリは思った。
「どうしてこんなことしたの」
ゆかりがユリに突き出したのは、件のラケットだった。
「あたしじゃない。あたし、やってない」
「見たって言ってるんだよ、みんな」
みんなって、だれだよ、なんて言わない。
「でもやってないのはやってないよ」
「もう、いい」
ゆかりが走り去る。ゆかりのハイソックスにも、水分の跡がついていた。
やがてゆかりが植物を蹴散らす音が消えて、放課後の音だけが残る。
日陰は冷たい。寒いくらいだ。風がハイソックスの水跡を冷やす。足元に、雑草の花が咲いている。小さなその花はどれも計算されたように、完成した形をしている。雑草の花すら。
馬鹿みたい、とユリは思う。犯人を突き止めて、それでどうするのかな。先生に、突き出すのかな。弁償させるのかな。リンチするような度胸はないだろうな。もっと地味に仕返しするのかな。
もっと、面白いことになるかと思ったのに。
百合の花とか病の詩とか りう(こぶ) @kobu1442
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