後編

 次の日の、椎名のもとに向かう俺の足取りは重かった。

 どうにか現状を打開する手立てを半分探しながら、普段は通る事の無い研究室棟の入口を眺め、扉の方から出向く。

 今はあの男の姿は視えない。しかし、俺に憑いているのは事実だ。

 廊下に敷かれた絨毯に吸収された足音が、妙に耳についた。一階の一番奥にある椎名の研究室までくると、一度息を吐きだした後、軽くノックをした。

 普段と変わらぬ声で返事が聞こえる。

 息を飲んだが、俺は意を決してドアを開けた。


「おい、椎名。入るぞ」

「ああ」


 椎名は俺の方をちらりと見た後、手に持っていた書類へと視線を戻した。何事かチェックしているらしい。

 特にそれ以上いうべき事も見当たらず、無言でソファへと向かう。二歩、三歩と近づいたそのとき。


「はあああああ!?」

「!?」


 急に椎名の口から叫び声が響く。


「ちょっ、おまえっ……今どこから入ってきた!?」

「ど、どこって……扉からだが……」

「嘘だ!!」


 机に椎名の片手が叩きつけられる。そして、扉を指さしながら叫んだ。


「あの佐伯が扉から、しかも静かに入ってくるはずがない! 誰だお前は!?」

「はあ!?」


 なんだそれは!?

 いや、でも確かに普段なら人目を避けるために窓から入る……が、扉から入る時があってもいいだろうが。


「うるさいな!! ヒトがどこから入ってもいいだろうが別に!?」

「そりゃあ一般人は普通、扉から入るが……。じゃ、じゃあ一体全体どうしたっていうんだ。まさか、正義のヒーローに鞍替えでもしたのか?」

「するかそんなもの!?」


 天地がひっくり返って槍が降ってもそれだけはしない!


「ええ……じゃあ、本当に普通に扉から入ってきたのか……」


 椎名は両手で顔を覆いながら、力なく黒い革張りのオフィスチェアの背にもたれた。


「そんなに驚くべきことか?」

「いや、むしろ感動だよ。記念に写真撮っていいか?」

「どういう意味だ」


 椎名は姿勢を正すと、机の上にあった自分のスマホを手に取り操作しはじめる。


「……それよりもだ、椎名」

「なんだ?」

「どうしても今日でないと、駄目か?」


 尋ねると、椎名はスマホから視線を外した。


「何か用事でも?」

「いや。用事というほどでもないんだが」


 どう説明したらいいのか迷う。

 というより、なんと説明したらいいんだ。

 俺が説明に窮していると、椎名は姿勢を正してじっと俺を見上げた。


「お前、どうしてそれを昨日言わなかったんだ?」

「え?」


 今度はこっちが頓狂な声を出してしまう番だった。


「早い方がいいのは確かだが、用事があるのなら言ってくれれば他の手を考えたし、わざわざここに来て言う必要はなかっただろ? それとも、用事の前に寄ってくれたのか?」


 ……それもそうだ。

 なぜ今日、俺はここにきた?

 昨日、メッセージが来たときに返信すればよかったではないか?

 あれは一方通行的なものではない、自分からも返すことができる会話アプリだ。どうして今までそのことを忘れていたのか……。


「うっ!?」


 ビキッ、と左手が硬直したように動かなくなった。

 瞬間的に、左手に目線を走らせる。


「どうした?」

「い、……いや……、ッ!?」


 なんとか右手で左手を抑え、平静を装おう。だが、左手の硬直は次第に肩の方へと侵略を続け、気分の悪さとなって遅いかかってくる。

 麻痺したように左手の感覚がなく、おまけに俺の意思とは無関係に動いていく。対抗しようにも、肩にかかった重みがそれを許さない。


「佐伯。……本当に大丈夫か、お前?」


 真面目な声で椎名が言う。


「先に言っておくと、真面目に何かありそうなのに、妙にツッコミを入れたい複雑な気分に駆られているわけだが……」

「なんだそれは」


 そんな事を言われても困る。


「まあいい。とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着け。話はそれからだ」


 椎名がスマホを見ながら立ち上がり、部屋の隅に置いてある小さな冷蔵庫へと足を進める。

 見送るつもりだった視界が俺の意思とは関係なく急に動いたかと思うと、俺の左手がその首を捕えた。急すぎて酔いそうになる。

 俺の動きがあまりにも唐突だったからだろう。普段ならば明らかに何らかの反応を返すはずの椎名が、一手遅れてそのまま俺の左手に捕捉された。


「……ッ!?」


 初手ネックハングは使い古された技だぞ!

 いや、だからこそこんなに簡単に補足されたというのか。今ならこいつを倒せるかもしれない、という意識が去来する。


 ……が。そんなことより、こいつの首はこんなに容易く折れそうだったか!?


 首を絞めている感覚はまるでないし、それがわからないからこそどうすれば手が離れるのかもわからない。

 椎名の目が薄く開き、こちらを睨む。

 俺を睨んでいるのか、それとも――

 と、パシャッと音が響き、俺の目の前が白くなった。


「ぐうっ!?」


 何事かと思ったが、椎名の指先がスマホの撮影機能を動かし、フラッシュが作動したのだ。至近距離の光にさすがに怯み、視界の中で首から手が外れる。

 すぐさま肩を思いきり掴まれたと思った瞬間、額に物凄い衝撃が走った。


「ん、なっ……!?」


 おもいきり頭突きをされたらしい。

 続けざまに振りあげられた足からの蹴りが飛んできて、後ろに押しのけられる。気が付いた時には椎名は自分の体勢を立て直していた。

 椎名のスイッチが入った事は喜ばしいが、この状況はまずい。また左腕が動かなくなる前に、俺は窓を開けた。


「椎名! この借りはいつか返すぞ!」


 窓の外に飛びだすと、そのまま走る。


「待て佐伯!」


 だが俺は待たない!


「それだよ」


 背後では一言だけそう聞こえた。




***




 佐伯京介が出て行ったあとの研究室で、椎名キョウは、窓の外をじっと見ていた。

 首にはまだ痛みが残っている。鏡に目をやると、手というより縄で絞められたようなアザが少しだけ残っていた。片手で首元をさすりながら、転がったスマホを拾い上げる。


「あれは本格的におかしいな」


 思い返しながら指先で画面をタップすると、灯りがついた。画面も壊れてはいないようだ。ロックを解除すると、先ほど瞬間的に撮った写真が画面に残っていた。

 すぐさま削除を押そうとしたが、ふと画面が気になって手を止める。


「ふむ?」


 椎名は片目を見開いた。

 画面には佐伯京介という被写体が写っているはずだった。だった、というのは、本質を捉えるには充分すぎる代物がかわりに映っていたからだ。

 そこには当人に重なり、どす黒く歪んだ闇が写し込まれていた。あちこちに線のように黒い糸状のものが跳び回り、黒い顔を形成している。恐ろしくも。

 既にこの世の存在ではなくなった亡者が、文明の利器を通じて視覚化され万人への存在承認を勝ち得た瞬間。未練という名の悪意と策略をもって目にした者に確かな恐怖を産みつけ、それを糧に更に増殖する最悪の呪い。

 世界にごく稀に存在する、現状の科学ではまったく説明のつかないまことの心霊写真と称されるものがそこにあった。


「……すげー大胆に失敗してるな!?」


 そして本物の心霊写真は、彼女の指先一つで永遠にこの世から消え去った。




***




「くそっ……! どういうつもりだ……!」


 適当な路地裏に入ると、壁を殴りながら叫んだ。奴は視界内には視えない。どう考えてもあれは殺すつもりだった……が、部下を殺すような上司は三流に決まっている。


 ――それとも、奴が俺を支配下に置きつつあるのか?


 まずは声を重ね、そして勝手に動く左手。すると次はなんだ?

 それを思うと急にぞっとする。


「貴様は部下に手をかけるような無能だったのか……」

『いう事を聞かぬ部下には致し方ないことさ』


 あまりの流ちょうな物言いに、顔を上げる。

 黒いロープのように波打つ霧の中、中央にそいつは立っていた。そして、睨み合う。


『貴様は甘いところがある。それはなんだ、情か?』

「そんなものがこの俺様に存在するとでも思っているのか?」

『無論だ! その甘さが貴様の弱みであり、弱さでもある』

「勝手に話を進めるのはいいが、随分と――」

『そして、生者そのものの弱みでもある』

「……なに?」


 姿が急に揺らめき、ノイズのように黒い線が入る。


『……見ているがいい』

「なんだと? ……ッ」


 意識が混濁し、視界が急にぐるりと反転した。意思とは無関係に地面が映る。痛みはノイズのように遠くなり、地面にぶつかる、と思う間もなく意識は世界と分断された。


 それからいかほどの時間が経過したのか。

 はっと気が付くと、俺――もとい私は戦闘服に”変身”していて、駅前に突っ立っていた。


「!?」


 状況を理解するのに数秒を要する。

 周囲はまさに無残としか言いようがなかった。

 奴の霊障にあてられたのか、金縛りや頭痛に苦しむ一般人とヒーローめいた者たちがそこかしこに倒れている。呻き声があちこちからするさまはまさに阿鼻叫喚。

 隣に強烈な気配を感じると、そこにはあの男が突っ立っていた。男は私を見ると、にやりと笑ってからぱくぱくと口を動かした。


『こんなところだ』

「……」


 このままこいつに任せておけば、すべてのヒーローは殲滅されるだろう。しかしそのとき私は存在しないだろう。

 だが、こいつを何とかするための次の一手が見当たらない。


『さあ、私に任せればすべてのヒーローを殲滅するのに時間はかからない。諦めて、私にその身を渡すことだ……!』

「くっ……!」




「ちょーーっと待ったーー!!」




 声が響いた。


「……この声は……!」


 青い色が翻り、ビシッと決める。


「ガクセイファイブ・ブルー!」


 この状況下であってもガクセイファイブ全員の紹介を聞くなどということをしたくはないので他の三人は以下略しておく。ガクセイファイブが現れたということだけ理解できれば充分だ。


「が、ガクセイファイブ!」


 倒れたヒーローどもも、ギャラリーも一緒くたになって気力を持ち直す。

 いつぞやの偽ファイブ騒動からそれほど時間も経っていないというのに、やや人気度を増した感じがするのが腹立たしい。

 しかし――何かが足りない。


『だが、どうやら人数不足のようだな』


 私の口からはそんな声が出る。

 確かに、色だけでいえばレッドの姿が見当たらない。


『一人欠けた状態で、この私に挑もうと?』

「くっ……」


 イエローが少したじろぐ。ギャラリーの面々も、そういえばレッドがいない、とざわざわしはじめた。


「あいつ、本当にどこにいるんだ?」


 どうやら本当にレッドの居所を知らないらしい。

 そういえば、普段なら真っ先に現れるのがレッドだ。


「みんな、落ち着け。あいつなら大丈夫だ。……きっと」


 ブルーが他の三人をなだめてから、私に向きなおる。


「行くぞみんな!」

「「「おおっ!!」」」


 ガクセイファイブの勢いに歓声があがる。


「いいぞー! ガクセイファイブー!」

「いけー!!」


 そのギャラリーの声援に応えるように、四人が一斉に私に向かってきた。


『馬鹿め』


 だが私の左手は勝手に動き、掲げられた。

 そんな動きはただの脅しだというのはわかっている。ただの動作にすぎない。そんな事をせずとも、こいつは霊障を起こすことができる。だがその動作はギャラリーたちを後退させるには充分だった。

 そしてガクセイファイブもまた、喉に手を当てて苦しみだした。首に何かが巻き付いたかのような苦しみ方だ。

 しかしそんな事は関係なく、というより手が離れているのにネックハングされたかのような反応は、一種異様だ。

 だから初手ネックハングは使い古された手だと何回言ったらわかるのだ!


「こ、これは一体……?」

『ふん。これが……私の力だ……!!』

「ぐあっ!!」


 ブルーが地面に転がって咳き込む。

 ガクセイファイブでも駄目なのか、という絶望的な空気が漂い始める。


「く、くそっ……みんなっ……逃げろ……!」


 ガクセイファイブの一人がギャラリーに向かって叫ぶ。

 既に倒れ伏したヒーローにも絶望の色が浮かんだ。


「そ、そんな……」

「もう、駄目なのか……」

「くそっ、こんな時に!!」


 ギリッ、と歯ぎしりの音さえ聞こえそうだったそのとき。






「ちょーーーーっと待ったぁぁぁぁーーーーー!!!!」






『なにやつ!?』


 全員の目が声の主へと注がれた。


「ご近所の平和を乱す奴は、この俺が許しはしないっ!!」


 駅前の広場中央に立つビックベン、もとい突っ立っている時計の前に……いやこのくだりはもういい。赤い色が風で流れ、忌々しいほどの声が響いた。


「ガクセイファイブ・レッド!!」


 レッドの後ろで赤い爆発が起こった。

 時計の立つ円形の花壇の中から飛びあがり、レッドが人垣の中央に立つ。


「みんな! 待たせたな!!」

「遅いぞレッド!」


 わっ、とギャラリーに歓声が上がったが、またすぐに吐き気と頭痛に襲われたらしい。呻き声をあげながら人々がダウンしていく。


「早いところ、チャリケッタキラーを――」

「違う!」


 レッドがはっきりと主張した。


「俺は奴を助けに来たんだ。俺たちが倒す相手は――」


 ビシッ! とレッドが私を指さす。


「――黒き鎖団首領、ブラックアスプ!!」

「なに!?」

『なんだと?』

「なんだって!?」


 順にざわめきが走る。


「ぶ、ブラックアスプ?」


 ブルーが聞き返す。

 ……誰だ、それは。

 と思ったが、ノイズのように動揺が走ったのを覚えた。この黒い男……まさか。


「ああ。どうもおかしいと思ってたんだ。あいつらしくない戦い方、そしてこの鎖みたいなアザ……」


 レッドが腕を見せる。

 金縛りにあった時についたのか、鎖のような赤いアザがついている。


「黒き鎖団……そういえば、聞いた事がある。確か、二十年近く前にこの町に現れたっていう……」

「そうだろう? すぐにわかったぜ! 蛇のように巻き付く黒い鎖の印を掲げ、世界征服を狙った悪の組織。いつの間にか自然消滅したといわれていて、それは壊滅されたわけではなく、志半ばにして首領が事故死したからだといわれている」


 レッドが叫ぶが、微妙にチラチラと私を指さしていない手の方を見るのはいただけない。

 やたら説明的なのもそのせいか。


「レッド……そこまで調べ上げたのはいいけど、メモを読みながらだと恰好が……」

「う、うるさいな!」


 イエローの指摘に、レッドがメモを隠した。

 ブルーはじっと、驚いたようにレッドを見ている。


「レッド、お前まさか、ずっとそれを調べてたのか?」

「ああ!」


 ブルーの問いに、レッドは力強くうなずいた。そして、私の方を振り向く。


「生きた者じゃないなんて信じたくなかった。……でも、今はっきりと確信したぜ! お前が今どんな存在だろうと、得体の知れないものではなくなっただけでもじゅーぶんだ!!」


 レッドが指さしているのは私ではなく――おそらくは私に憑いたこの男……ブラックアスプを指さしているのに違いはなかった。僅かに戻ってきた意識を裂いて、私は口を開く。


「……レッドのくせに、今回は妙に知恵が回るじゃないか……」


 声の違いをはっきりと聞き取ったのか、レッドがにやりと笑った。


「そんな言葉が出て来るならまだ大丈夫だな!」


 それとも、誰かがレッドに知恵を貸したのか?

 いや、この際そんなことはどうでもいい。


「ふん。だがどうするつもりだ。こいつは私にまだ憑いて――…」


 言いかけたそのときだった。


「ぐあっ!!」


 物凄い頭痛に襲われ、思わず頭を抱える。

 だが、私の左腕は反対に高く掲げられた。


『……だから……どうした。私の正体がわかったからといって……、なんだというんだ?』


 私の意識は追いやられ、まるで


『もう遅い、諦めろ……。すべてのヒーローを……呪い殺してやる!』


 黒い霧のようなものが……いや、今ではそれは鎖なのだとわかる。それが一瞬にしてたちこめ、ガクセイファイブの体に触れる。


「くっ……!」


 風に立ち向かうかのように全員がまた身をかばう。

 再び金縛りにあい、体の自由も効かないらしい。


「一体どうするんだ、……レッド!」

「大丈夫だ、みんな! あいつは正体を見抜かれて、動揺してるだけだ!」


 レッドが叫んだ。


「大丈夫だ……俺達は絶対に負けない!」


 パキィィン。という音は特にしなかったが、鎖をはじくかのごとく大きく体を動かした。

 たちまちのうちに、ギャラリーの顔にわっと希望が戻る。


「わあああーーっ!!」

「いいぞ、レッドー!!」


 途端に、ギャラリーの声援が復活した。

 ――金縛りを解いた?


『……馬鹿な、なぜそれが解ける?』


 よほど動揺したに違いない。

 ノイズのように体の自由が戻った一瞬の隙を見逃さなかった。

 まるでずっと喋っていなかったかのように動かしにくい顔の筋肉を、少しずつ自分で動かしていく。


「……どうやら、形成は逆転したようだな?」

『貴様!』


 まずは口。そして片目の瞳を強引に閉じ、そして徐々に自らの力で見開いていく。

 ラジオの電波を調整するように、ノイズを明確にしていく。

 麻痺したように動かない四肢に、再び血が通うような気分だった。

 次第に自分の感覚を取り戻していくのは実に気持ちがいい。


『ッ……わかっているのか? これは、ヒーローと手を組むということなのだぞ? そしてそれはお前の負けでもある!』

「だからどうした。利害の一致に負けもなにもない」


 私はしれっと答えてやる。

 足の先から指の先までをしっかりと自らの意思で動かしていく――正しくは自らの意思で自分の動きを止めていった。この胸糞悪い過去の亡霊を繋ぎ止めるために。


「貴様はその死者の力に頼り切るがあまり、その力に溺れた……それが貴様の敗因だ。この……腐れ悪霊めが!!」


 叫ぶと同時に、不意に自分の身から冷たい重さが抜けるのを感じた。体が軽い。その瞬間に、すべての感覚が戻ってくるのを感じた。


『くそっ! だが、悪の構成員は蛇の数ほどいるのだ!』

「逃がさんぞ……」


 がしり、と黒い渦を掴む。

 ぎょっとしたように奴は私を振り返った。


『き、貴様なぜ私が掴める!?』

「知るかそんな事は!! キッチリ奴らの最終奥義を喰らうがいい!!」


 掴んだ黒い渦を目の前に突きだしてやる。

 そういえばなぜここにきてこいつを掴めているのかはわからないが、そんなことはもはやどうでもいい。


「奴はここだ! よく狙えよ!!」

『やめろ、離せえええ……!?』





「「「「「ガクセイファイブ・ファイナルアターーーーック!!!」」」」」





 悲鳴が響き渡り、黒い渦と光が激突した。

 霧が強風によって散るように、その姿が掻き消えていく。それは思っていたよりも強烈で、思わず目を細める。だが、こいつが消滅するさまはしっかりと焼き付けておいた。


「ふん。過去の亡霊の分際で、私を乗っ取ろうなど百年早い!!」


 ……。


 光が落ち着くと、あたりは静寂に満ちていた。

 誰もが固唾を飲んで見守っていた。手を下ろすと、ガクセイファイブと睨み合う。

 緊迫した空気が流れていたが、それでも先ほどまでとは違う。何が、とはっきり言うことはできないが、得体の知れないものが去って終わりが訪れ――そして今また始まるのかどうか、という空気だった。

 誰もが、何を言うべきかを探していた。

 レッドが何か言いかけるように口を開いたが、私はそれを遮るようにマントを翻して踵を返した。


「礼は言わんぞ、ガクセイファイブ」


 そして、歩きだす。あらゆる視線が背中に突き刺さるように動く。


「だが、この借りはいつか返す」

「……ああ!」


 後ろでレッドが笑ったような気がしたが、気がしただけにしておいた。

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