第十二章 決着
藍達は、得体の知れない恐怖に包まれた。
「八種の雷神は、それぞれが魔神級の力を持つと言われている。そんな化け物を身体に八体も宿している建内宿禰は、一体どんな力を持っているのだ?」
丞斎が呟いた。一同はゆっくりと建内宿禰から距離を取った。
「八種の
建内宿禰がそう言い放つと、八体の雷神は建内宿禰から飛び立った。
「
建内宿禰が叫ぶ。その雷神は、他の七体より大きく、たくさんの
「姫巫女の剣!」
藍はそれを剣ではね除けた。しかし大雷は、すぐに態勢を立て直し、再び藍に突進して来た。それよりも先に、建内宿禰がさらに叫んだ。
「
稲光を激しく放っている上に、炎にも包まれた雷神が、雅に攻撃を仕掛けた。炎と稲妻の合わせ技である。
「
雅は両手の全ての指先から黄泉醜女を出し、火の雷に取り憑かせた。火の雷は五体の黄泉醜女を稲妻と炎で撃退し、残りには取り憑かれ、その力を弱めながらも、さらに雅に接近した。
「黄泉醜女合わせ身!」
雅は合体させた黄泉醜女を放ち、火の雷を攻撃した。
「
八体の中で一番小さい雷神が仁斎に向かった。
「
地中をモグラのように進む雷神が、丞斎に迫った。建内宿禰の攻撃は続いた。
「
黄泉の黒火のような、真っ黒の稲光を放つ雷神が康斎に向かった。
「
轟音を響かせて光を放つ雷神が、椿に向かって飛翔した。建内宿禰は藍に残りの雷神を放った。
「
藍に、大雷の他に、まるで飛び跳ねるような動きで突進する雷神と、グルグルと回転しながら稲光を発している雷神が向かった。藍は弾き返すのは無理と判断し、策を変えた。
「
藍は唱え、柏手を二回打った。すると藍に向かっていた三体の雷神は突然突進をやめ、止まってしまった。同じく、他の雷神も停止した。
「むっ?」
建内宿禰は藍の唱えた呪文の意味を知り、
「小野の者がそのような術を使いこなすとは……」
歯ぎしりした。そして雷神を呼び戻した。
( イザナギが黄泉の国から脱出する時、八種の雷神を追い返したのが、黄泉比良坂にあった桃の実。そして今、藍が唱えたのは、イザナギがその桃につけた名前。さすが宗家の継承者だな )
雅は心の中で藍の力に感心していた。しかし藍はその術を知っていたのではない。究極の神剣合わせ身を会得したために、二人の女王から自然に授けられたものなのだ。姫巫女二人合わせ身が、姫巫女流古神道の最強奥義たる所以である。
「八種の雷は封じられたか。ならば、我が自ら、うぬらを滅す!」
建内宿禰はさらに巨大化した。そして八種の雷神をその身体に吸収してしまったのだ。
「何だと?」
仁斎は仰天した。
「やはり、奴の言葉通り、奴自身が黄泉の国の最高神なのか……」
仁斎の額に汗が流れた。
その頃、大吾は大和高田市の先、広陵町に来ていた。
「ここか……。凄い妖気が噴き出しているな」
そこは、馬見古墳群の中で最大級の規模を誇る巣山古墳であった。築造は四世紀末から五世紀初めと推定されている。その全景は地上からでは把握できない程の大きさである。全長約二二〇メートル、後円部径約一三〇メートル、前方部幅約一一二メートル。そして、昭和二十七年に国の特別史跡に指定されたが、何故か宮内庁の陵墓参考地には指定されていない。被葬者は朝廷関係者ではないと結論づけたのだろうか。それは不明だ。そして、建内宿禰の墓という説もある古墳なのだ。
「とにかく、この流れを断ち切らないとな」
大吾は車から降り、古墳に近づいた。
「何だ?」
大吾が近づいた途端、古墳の中からたくさんの光が舞い上がり始めた。その光は、得体の知れない妖気を漂わせながら、ゆっくりと集まり始め、人形になった。そんな人形が何体もでき、それが大吾目がけて急降下して来た。
「くっ!」
大吾は封じの呪符を放った。何体かはそれで消滅したが、呪符をかいくぐって大吾に近づく人形もあった。
「しまった!」
大吾は次の呪符を持ち損ねて落としてしまった。人形が束になって大吾に襲いかかった。大吾は思わず目を瞑った。そして死を覚悟した。ところが、
「東海の神、名は阿明、西海の神、名は祝良、南海の神、名は巨乗、北海の神、名は禺強、四海の神、百鬼を避け、凶災を蕩う。急急如律令!」
声がして、人形全てが消滅してしまった。
「今の声は……」
大吾は目を開いて振り返った。そこには、賢吾の霊がいた。
「兄さん!」
大吾は仰天して叫んだ。賢吾はフッと笑って、
「ようやく会えたな」
「兄さん」
大吾は涙を流して賢吾に近づいた。賢吾は、
「そんな顔をするな、大吾。確かに私は肉体を失ったが、まだこうしてお前と話ができるじゃないか」
「でも、兄さんは……」
それでも大吾は泣いたままだった。図体の大きい大吾が泣いている姿は、母親がいる国に行きたいと言って泣いたスサノヲに似ていた。
「今は感傷に浸っている時間はないぞ。ここを封じなければ、あの化け物は絶対に倒せない」
「どういうことなんだ、兄さん?」
大吾は涙を拭いながら尋ねた。賢吾は古墳に目を転じて、
「ここは建内宿禰の墓。そして黄泉の国へと繋がる道がある場所。その結界が幾度となく行われた発掘調査で破られてしまった」
「えっ?」
大吾はギクッとした。賢吾は古墳の周りの濠を見て、
「平成十四年に、この濠の底から木製品が十数点発見された。学者はそれを悪霊が古墳に入らないようにするための祭祀用の木製品だろうと推測した」
大吾は賢吾の話に聞き入っている。賢吾は大吾を見て、
「しかし逆だったのだ。悪霊を古墳に入らせないためのものではなく、悪霊が古墳から出ないようにするためのものだったのだ」
「!」
大吾はその言葉を聞いて、先程から流出している妖気の謎が分かった気がした。
「その後の発掘調査で、死者の魂を呼ぶと言われている水鳥の埴輪などが、古墳の西側から見つかった。その調査が終わった頃から、この辺りの気が乱れ始めたのだ」
「そんな前から?」
大吾は古墳を見渡した。そして、
「じゃあ、早くここを封じないと」
「うむ」
大吾は呪符を取り出した。賢吾は呪文を唱え始めた。
「臨兵闘者皆陣列前行!」
賢吾の周りに五芒星が現れ、周囲を回りながら、巣山古墳上空に飛翔し、巨大化した。
「大吾、五芒星を呪符でつなぎ止めよ。この古墳ごと、黄泉の国への道を封じる」
「わかった!」
大吾は呪符を投げ、五芒星の角を強化した。五芒星は巨大化しながら、ゆっくりと巣山古墳に溶け込んで行った。
「よし、これで妖気は封じた」
賢吾が言った。大吾は、
「これが仕上げだ」
スーツの内ポケットから榊を出し、地面に刺した。
「仁斎さん、お願いします」
彼は柏手を打った。榊から光の筋が広がり、古墳全体を覆い尽くした。
「むっ?」
巨大化していた建内宿禰がその動きを止めた。
「何?」
建内宿禰は、巣山古墳がある方角を睨んだ。そして、
「何をした、小野の者共め!」
仁斎を睨んだ。仁斎はニヤリとして、
「どうやら、北畠君が封印に成功したようだな」
仁斎の言葉に丞斎がハッとして、
「そうか、巣山古墳か。こいつの大本だったな」
「そうだ。これでわしらにもようやく勝機が見えて来たぞ」
仁斎は藍を見た。藍は雅を見た。雅は頷き、
「もう一度だ。もう一度、こいつを封じる術を使う。ジイさん達、大丈夫か?」
「無論だ」
仁斎と丞斎が叫んだ。雅はニヤリとし、
「ならば今度こそ決めるぞ」
と言い、
「黄泉比良坂返し!」
と唱えた。
「黄泉戸大神!」
仁斎と丞斎が唱えた。
「臨兵闘者皆陣列前行!」
康斎も再び五芒星の結界を出した。
「また同じ事をするつもりか? 我の力の源を一つ封じた程度で、我を滅せると思うたか!」
建内宿禰はまた巨大化を始めた。藍が動こうとすると、椿が、
「待って、藍ちゃん。貴女が姫巫女の剣を撃つ前に、私が攻撃をするわ」
右手に草薙の剣を出した。そして、
「雅、黄泉剣をちょうだい」
「何?」
雅は椿を見た。椿は、
「考えている時間はないわ。早く!」
雅はすぐに剣を出し、椿に投げた。椿はそれを受け取り、
「建内宿禰が私やあの依り代の男を使ったのには
「椿さん、何をするつもりなんです?」
藍は不安になって尋ねた。雅も椿の考えている事に気づき、
「やめろ、椿! 死ぬぞ」
椿はそんな二人の心配を意に介する様子もなく、
「姫巫女流、黄泉路古神道秘奥義、神魔の剣!」
と唱え、草薙の剣と黄泉剣を合わせた。どす黒い妖気を放つ黄泉剣と、まばゆい光を放つ草薙の剣が重ねられた。二つの剣は反発し合いながらも、椿の呪符によって合わせられ、一つになっていった。
「ぬっ?」
建内宿禰は、椿が放つ妙な気に気づいた。
「うぬは何をするつもりぞ? それは我の秘奥義。何故うぬが為せるのじゃ?」
建内宿禰は憤激して椿を睨んだ。椿は建内宿禰を見上げてフッと笑い、
「私は陰陽師。陰陽の力は使いこなせる。今度こそ、お前を打ち砕く!」
建内宿禰はせせら笑って、
「うぬら凡庸なる輩がいかように集おうと、我に勝てることはなし。皆、死あるのみ」
「そんなことは、この剣の攻撃を受けてから言いなさい!」
椿は神魔の剣を構え、飛翔した。
「椿さん!」
藍が叫んだ。椿は振り返って、
「私が攻撃して、建内宿禰の神気と妖気を全て打ち消すから、貴女はその剣で建内宿禰の本体を貫いて! 剣撃ではなく、直接攻撃するのよ、藍ちゃん!」
「はい!」
椿の魂の叫びに、藍は力強く応えた。
「お前にはたくさん借りがある。今ここで全て返す!」
椿の持つ剣が、不思議な輝きを放ち始めた。
「ウオオオオッッ!」
建内宿禰が結界を振り解こうとしてもがいた。
「そうはさせん!」
仁斎と丞斎が術に力を込めた。康斎も、
「ハァァァッッ!」
気合いを入れ、五芒星の結界を強めた。雅も、
「解かせるか!」
黄泉比良坂返しを強く念じた。
「おのれ、おのれ、おのれェッ!」
建内宿禰はまた動きを封じられた。椿が剣を上段に構え、
「斬!」
振り下ろした。すると2種類の光が放たれた。強力な光と、妖気を帯びた黒い光。その二つが建内宿禰を覆っていた神気と妖気が吹き飛んだ。
「ヌウウウッ!」
建内宿禰は神気と妖気を失い、急速にその大きさを失っていった。そして血染めの草薙の剣も、ボロボロと崩れ始め、消滅してしまった。
「今よ、藍ちゃん!」
椿が叫んだ。藍は飛翔し、建内宿禰の本体に向かった。
「これで全て終わりにする。建内宿禰、永久に根の堅州国に落ちろ!」
藍は姫巫女の剣を構えて建内宿禰に突っ込んだ。
「グアアアアアッッッ!」
姫巫女の剣が建内宿禰を貫いた。
「我は、我は、我は滅さぬゥッ!」
建内宿禰は心臓を貫かれたにもかかわらず、両手で剣を持っている藍の手を掴んだ。
「ああっ!」
椿や仁斎達がギョッとした。建内宿禰は狡猾な笑みを浮かべ、
「うぬも一緒に来るがいい。根の堅州国に」
形が崩れ始めた建内宿禰は、必死に振り解こうとする藍の手を凄まじい力で握っていた。
「藍ちゃん!」
「藍!」
椿や仁斎が叫ぶ中、藍は建内宿禰に根の堅州国の入り口に引き込まれそうになっていた。
「行くのは貴様だけだ、建内宿禰」
雅の声が響いた。彼はさらに、
「貴様の旅には、同行する者が他にいる。周りをよく見ろ」
「何?」
建内宿禰は訝しそうな顔で左右を見た。すると、右には血まみれの源斎、左には髪の毛が真っ白になった小山舞、さらに真後ろには、今まで建内宿禰が殺して来た数多くの人間がいた。
「何と!」
建内宿禰は仰天した。その時、藍は剣と共に建内宿禰から離れられた。
「よもやうぬらにィッ!」
建内宿禰は源斎達の共に根の堅州国に消えた。そして闇は閉じ、辺りに静寂が訪れた。
「終わったな」
雅が呟いた。
「これで建内宿禰は絶対に現世には戻れない。根の堅州国の不文律で封じたんだ。あいつがどれほど足掻こうと、戻って来る事は不可能だ」
雅が言っているのは、根の堅州国の掟。「他者の力で根の堅州国に押し込まれし者は、現世に帰る事能わず」というのが、黄泉路古神道の中にある絶対のものなのだ。それはたとえ黄泉の国の最高神である建内宿禰でも破れないものである。
「勝ったのね」
藍は誰ともなく言った。
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