第49話 私のヒーロー、私の冒険

「はじめまして、クリオール・クリオールさん。私は、趙薇チャオ・ウェイ。ヴィッキー・チャオ知ってる? 彼女と同じ字だよ」


 異世界の少女は、笑顔でそう言いました。


「は、はじめまして。クリオール・クリオールです。ヴィッキー・チャオ、ええ、知っています。中国の女優ですね。たしか『世界で最も美しい100人』に載っているのを見ました。その……どこか似ているように思います、あなたと」


 クリオは内心の動揺を隠せないようです。

 そこに助け舟を出すように、ルキアが言います。


「誤解されているかもしれないが、彼女の脚はこちらの世界で失われたものではないよ。彼女は、この姿のままで、この世界に来たんだ」


 奇妙なことですが、その言葉に、僕はいくぶん心が落ち着くのを感じました。

 チャオは車椅子を僕たちの近くに寄せると、気軽な雰囲気で語り始めます。


「脚は6歳のときから無いんだ。事故でね。当時の北京bei jing、事故多かったし。ああ、私、こっちに来る前は北京に住んでたの」


 僕たちが少し落ち着いたのを見て取ったのか、チャオはにっこり笑って、それから自分の過去を話し始めました。


「事故に遭ってからは、けっこう引きこもりがちだったな。そんで、たくさん本を読んだ。航空力学の本とか、機械工学の本とか、そんなの。別に、自分が脚をなくしたから、機械でどうにかしようって思ったわけじゃないんだけどね。好きだったんだ、そういうのが」


 チャオは少しの間、クリオをじっと見つめて、それから言葉を続けます。


「本を読むのは好きだった。数学とか物理の勉強をするのも。でも、どこかに行きたいって、ずっと思ってた。どこか遠くに。そこでは私も自由に動き回れて、憐れみの目で見られない。私は私の力で立って、そうして、誰かに守ってもらうんじゃなく、誰かを守るために戦う。そんなことを夢見てた」


 クリオが、その言葉に強く反応したのが分かります。

 言葉を挟みはしなかったものの、クリオの頬に、わずかに赤みが差していました。


「でも、実際にこっちの世界に来たら、大変だったよね。魔法とか使えないしさ、車椅子に乗ってるだけで普通に捕まったし。めっちゃ尋問とかされるし、脅されるし。それでビビッて、私は銃の造り方を彼らに教えた。後悔はしてるけど、でも、どうしたらよかったのか、今でもわからない」


 そこで、沈黙が訪れました。

 クリオも、僕たちも、言葉を発することができませんでした。


 ルキアが手招きをして、子どもたちを呼びます。

 集まった子どもたちの中で、いちばん小さな子が、おぼつかない足取りで、ゆっくりとお茶を運んできてくれました。


「お客さん、お茶どうぞ!」


 そのかわいらしい声に、クリオは表情を緩ませて、ティーカップを受け取ります。


「ありがとうございます。とてもいい香りですね」


 僕もお茶を受け取りながら、ルキアがなぜ会談の場をこの家にしたのか、わかるような気がしてきました。

 ルキアが穏やかな声でクリオに聞きます。


「チャオは火薬銃に関する知識を提供する代わりに、帝国軍による安全の保障を受けていた。そうでなくては、命が危なかった。まして、チャオは当時まだ15歳だったんだ。クリオールさん、あなたはこの世界に来た時、そうした危険を感じなかったか?」


「はい……私は魔王城のすぐ前で倒れていたそうです。衛兵に保護され、すぐにエルやエテルナ様と会うことができました。非常に……幸運だったと思います。私がチャオさんと同じ状況に置かれたら、同じようにしていたでしょう。いえ、私の場合、役に立たず、もっとひどいことになっていたかもしれません」


 クリオの答えに満足したように、チャオは落ち着いた調子で再び話し始めます。


「私、別に誰かを恨んだりはしてない。でも、罪悪感はずっとあった。私のせいで、きっとたくさんの人が死んだ。私がこの世界で何かするたびに、きっと多くの人が死ぬ。そう思って、何もしゃべらないようにしてた。そのとき、はじめてルキアに会ったんだ」


 チャオは、当時を思い返すように、目を閉じて続けます。


「初めてルキアが私を訪ねてきたとき、また軍人が私を利用しに来たんだと思った。もし次に何かを要求されたら、死のうって覚悟までしてた。でも、この家に連れてこられて、私、笑っちゃった。ルキアはそのとき、何にも考えてなかったの。ここにいる子どもたちと同じように、親のいない私を守らなくちゃって、ただそれだけ」


 ルキアは苦笑いしながら、小さくうなずきました。


「それから、ルキアについていろんなことを聞いた。海軍でも一、二を争う優秀な指揮官だってこと。かつて辺境の国の王女様だったこと。海賊だったこと。甘いものに目がないこと。それから、お腹に矢を受けて、“鉄の子宮はらわたのルキア”って呼ばれるようになったこと」


 最後の言葉に、僕は驚き、ついルキアに聞いてしまいました。


「ほ、本当ですか?」


「昔のことだ。辺境で戦っていたころ、停泊中、敵の襲撃に遭い、腹に矢を受けた。子宮を損傷し、帝都に戻らなくては十分な治療が困難だったが、作戦を放棄するわけにはいかなかった。それに、私の血が継承されるのを恐れる政治家もたくさんいた。私は治療を諦めて、応急処置をして戦った。その時の功績が認められて、私は海軍の将校になったんだが、おかげで妙なあだ名がついた。“子宮”が“心”に変わったのは、私を恐れる者たちが増えてからのことさ」


 ルキアは、何でもないことのように答えました。

 チャオが、誇らしげに言います。


「いろんな話を聞いて、一緒に暮らして、私、この人なら信じられると思った。だから、船のことを話したんだ。私の世界の船のことを。そうして、帝国軍の監視をかいくぐって、反乱軍のリーダー、今は大統領になったおじいさんに会ったり、秘密の設計図をつくったり、愛国心に目覚めた演技でリューベックを出し抜いたり……最後に、あの船を造った。“天地不仁以萬物爲芻狗”、あの言葉を刻んだ船を。天地も、人も、弱いものを容赦なく苛む。でも、だからこそ、私はもう無為に逃げ込んだりしない。善悪を超えて、ただ弱いものを守る。そのための力。ルキアは、その力を託すのに足る人だって、私は信じることができた」


 そうして、チャオは朗らかな笑顔で言葉を結びました。


「だから、私のこと、かわいそうとか思わなくっていいよ。私には、私のヒーローがいて、私の冒険があったんだから」

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