第43話

 学生時代に見合い結婚したものの、男性は仕事、仕事で家庭を顧みることはなかった。離婚にまでは至らないものの、既に愛は冷めていた。定年退職で男性が家にいるようになって間もなく、過労によって女性が倒れ、救急搬送される。

 ここまでは、イメージ映像や、昔の静止画写真を取り込んで映像化したものに監督がナレーションを入れたものであった。意識障害が残った女性が家に戻り、半ば寝たきりの生活をはじめたところからが本編であった。

『父と母です』

 監督のナレーションが入る。それ以降、ナレーションは沈黙する。代わりに、若い女性の監督が本編に登場し、彼女の父親たる男性に時々質問を投げかける。やがて、天井や介護ベッド脇に設置された定点観測カメラ中心の映像になる。床に転げ落ちて痣だらけになった母親。深夜に奇声を上げる母親。排泄がおぼつかず垂れ流す母親。後半になると、表情すら消えていく母親。そんな母親を必死に介護する監督の父親。

 そりゃ、たぶんカメラが回っていない、もしくはカットしたシーンには映っていたのかもしれないが、監督、娘ならば介護してやれよ、と俺は思ってしまったのだが、一方で親がこんなことになってしまったならば、自分が出来るかと言われれば、……厳しいかもしれない。とりあえずは他人事、という気持ちで見ていても、テレビ放送するならばモザイク加工が必要であろうシーンがそのままスクリーンに映し出されると、この先の自分がいたたまれなくなる。

 時々、莉紗の表情を見て取ると、熱心に見ている雰囲気。メモをとる間以外は映像を食い入るように凝視していた。

 ある日、監督がカメラを持って、母親がいるはずの部屋に入る。

『父さん!』

『どうした、麻衣子』

『母さんが……』

 動転したのだろうか、ローアングルになったかと思うと、そのまま画面がブラックアウト。音声だけが記録されていた。

 監督は、葬式でもカメラを回し続けた。そう多くはない参列者。式は、葬儀社の進行の下で淡々と進められていく。経が読み上げられ、献花し、あとは出棺を待つばかりというところで画面がズームインしていく。

「おい、お前」

 仕事一筋に生きて来たのは妻のためだとか、介護に尽くしてきたとか、あれが、これが大変だったとか、子供のことだとか、過去に行った旅行のことだとか、ごくごく私的なプライバシーすらもそのまま流れてくる。

「亡くなってから言っても遅いが、お前がずっと好きだった。好きって、改めて言うことが気恥ずかしかった。お前が死んで、言うべき相手がいなくなっても、声を大にして言いたい。お前が好きだ」

 そして、ビデオカメラの映像をフィルムに落とし込むポスト・プロダクションのスタッフのロールが流れていく。そして最後に監督の謝辞が画面に出て、終わる。

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