中編

「……とはいってもなあ」


 花千を出た俺たちは、自転車をひきながら駅前を歩く。

 こんな時期にクリスマスと市長選がカブッているせいか、微妙に人が集まっている。


「まだ表に出てない怪人なんて、どうすればいいんだろうな?」


 さすがの烈土も考え込んでいる。

 まあ、特定の店に対するいやがらせというか、営業妨害を特定の時期にしてくる……と考えれば、……いや、やっぱり納得できない。


「やり方が段々とわかりやすくなってるのは感じるけど」


 俺が言うと、不意に俺に影が落ちた。


「マサヒロ、上――!!」


 鞄でガードするのと、そこに重みが加わるのはほぼ同時だった。


「ぶはっ!」


 鞄の向こう側から痛そうな声がする。地面にごろごろと転がりながら顔を抑える姿を、俺は鞄を下ろしながら見下ろした。手にはよくわからない杖のようなものを持っている。


「咲……」

「魔王シャドウ!?」


 俺と烈土の声は見事に重ならなかった。


「本名で呼ぶなーっ!!」


 叫びとともに、彼女は起き上がって杖で俺を指さした。

 彼女の名は水野咲、俺の幼馴染であり――またの名を、悪の秘密結社ブラックマテリア総統・魔王シャドウだ。

 ただし俺はヒーローではない。

 それなのに彼女が襲ってくるのは、俺が幼稚園の頃に「将来は正義のヒーローになる」と口走ってしまったからに他ならない。

 そんな子供の頃ならばありふれた夢を叶えた上で、俺を永遠のライバルと認定して毎度毎度律儀に襲ってくるようになってしまったのが彼女こと魔王シャドウなのである。


「ま、まあいい。土田マサヒロ……この魔王シャドウが世界征服の足がかりとして、この尾長町を征服するためには!」

「”あなたが邪魔なの土田マサヒロ”」

「そうそれ……ってそれは私の台詞だと何度言えばわかるんだ!?」


 なんだか毎回やってるようなやりとりだが、至極久し振りのような気もする。このところバイトに明け暮れていたせいかもしれない。

 烈土がこらえきれなくなったように隣で叫ぶ。


「シャドウ! 今はお前に構ってる暇は……」

「しゃーらっぷ!! 貴様は黙っていろ、赤野烈土! 私の敵はただ一人、土田マサヒロ!」

「くっ……」


 いや、まず俺はヒーローではないし、そこでたじろぐなと言いたい。

 シャドウの目線がキッとこっちを向いたかと思うと、俺をビシィと指さす。


「大体、貴様が帰りの時間を変えるから悪いんだ!!」

「えっ」

「調査につぐ調査の日々……だが、それもここで終わり、そしてそれが貴様の終わりだ!! ここで会ったが百年目!! 勝負だ、土田マサヒロ!!」


 そこで喰ってかかられても余計に困る。

 しかもわざわざ俺のバイトの帰り時間を計算して襲ってくる辺り、微妙に律儀だ。しかも今何時だと思ってるんだ。


「というか、帰りの時間って……、普通に聞けばいいだろ……」


 普通に用事があるなら聞いてこればいいのに、という思いを籠めて俺は言ったつもりだったが、俺の意に反してシャドウは衝撃的な表情になった。

 ふらふらとたたらを踏んだかと思うと、急にぐっと俺の胸倉を掴んだ。


「き、貴様……さては、私など目に入っていないと……、簡単に教えてもあしらえる存在だと思っていると……そういうことか!? そうなんだな!?」

「どこがどうしてそうなったんだよ!?」

「貴様だって、私の知らない間に携帯電話からスマホに変えてただろう!! 私の知らない間に! 私の知らない間に!! 私だってスマホに変えたのに!!」


 微妙に関係ない事を二度も言われた。

 そういえばこの間ようやく変えたが、なぜここまで……。


「えっ、ああ、うん、悪い? とりあえず会話アプリ入ってるなら、ID教えるが……」

「うん……」


 なんだこの会話は。

 そういえば会話アプリはインストールしたのがついこの間だったから、教えるのを忘れていた。烈土も混ぜてなぜかID交換会となった後、何かを忘れたような空気に……。


「なってたまるか!!」


 シャドウが憤慨した。まるで俺の心の中を読んだかのような反応だが、ひとまずそれはさておいて……この状況を打開しなければ。


「あっ……そ、そうだ! さき……じゃなくて、魔王シャドウ! こっちもお前に聞きたい事があるんだ!」

「はあ!? 貴様、この間と同じ展開が期待できると思ったら、大間違いだぞ!? この間は花千のケーキを奢るというからついうっかり絆されたが、今回は――」

「その花千が標的みたいなんだよ!」

「……」


 あ、黙った。

 微妙に渋い顔のまま、動きを止めている。たぶん考えているのだろう。


「お前、相変わらず凄いな!」


 隣で烈土に感心したような目で見られたが、何が凄いのかはさっぱりわからない。

 凄いも何も、相手は普通に幼馴染なんだが。


「……なにが?」

「だって、怪人事件が起きたからって同じ怪人に聞こうっていう発想は無いだろ? しかも自分の敵だぞ?」


 そこは聞いておけ。事件の解決が三倍速くなるから。


「……とりあえず、話だけでもしてみろ」


 シャドウの方も落ち着いてはくれたようだ。

 ひとまず歩きながら、花千であったことをかいつまんで説明する。

 俺たちの話を聞き終えたシャドウは、「それは、完全に花千を標的にしているな」とだけ言った。


「お? シャドウもそう思うか」

「当たり前だ、花千に手を出そうなどという愚か者は悪の風上にもおけない!」


 愚かも何も普通に犯罪行為だと思うけども……。

 それにしてもあの店は一体どういう立ち位置なんだ。……いや、わかるけど。今になって思うが、よく言われるブラック企業やらとは違う意味で、バイト先を間違えたとしか言えない。

 それさえなければ普通にいい店なのがつらい。


「だが、そいつに関してはほとんどわからないな……、クリスマス近辺に花千にいやがらせをするとか、クリスマスになると尾長町に黒衣を纏ったサンタが出る、という都市伝説は聞いたことがあるが」

「都市伝説って……」


 むしろそんな全国区なわけはないと思うけど。


「私は直接見たことはないからな。だが、確実にいるというのは聞いたことがある。そして年々、やる事が直接的になっているということ。クリスマスの、ケーキ屋にとっては収穫期のド真ん中を狙って出てくること。つまり、それ以外ではすっかりなりを潜めてしまうから、認知している人間はいても、一年の間で忘れ去られていることが多い」

「そういえば、その……ヒーローの類がやっつけた、という話はあるのか?」

「怪人だと気付かれた後に何度かヒーローに撃退はされているが、完全に撃退されずに逃げられていることくらいだな。目的も最初のうちはよくわからなかったみたいだし」


 やっぱり、クリスマス前後にしか出てこないってことか。


「しかし、この勢いで行くと、今年は何をしてくるかわからないな」


 烈土が腕組みをして考え込んだ。


「それを阻止するとなると、やっぱり花千で張りこむ、という手しかない気がするけど……かといって、花千以外の所で何かをやられると……」


 そのままああでもないこうでもないと考える。

 主に考えているのは烈土だけど、これといった案は出てこない。俺も出てこないのでどうしようもない。


「あーもう!」


 シャドウが声を張り上げた。


「うだうだとめんどくさーいっ!! もう出てからなんとかしろっ!!」

「出てからじゃ遅いから対策しようってことだろ!」

「ぐ、ぐぬぬぬ……じゃ、じゃあ、やはり過去の襲撃の情報を集めるしかないんじゃないか……」

「やっぱりそれしかないのか……、烈土、わかるか?」

「な、なんで俺に聞くんだよ?」


 そりゃあ、烈土にはヒーローネットワーク的な何かとか、仲間のところに調査ファイルとかありそうだから……というのは口には出さないでおいた。

 というか、言ってはいけない気がした。もう少しで口にするところだったけど。


「まあ、地道にやってくしかないか……」


 俺がそう言うと、烈土もうなずいた。

 無いんだろうか、ヒーローネットワーク。


「ふん、まあいい。せいぜいがんばることだな!」


 シャドウはそう言うと、マントを翻して普通に帰った。

 ちなみにその夜、会話アプリもといLIMEで早速咲からスタンプが送られてきた。ウィンクした黒猫の上に、手書きめいた文字で「よろしく」と書いてあるものだった。

 いいのか、それで。


 翌日になっても、町は変わりはなかった。

 姉さんにも聞いてみたが、咲と似たような情報しか出てこなかったのだ。咲と同じようなこと――花千を狙うなんて悪の風上にもおけない――は言ってたけど。

 クリスマス近辺にしか出没しない……ということが、こんなに情報が少ないとは思いもしなかった。

 いつも通りに花千に向かい、仕事をこなしてから休憩に入ると、あとから二人ほど一緒になった。この時期の臨時バイトは俺と烈土を含めて何人かいるのだが、たいていそのメンバーが入れ替わりで休憩を取る。

 今、一緒になっているのは、高校生の笹葉凛という女の子。もう一人が、俺より年上でフリーターをやってるという原田さんだ。

 同じ臨時バイトってことで、挨拶をしたあと、たまに一緒に話をするぐらいはあった。俺は二人がスマホを取り出す前に、ふと思いついて聞いてみることにした。


「そういえば、笹葉さんと原田さんは……黒衣のサンタ、って聞いた事あります?」


 二人は顔をあげて、意外そうに俺を見た。


「土田さん、興味あるんですか?」


 笹葉さんが目をぱちくりさせながら聞いてくる。


「いや、興味というか……そういう噂を聞いたんだ。なんかクリスマス前にこの辺りでそういう人……怪人が出るって」


 自分でも何を言っているかわからないが、怪人が出ると口にしても大したツッコミがこない世の中が怖い。


「うーんっ、私も聞いたことありますけどお……、なんでも、花千のケーキをつぶしてるとかっ? どうしてそんなことをするのかはわかりませんけど~、なかなかスゴイヒトですよね~」

「僕も似たような事しか知らないなあ。段々やることが派手になって、花千を狙い撃ちしてるんだなってことはわかったけど」

「ああ、じゃあ……どこかの家からそういう格好の怪しい人が出てきたとか、どこそこの人が怪人なんじゃないかとか、そういう噂みたいなのはないんですね」

「そんなことまでわかるようになったら、この町ももっと平和なんだけどね~」


 ……それもそうだ。


「しかし、どうして急にそんなことを?」


 原田さんに痛いところをつかれた。


「あ、ええ、いえ、その……なんだかやることが段々エスカレートしてるみたいだし、店に直接現れたら怖いな、というか!」


 ほら一般人だし、俺!


「そっかあ、やっぱりそうですよねー」

「それはわかるね、やっぱり怖いもんな、怪人」


 ……なんだろう、とても一般人みたいな反応だけれど、俺の思っている”一般人”と微妙にずれてるような気配もする。それは気のせいにしておこう。今は目の前にいる一般人の反応を喜んでおこう。


「でも、クリスマスに出て来る怪人なんて、ある意味すごいですよね~」

「えっ、そ、そうなの?」

「え~、怪人だってクリスマスくらい友達とかと遊ぶんじゃないですかー?」


 笹葉さんはこてんと首をかしげて笑いながら言った。

 その発想には一瞬虚を突かれたけれど、なんとなく納得はできた。


「……そうかもしれない」

「ええっ、そうかなあ」


 原田さんはその発想に違和感を覚えたようだった。……よくよく考えれば、違和感なく受け入れてしまった自分が怖い。

 それにしても、大体みんな同じようなことしか知らないようだ。たとえばどっちに逃げたとか、どんな風に現れたとか、そういう具体的なことがまったくわからなかった。もっとも一年に一度のことだし、目撃者がいたとしても忘れてしまっている可能性もある。その都度現れる怪人とは違って……ということなのか、それとも既にクリスマスの風物詩みたいになってるのか。

 烈土が休憩中に他の人にも尋ねたみたいだけど、それ以上のことはわからなかったみたいだ。

 この様子だと、烈土のヒーローネットワーク的な何かも、大した収穫はなかったかもしれない。もはやあるという前提で考えてしまっているけど、たぶんあるだろうから問題ないと思う。たぶん。


 その日の仕事終わり、店の裏で店長に声をかけた。


「やっぱり、それほど情報は集まりませんね」


 俺は店長にそう報告した。一応聞いてきたことは報告したけれど、あまりに謎に包まれているといってもよかった。

 店長はというと、その解答自体は予想できていたようで、反応は普段と変わらなかった。緩やかに頷きながら聞いてくれただけだ。


「……すみません」

「いや、謝る必要はないよ。難しい事だとは思ったからね。赤野君も同じような感じかな」

「はい、今のところ連絡はないので。多分そうかと……」

「そうか」


 店長は暫く遠くの方を見つめたあと、僅かに眉を顰めた。


「となると……やっぱり今年も待つしかないのかな。これほど尻尾を出さないとなるとね」


 店長は軽くため息をついた。俺に聞かれないように配慮はしていたみたいだったので、俺も気付かなかったふりをしておく。

 悪の組織云々はさておいて、店にも関わることだから、憂慮して当然だとは思うけど。それから俺もバイトや、他の人間に聞いてみたりはしたけれど、結果は芳しくなかった。


 時は過ぎ、クリスマス当日はいよいよ来週に迫ろうとしていた。

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