戦場ブギウギ(二)
雨こそ降っていないが連日の悪天候で道はぬかるみ、軍靴で踏みしめるたび地面からジュクジュクと水がしみ出した。ダーリェン丘陵は、沖積土でつくられた雨緑林の台地だ。深閑と闇にとざされた森のおくからは、鳥獣の発する奇声がこだまして聞こえてくる。
愛馬がいななかないよう、からだを優しく撫でながら、ブルームーンは闇の向こうへ目を凝らした。密林を切り通した林道のずっと先のほうに、ラゴス兵が守るゲートの仄明かりが見えている。
「――バリケードの前に自動小銃を持った歩哨が二人いるが、それとはべつに機関銃の射手がそれぞれ二人ずつ塀のうえに配置されておる。合わせて六人だ。ゲートの向こうがわにも最低二人はいるとみていいだろう」
ライマーが、居ならぶ騎士たちに指示をあたえている。
「まずブルームーン様とわしで、こいつらを始末する。機関銃を制圧したら、狗盗はすみやかに塀を乗り越えて内がわからゲートをひらけ。突入は密集隊形でおこなう。よいか、なかへ侵入したらただちに散開して火矢を放つのだ。敵は暗視スコープを使う。暗闇のままではこちらが不利だ」
樹に寄りかかりたばこを吸っていたミキ・ミキが、「はい」とふてくされたように右手を挙げた。
「はい、ミッキーくん」
ライマーが小学校の教師のように指さす。
「この大量のTNT爆薬は、いったいなんに使うんだ?」
積み重ねられた木箱に満載した梱包爆薬を、ミキ・ミキが軍靴のつま先でコツンと蹴った。
「おいこらミキ・ミキ、乱暴にあつかうんじゃない。てゆーかおまい、爆発物のそばでたばこなんか吸うやつがあるか」
ブルームーンに叱られ、しかたなくミキ・ミキは火のついたたばこを闇のなかへ放った。
「塹壕の敵を掃討するなら手榴弾のほうが手っ取り早いと思うがね」
「その爆薬はコンクリートの陣地を破壊するために使うんだ」
「なに?」
「おまいは騎士団が突入したあとで、敵から軍用車両を一台かっぱらってこい。爆薬は、すべてそのなかへ積み込む」
ディアドロップのサングラスをずり下げて、ミキ・ミキはブルームーンの顔をまじまじと見た。
「おいおい冗談はよしてくれよ。ひとを人間爆弾にするつもりか?」
「自爆テロはおまいらの十八番だろ」
「バカ言うない、こんなちんけな作戦行動で命を捨ててたまるかっ」
憤るミキ・ミキに向かって、ブルームーンはニッといたずらっぽく笑った。
「冗談だってば。運転はわたしがやるから、新兵さんは車の準備だけしておいてくれたまえ」
「けっ、だれが新兵さんだよ」
「お二人とも、おしゃべりはそこまでです」
二人の会話をライマーがさえぎった。純金製の懐中時計をにらんでいる。
「そろそろ岩山の砲兵がカノンを撃ち込む刻限ですぞ」
ブルームーンは両手を持ちあげて大きく伸びをしたあと、騎士たちの顔をゆっくり見まわして言った。
「いいかおまいら、よく聞け。そのむかし日出づる国の将軍はこう言った……」
腰からムラマサを抜き、胸のまえで垂直にささげ持つ。
「――騎士道とは、わが身を殺して仁をなすものである、と」
その刀身を高々と夜空にかざした。
「この剣に誓って命を惜しむな、騎士としての誇りこそ惜しめっ」
「おおうっ」
騎士たちもそれに倣っておのおの剣を抜き、空へむけて突きあげた。
「行くぞ、ライマー」
ブルームーンは颯爽と馬に飛び乗った。ライマーは、あぶみに足をかけて身を持ちあげながら言った。
「小銃はともかく、機関銃の弾幕をぬって走るのは至難ですぞ」
「わかってるよ、だが三脚で固定された重機関銃では足もとの敵は狙えない。生きて塀までたどり着けばこっちの勝ちさ」
「ご武運を……」
「おまいもな」
ズン、と大地が鳴動した。砦の一角に火柱があがる。驚いてさお立ちになる馬の手綱をしぼり、二人は馬腹を蹴って矢のように駆け出した。
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