解放軍エレジー(一)

 巨大で悪趣味なソフトビニル人形。

 彼女のすがたを目にしたとき、多くの者がそんな印象を抱くだろう。

 肌にぴったりと張りつく白のラバーキャットスーツ。そのうえから、これもラバー製の真っ赤なロンググローブと、ニーハイの編み上げブーツをはいている。首にはスタッズのついた赤いチョーカー、全身を覆うスーツにはほとんど継ぎ目がなく、テカテカと光沢のある表面が周りの光を反射させている。

 まるで変身後の特撮ヒロインか、さもなくばSMの女王だ。

「……で?」

 と、その女は、しゃがれた声であごを突きあげた。革張りのひじ掛けイスにふんぞり返っている。ラバースーツは胸の部分が立体裁断されており、大きな乳房に押されそこだけ砲弾のように突き出していた。

「今度こそ、やつらの本拠地だという根拠はなんだ?」

「内通者がいるのだよ」

 マホガニー製のどっしりとしたデスクをはさんで女と向かい合っているのは、国家保安庁総局のドロノフ大佐だ。相変わらず上下ともに真っ白いスーツを着込み、応接用のカウチソファに浅く腰掛けている。

「我々が得た情報では、反乱軍の残党どもがこぞって今夜そこへ集まるらしい。一網打尽にするチャンスだとは思わないかね?」

 ドロノフ大佐がしゃべるたび、圧搾空気が排出されるシュウ、シュウという音が聞こえる。彼のスーツのなかには空圧式呼吸同調器が隠されており、挿管チューブを伝って直接肺のなかへ新鮮な酸素を送り込んでいるのだ。

「フン」

 女は大理石のシガレットケースからタバコを一本つまむと、そっと口にくわえた。すかさず左右からライターが突き出される。ナイトクラブのホールにいるような黒服すがたの美少年が二人、女の背後に控えて忠犬のようにかいがいしく世話を焼いている。

「たしか、このまえ図書館を襲撃したときにも、おなじようなことを言ってなかったか?」

 ハッカくさい煙を吐き出し、女が言った。

 背後で、黒服の少年たちが互いにうなずき合い、軽薄そうな薄笑いを浮かべる。

「言ってたよね」

「うん、言ってた言ってた」

 彼らは二人ともまったくおなじ顔をしていた。双子なのだ。

 ドロノフ大佐は、部屋に漂いはじめたタバコの煙に露骨に顔をしかめながら言った。

「たしかに前回は我々にも情報収集にミスがあった。それは認めよう。しかし結果として反乱軍のリーダー格だった女を殺害することに成功している」

「ばかめ、一番やばいのをまだ野放しにしているではないか。おかげでこっちは虎の子の戦闘ヘリを二機も失ったんだぞ」

 女は、わざとらしく黒服の少年のひとりに訊ねた。

「あれ、一機いくらだ?」

「ざっと見積もって、四十億ルーブルくらいかな」

 すかざず、もうひとりの少年が言う。

「じゃあ二機だと八十億ルーブルだ。これは軍にとって痛いよね」

 その芝居がかったやり取りに、ドロノフ大佐が咳払いをする。

「とにかく今度は手抜かりなどない。すでに部下を教会の周囲に配置してあるし、逐一報告も入ってきている。あとは司令部の許可さえおりれば、いつでも踏み込める手筈になっているのだ」

 そのとき部屋のドアがノックされた。

「……あのう、失礼しますゥ」

 軍服に着替えたクスノキ少佐が揉み手せんばかりの愛想笑いで入ってきて、女に向かって敬礼した。

「司令官閣下っ、甲種屍兵の試作品を持参してまいりましたあ」

 胸を張ってそう報告する彼女の後ろから、牛頭の怪物と化したジェイコブがのっそりとドアをくぐってくる。司令官と呼ばれたラバースーツの女が、ゾッとするような冷たい声で言った。

「ほう……なんだねそれは?」

「はっ、あの、魔術医学の限界にチャレンジした意欲作でありますっ」

「なるほどなあ。きみは軍の研究予算を使ってこんなくだらないものを造っていたわけだ。いや大したものだよ。あと三匹いればブレーメンの音楽隊が結成できる」

 クスノキ少佐はオロオロしながら釈明した。

「いやあの、見た目で判断してもろうては困りますゥ。こいつの戦闘能力は、乙種屍兵にくらべ十倍以上にパワーアップされとりますゥ。ちゃんと研究の成果をご覧に入れますよってに、ぜひ、ぜひ、運用試験のご許可を……」

 司令官の目がすうっと細くなった。

「おまえ……ルックスがちょっと可愛いからって図に乗ってないか?」

 クスノキ少佐は泣きそうになりながら顔のまえで手をブンブン振ってみせた。

「そっ、そっ、そんな可愛いやなんて、そないなことぜんっぜん思ってまへん。司令官閣下こそ、あの、あの、白いキャットスーツがよくお似合いで……」

 司令官は大仰な仕草で後ろを振り返ると、黒服のひとりに訊ねた。

「なあ? こいつ絶対わたしより自分のほうがキレイだと思っているよな?」

 黒服の少年はうんうんとうなずく。

「あの顔は、間違いなくそう思ってる顔だよね」

「ま、実際その通りなんだけどね……」

 もう片ほうの少年がついうっかり本音を漏らし、司令官に睨まれる。

 そのとき猛り狂った牛の吠え声がした。ジェイコブが上体を反らせ、ゴリラのように自分の胸をドラミングしている。司令官たちを威嚇しているのだ。クスノキ少佐は悲鳴をあげ、あわてて止めに入った。

「あっこらやめんか、司令官閣下に向かってなんちゅうことするねん。このおかたはな、うちらの生殺与奪をにぎる、それはそれは偉ァい偉ァいおひとなんやで。ちゃんと行儀ようしてなあかんやんかっ」

「頼もしい部下をお持ちのようで、うらやましいかぎりですな」

 二人のやりとりを眺めていたドロノフ大佐が、ニヤニヤしながら言った。タトゥーだらけの顔にはっきりと嘲りの表情が浮かんでいる。

 司令官はフンと鼻を鳴らし、忌々しげにタバコをもみ消した。

「なんなら、そっちへゆずってやってもいいぞ」

「いや、遠慮しておくよ。こんなお里の知れた人物では、とうてい諜報の仕事などつとまるまい」

「だろうな」

 クスノキ少佐は、これ以上ないというくらい肩身が狭そうにしている。

 司令官はブーツをはいたままの両足をデスクに投げ出すと、西太后もかくやと思えるほど尊大な態度で言った。

「三等軍医正、きさまにチャンスをくれてやろう」

「……あ、はいっ」

「そこにいるドロノフ大佐が、今夜エージェントをひきいて反乱軍の本拠を襲撃する。おまえ屍兵部隊を組織して支援してこい。いいか、必ずやつらの息の根を止めてくるのだぞ。もし失敗したらもう防疫本部へは戻らなくていい。そのまま流氷船に乗って、グラグ島の研究施設へ転属だ」

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