始まりの終わり(二)
放射状になぎ倒された樹木が、爆発の凄まじさを物語っていた。
内部より爆破されたコンクリート造の建物は、まるでライオンが食い残したインパラの死骸のようにぽっかりと開いた腹腔を空へ向けていた。ひしゃげた鉄筋が、あばら骨のように何本も突き出している。
周囲に降り積もったコンクリート片に混じって、爆死した兵士たちの腕や足なども散乱している。ライマーは悲痛な面持ちで、騎士たちに向かって指示をあたえた。
「すみやかにブルームーン様のご遺体を回収しろ。祖国に殉じられたお方だ、どんな悲惨な姿になっていようと丁重に扱うように」
「はっ」
騎士たちが、手分けして瓦礫のなかへ踏み入ってゆく。
ライマーの耳が引っ張られた。
「痛だだっ、こらっ、なにをするかっ」
ブルームーンが怖い顔をして立っていた。
「げっ、ブルームーン様……生きておられたのですか」
「げってなんだ、生きてて悪かったな。おまい、わたしが死んだと思ってホッと胸をなでおろしていただろう」
「めめめ、滅相もないっ」
ライマーはグローブのように大きな手をブンブン振ってみせた。
「ふ、ふたたびご尊顔を拝することができ、このライマー、きょ、恐悦しごくに存じたてまつり……」
バキ、とすねを蹴られピョンピョン飛び跳ねる。
「わざとらしいんだよっ。帰ったら陛下に願い出て、一生わたしの副官として仕えさせてやるからなっ」
「どうか、そればかりはご容赦を」
ライマーは巨体をまるめ、シクシクと泣きはじめた。そこへ右手にポリ袋をさげた騎士たちがゾロゾロと戻ってくる。
「ライマー殿、陣地とその周辺をくまなく捜索しましたが、ご遺体は……げっ、ブルームーン様、生きておられたのですか」
ブルームーンの目がつりあがった。
「まったくおまいらときた日にゃ、そろいもそろっておなじような反応しめしやがって。そんなにわたしに死んでほしかったのかっ。だいたいなんだそのポリ袋は、町内会のゴミ拾いじゃあるまいしっ」
夜が明けるころになってラゴズ軍はようやく撤退をはじめた。
指揮官のいる陣地が破壊され、命令系統が崩壊してからも各所で抵抗をつづけていたが、日がのぼってからは暗視装置による利も失われ、とても勝ち目がないと悟ったようだ。
荷台に幌をかけた六輪駆動のトラックが坂道を駆け上がってくる。運転していたミキ・ミキは、瓦礫のまえにたむろする騎士団のなかにピンク色の鎧を見つけ、大あわてでトラックを寄せてきた。運転席の窓から身をのりだし、大声で叫ぶ。
「おういっ、ブルームーン、おまえ無事だったのかよっ」
ブルームーンは、チラと一瞥をくれただけでそっぽを向いた。
「ふん、無事で悪かったな……」
「はあ? なにイジケてんだ」
「どうせ、わたしの生命力はゴキブリなみさ」
「わからねえやつだな。ラゴス軍は逃げた、俺たちが勝利したんだぞ」
この地の最高峰であるデマヴァンド山の頂をかすめ、朝日がさし込んでいる。おもだった施設の屋根にはペーシュダードの国旗がはためき、戦いに勝利した騎士たちの鬨の声が丘陵のあちこちで響いている。
ブルームーンはプレートブーツのつま先で、いまだシクシクと泣きマネをつづけるライマーの尻を蹴った。
「おいっ、いつまでもふざけてないて被害状況を報告しろっ」
ライマーはあわてて直立すると、コホンと咳払いした。
「ええ、騎士団と傭兵合わせまして戦死者は八名、そのほか重傷者も多数出ております。ですが、あれほどの激戦でありながら被害がこの程度で済んだのはまさに奇跡、ブルームーン様の奮迅のお働きがあったればこそでしょうな」
老獪な愛想笑いに冷たい視線で応じながら、ブルームーンは矢継ぎ早に指示をあたえた。
「いいか、ただちに残存兵力を割いて外敵の警戒にあたらせろ。それと負傷兵は中腹にある車両基地へ運び込め。敵味方の別なく救護するように。戦死者は遺髪を切り取って荼毘にふす。この暑さだ、手早くやれ。ラゴス兵の死体はとりあえず一箇所に集めて埋葬しておけ。あとはボルガン軍が来たら引き継ぐ。以上――」
「はっ、心得ました」
ライマーが走り去ると、今度はミキ・ミキのほうを振り向いて言った。
「ところで残敵の捜索はおこなったんだろうな?」
「ああ、猫の子一匹見当たらなかったよ」
ミキ・ミキは、トラックの窓枠にもたれながらタバコに火をつけた。
「それよりおまえ、もしかして空腹で気が立ってるんじゃないのか? どうせ昨晩からなにも食ってないんだろう。どうだ、腹は減らねえか?」
ブルームーンは急にウルウルと涙目になって両の拳をにぎりしめた。
「減った。すごくおなか減った。なにか食べたいよう……」
「食料庫から食いもんくすねてきてやったぞ。今手分けして、ほかの兵士たちにも配ってまわっているところだ。干し肉、チーズ、ドライフルーツ。ワインだって浴びるほどある」
たばこの煙を吐いて、ミキ・ミキがニッと笑う。ブルームーンはトラックへ駆け寄ると、その首っ玉にしがみついた。
「ミキ・ミキィ、おまいって、ふてぶてしくてたまにセクハラするけど、ホントはとっても良いやつなんだなあ」
「わっ、ばか、よせ、よだれ拭けって」
暴れるミキ・ミキの顔に、スタンプでも押すみたいにキスマークがついてゆく。
「楽しそうで結構ですなあ。もしかすると、このアットホームな雰囲気があなたがたの強さの秘訣ですかな」
突然聞きなれない声がして、二人は息を飲んで動きを止めた。
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