夜更けのランナウェイ(六)
「兵員輸送車を奪って、ゾンビ兵どもを王城へ送りつけるのさ」
ブルームーンは自慢げに鼻をうごめかせた。クスノキ少佐がびっくりしたように訊ねる。
「なんやて? それはどういうことや」
「ようするに捕虜を護送してきたように見せかけて、ゾンビ兵をラゴス軍にけしかけるんだ。やつらきっと驚くぞ。なんたってゾンビ兵の正体は、かつての戦友たちなんだからな。その混乱に乗じて斬り込みをかけ、一気に陛下をお救い申しあげようとゆう算段さ」
クスノキ少佐はイヤな顔をした。
「あんたほんまに騎士か? ようもまあ、そない姑息な手段が思いつけるな。騎士道精神はどこ行ったんや」
「フフフ、そう褒めるなって。兵法三十六計、火につけこんで押込みをはたらくの極意だ」
「いや褒めてへんし兵法の解釈びみょーに間違ごうてる気ィするけど、まあそれはええ。ところで、うちがいつあんたらに手ェ貸す言うた?」
目をつりあげるクスノキ少佐の肩に、アシが馴れなれしく腕をまわしてくる。
「手を貸すもなにも、マンコはもうアシちゃんたちの捕虜なんだから有効活用させてもらうのは当たりまえじゃん」
「アホっ、将棋の駒と一緒にすなよ。さっきまで殺し合いやってたもん同士が、一緒に戦えるわけないやろ」
「まァまァ、昨日の敵は今日の友って言うじゃない」
「フン、冗談やないど。うちかて軍人の端くれや、たとえ虜囚の身になろうとも祖国を裏切るようなまねは……モゴゴッ」
口のなかへ銃をねじ込まれた。アシが、ニヒヒッと笑いながら撃鉄を起こす。
「さっき、軍から脱走したるって言ってたじゃん。アシちゃんしっかりとこの耳で聞いたんだから」
「いひいひくひろらはへひゅうひえんほいへ……」
「え? なに言ってるか分かんない」
ブルっと首を振って、アシの銃口から逃れる。
「ぺっ、ぺっ、いちいち口んなかへ銃突っ込んで脅すのやめえ言うとんじゃボケっ。暴発したらどないすんねんこのクソがき。たいがいにせえへんと、しまいにはいてまうどっ!」
まくしたてるクスノキ少佐の肩へ、ブルームーンがそっと手を乗せた。
「なあギンちゃん、どうだろう、わたしたちと取り引きをしないか」
「取り引き? なんやのん急に」
「こちらに味方してくれたら、戦死したラゴス兵の死体はすべて研究材料としておまいに提供してやる」
「え、ほんま?」
目を輝かせるクスノキ少佐に、ブルームーンは鷹揚にうなずいてみせた。
「それだけじゃないぞ。首尾よく祖国を奪還できたあかつきには、おまいに騎士の称号を与えよう。王国騎士団つきの軍医にしてやってもいい。もちろん最新の設備を整えた研究施設も用意してやるつもりだ」
「……なんやうますぎる話やなァ」
クスノキ少佐の脳内でパチパチと算盤がはじかれる。反乱軍の制圧に失敗した彼女には、もはや帰るべき場所はない。さりとて軍から離脱しても、安住の地を見つけるまでには長い年月が費やされることだろう。もちろんラゴス軍に見つかればただちに捕らえられ逃亡罪で処刑される……。回答はすぐに導き出された。
「よっしゃ、やったるわ。あんたらのしょむない作戦で占領軍に勝てるとは到底思われへんけど、こっちにも色々と事情があるさかいにな。ただ言うとくけど、直接軍事行動には加担せえへんど。うちはあくまでも屍兵を使っての後方支援や。ヤバくなったらすぐ逃げるからな。それでええか?」
「上等だ」
「もう後戻りはできひんよって、かならず司令官倒してや。頼んだで」
「ああ、まかせとけ」
二人は拳のさきをチョコンとぶつけて共闘を誓い合った。ドアに寄りかかってたばこに火をつけていたミキ・ミキが、話に割り込む。
「おいおい、勝手に話をすすめてくれるなよ。ゾンビ兵を陽動に使うってのはまあいいにしても、この四人だけで城へ乗り込んでどうにかなると思っているのか? 俺たちはルパン三世一味じゃないんだぞ」
アシが、銃口についたよだれをハンカチで拭いながら言った。
「だいじょうぶよ、解放軍のメンバーも戦いに加わるし。かなり数は減ったけど、それでも三百人くらいはいると思うから」
「三百か……まだ不足だな。ラゴスの城兵は少なく見積もっても千人はいるはずだ。騒ぎを知って周辺の軍事施設から応援が駆けつければ、たちまちその数は倍近くまで膨れあがるだろう。これはもう圧倒的な戦力差だ」
ブルームーンがくちびるを噛みしめた。
「くそう、ライマーたちと連絡が取れればなあ……こんなことなら、すずしろちゃんを連れてくるんだった」
「お呼びにございましょうか」
いつの間にかブルームーンの背後に、狗盗の頭領すずしろがひざまずいていた。
「わっ、どこから湧いて出た」
「神出鬼没は、忍者の常でございます」
「にしたって、いきなりすぎるだろ。妖怪かおまいはっ」
「わーい、すずしろちゃんだー」
アシが嬉しそうに駆け寄り、すずしろのからだをギュッとハグした。そのまま自分の頬っぺたを、彼女の頰に擦りつける。
「りんごのほっぺ可愛いよう。すりすり、すりすり――」
「お、おやめください……」
驚いたすずしろが、逃れようと身をよじる。ブルームーンは腕をのばしてアシの鎧のえり廻しをつかむと、ちから任せに引きはがした。
「こら、忍者で遊ぶんじゃないっ」
「えーん、すずしろちゃァん」
ジタバタ暴れるアシの背中をブーツのかかとで踏みつけておいて、ブルームーンがすずしろに命じた。
「わるいが至急ライマーたちとつなぎを取ってくれ。わたしたちは今夜、王城へ奇襲をかけることにした。かねてからの手はずどおり、ライマーたちには地下経路をつたって城の真下より攻め上ってもらう。陛下を救出したらそのまま城へ立てこもるつもりだから籠城の準備もヨロシク、とな」
「御意っ」
すずしろのすがたが闇のなかへ溶け込んでゆくのを見とどけてから、ブルームーンは嬉しそうにグロスの光るくちびるを舐めた。
「フフフ、これで役者がそろったってわけだ。なんかワクワクしてきたな。国が占領されてから三ヶ月、今日まで辛酸をなめる日々を送ってきたけど、ついに城へ攻め込む日が到来したんだ。暴れまくって今までの憂さを晴らしてやるぞ。おい見ろよ、スリルに興奮して――」
ミキ・ミキが、ため息と一緒にけむりを吐いた。
「なんだ? また乳首が立ってきたのか」
「いや、乳首なんかとおり越して、アソコが濡れてきた」
「ほんっと変態だよな、おまえってやつは!」
「なにを言う。おまいはタナトスとリビドーが一元的なものであるという事実を知らないのか?」
「知るかっ、そんなもん」
吸いさしのたばこを踏みにじって、ミキ・ミキはM四〇の銃身を肩にかついだ。
「とにかく兵員輸送車を強奪しに行こう。モタモタしてるとどっかへ行っちまうぞ」
「そうだな。よし、これより作戦開始だっ」
「ほな、いっちょかましたるか」
「あらほらさっさー」
四人はうなずき合った。
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