戦場ブギウギ(三)
ダーリェン丘陵と嶺をつらねる小さな岩山。そこから放たれた砲弾は、砦のコンクリート陣地からおよそ五百メートルはなれた地点に着弾した。爆風で土嚢がくずれ、せまい塹壕のなかで身を寄せ合っていた多くのラゴス兵が生き埋めとなった。やや遅れて発射された二発目は、弾薬庫のプレハブを直撃した。大爆発が起こり、このときになってようやく丘陵のあちこちから敵襲を報せるサイレンが鳴りはじめた。
バリケードの前にいた歩哨は、この騒ぎにすっかり気を取られてしまっていた。ここ数ヶ月というもの、彼らの砦が襲撃されたことは一度もない。ボルガン軍のひ弱さを知っている彼らは、完全に慢心していたのだ。
だから林道を蹴立てるひづめの音に気づいたときには、すでにふところ深くまで入り込まれていた。疾駆してくる二つの影がアーマーをまとった騎士であることが肉眼でも分かるほどに。
「てて、敵襲ーっ」
するどく警笛が鳴った。
と同時にコンクリート塀の上で機銃音が唸りをあげ、夜目にもあざやかにマズルフラッシュがまたたいた。
「散開っ」
ブルームーンが叫んだ。それまでまっしぐらに駆けていた二騎がふた手に分かれる。闇をぬってほとばしる曳光弾の軌跡が、それぞれの馬影を追いかけてゆく。オリハルコン製のアーマーを着ているとはいえ、七・六二ミリ弾が直撃すればただでは済まない。ましてや肌の露出している頭部や足に被弾しようものなら致命傷となるだろう。
われ 宇宙の法にそむき 五番目の元素を 行使するものなり クー クー メノア イ ネ
馬上でオートバイレーサーのように身を伏せながら、ブルームーンがなにごとかつぶやく。徐々に彼女のからだを青白い燐光がつつみ込んでゆく。リフラクトの呪文だ。身にエーテルをまとい、周囲の光を屈折させることによって銃火器の照準を狂わせる。
ブルームーンが身を起こしたひょうしに、銃弾が頬をかすめた。
しかし彼女に気にする様子はない。
斜めに背負っていた半弓にゆっくりと矢をつがえる。
歩哨がバリケードのまえからアサルトライフルを撃ってくる。
フォン、と笛の鳴るような音がした。ブルームーンの放ったかぶら矢が放物線を描きながら闇へ吸い込まれてゆく。
歩哨の影がドサリとくずれた。
つづいて、もうひとり。
しばらくして耳をつんざいていた機銃音が鳴り止んだ。どうやら機関銃の死角へ入ったようだ。すべての銃声が途絶えた暗闇に、ただ馬蹄の響きだけがこだまする。
コンクリートの壁が眼前にせまってきた。
ブルームーンはたづなを握ったままあぶみを蹴ると、オートバイの曲乗りのように鞍のうえに立った。
よろずのもの とらえし ゲノモスの呪縛より われを 解き放ちたまえ レニュ ディ イントラ ヴォ エスト
今度は飛翔の呪文だ。
突風に巻きあげられたかのごとく彼女の金色の髪が逆立つ。首からさげたロザリオがふわりと宙に浮かんだ。魔力の壁によって一時的に重力を遮断し、そのタイミングで高く跳躍するのだ。
激突する一歩手前で馬は方向転換し、そのまま壁と並行して走りはじめた。そのときにはすでに、ブルームーンのすがたは馬上から消えていた。
ゲートから左右にはり出したコンクリート塀の高さは、ゆうに五メートルはある。さらに塀の端部はそれぞれ一段高くなっており、そこにM一三四機関銃が据えられている。六銃身製のガトリング砲だ。
胸壁から身を乗り出して、走り去る馬のゆくえを追っていた機関銃の射手は、突然目のまえに降り立ったブルームーンのすがたに仰天した。あわてて銃口をめぐらせようとするが、一瞬早く踏み込んだブルームーンによって斬り伏せられてしまう。もうひとりが腰から拳銃を抜いた。その軍服の胸をムラマサの切っ先がつらぬく。血を吐いてのけぞる敵兵を蹴倒して、ブルームーンは素早く機関銃のグリップに取りつき、銃身を百八十度旋回させた。ゲートをはさんで反対側にある、もうひとつの機関銃へ狙いをさだめる。ちょうど向こうの射手もこちらへ銃口を向けているところだった。
「撃たんでくだされ。わしですっ」
ライマーの声がした。彼もほぼ同時に敵を制圧したようだ。ブルームーンが微笑みながら手を振ってみせた。
「さっすがライマー、やるじゃん」
「これでも黒騎士ライマーと呼ばれた男ですぞ」
「ゲートの内側にいた歩哨は?」
「どうやら逃げたようですな」
ブルームーンが夜空へ向かってするどく指笛を鳴らした。
「おうい、すずしろちゃん」
「ちゃんは余計ですと言うに……」
背後を振り返ると、狗盗の頭領すずしろがひざまずいていた。
「さっそくゲートを開いてくれ。騎士団を突入させるぞ」
「御意っ」
すずしろが合図を送ると、彼女とおなじように剣を斜めに背負ったコマンド戦闘員が、かぎ縄を伝ってコンクリート塀をよじ登ってくる。そのままひょいっと塀を乗り越え、ゲートの内側にある開閉用のハンドルを回した。金属のこすれ合う音がして、ゲートを閉じていた鉄格子のとびらがゆっくりと開かれていった。
「よしっ、ライマー」
「心得ました」
林道のさきで待機している騎士たちに合図するため、ライマーが照明弾を打ちあげた。たちまち大地を踏み鳴らして、アーマーで身を固めた騎馬の集団が突進してきた。
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