第18話

 両手に花。

 密かに想い続けてきた超絶美少女、七星。記憶を超えて美しく成長した幼馴染みと言うべき従妹、祐佳里。そんな二人が、俺に腕組みしながら……互いに反目し合って歩いてゆく。

「なー、七星。離してくれよ。祐佳里も」

「あんたが不埒な行動に走らないように、拘束しているだけよ」

 七星はそう言いながら、俺の右腕をより強く締め付けてくる。細い腕とは裏腹に、意外と力がある。一方で、祐佳里はそれほどでもない。

「なぁ、七星。手、離してくれよ」

「離した途端、何するか分からない危険人物だからな」

 そう言うなり、七星はさらに拘束を強める。痛っ、痛いって。

「あのさ、周りから見たら女の子二人抱きかかえているようにしか見えないぞ」

 そう言うと、血相を変えてまくし立てる。

「なっ、何バカ言ってるの? あんたと私じゃ釣り合ってないでしょ。どうしてそういう話になるんだか」

「七星や俺が決めるんじゃなくて、周囲から見て、クラスメイトがどう思うかってこと。こんなの見たら、たぶん皆から白い目で見られる。」

 すると、祐佳里がうれしそうな笑顔で俺を見て、言う。

「ぉ兄ちゃんと祐佳里なら、ちゃーんと釣り合っているよね。七星のお姉ちゃん、釣り合わないんだったら、手、離せばいいのに」

「あなたが離すべきよ」

「なぁ、祐佳里も、歩きづらいから腕組みやめてくれないか」

「ぉ兄ちゃんの命令だからしかたないか。七星のお姉ちゃんも、早く離してよ」

 そう言うと、以外にも祐佳里は手を離してくれた。一方、

「な、七星も手、離してくれよ」

その言葉に耳を貸すはずもなく、

「言ってるでしょ。この手を離したら花村が何するか分からないから駄目!」

「じゃ、祐佳里も離したくなくなった」

 祐佳里が再び、腕を絡ませる。元の木阿弥だ。

 そのまま、俺たちはいつも登校している道を歩く。

 沿道の春の桜が咲き誇るそれは、俺たちを祝福……なんてことはないよな。四季という気温と陽光のサイクルによって花は自然の摂理を謳歌しているだけなんだ、と自分の心に言い聞かせる。

 その並木道の下、風に揺れて舞い落ちる花びらをバックにした七星。長い髪に付着した花びらを掴むと、口許に持ってきて息を吹きかけ、その欠片は空へと舞い上がる。

 俺は、その行き先を追う。まるで恋人を追うかのように咲いた桜に近付いたかと思うと、失速し、今度は落下していく。必死に重力に抵抗するかのように、ゆっくり、ゆっくりと。しかしながら、力尽きるかのように、フェンスの向こうの小川に着水し、そのまま水の流れに沿って視界から消えていった。

 俺は、あの桜ような、……いやいや、花をも超越した七星さんにたどり着けるだろうか。

 そんなことをふと考えながら、七星さんと祐佳里に抱きかかえられたまま歩いていると、聞き慣れた声が投げられる。

「おっ、花村……って何で七星さんと腕組んでいるんだよ!」

 この前まで同じクラス……今年も一緒なのかもしれないが、女好き男子の小田である。

 ……指差しやがって……。

「いや、ちょっと……まぁ、いろいろあって」

「いろいろ、じゃないだろ。説明しろよ。あと、もう一人の超美少女も。彼女か? どっちが本命なんだ、花村?」

 その声に、あわてて七星が腕組みを解く。

 彼女の方を見ると、少し顔を赤らめて、やや下に視線を逸らす。

 その表情が俺にはものすごくかわいく見えた。

「違うわよ」

 七星は、そう言って否定した。

 一方、

「祐佳里は、ぉ兄ちゃんの恋人だよ! ねっ、ぉ兄ちゃん!!」

「えっ、花村って一人っ子じゃなかったのか?」

 小田が驚いて言う。

「従妹。訳あって、面倒を見てやってる」

「夜の面倒……とか、だよね」

 やや恥ずかしそうに、声をすぼめて言う祐佳里。

「勘違いされそうなことを言うなよ」

「意図通り、だよ」

「尚更悪い」

 祐佳里には多少悪いと思いつつも、制裁として、頭を軽く手で押さえる。祐佳里は軽く舌を出すと、俺に向かって軽く微笑んだ。

「祐佳里ちゃんか、かわいいなー。どちらか俺にくれないかなー、花村」

 そう言って小田は手を差し出すが、今度はおおっぴらに舌を出して拒否する。

「そうです! 祐佳里は全てをぉ兄ちゃんに捧げておりますので、あなたには髪の毛一つすらあげませんから」

「小田、ものじゃないから、くれ、はないだろ。ま、お前が祐佳里に好かれるような人物になる……ことはないか。とにかく、女の子にひたすら色目使うの止めたら、う~ん、もてるような気もしないでもないぞ」

「なんだよ、その言い方」

 そう言って小田は、ふいと祐佳里に向いていた顔を七星さんのほうへ向ける。

「あ、七星さん俺のこと知っている? 俺、こういうものです」

 そう言って紙片……名前が書かれた名刺を差し出す小田。それを。七星さんは受け取ったのだが、そのまま首をかしげて読み上げ始めた。

「七星莉紗非公認ファンクラブ、会員ナンバー0000000001、会長? 何、この肩書き?」

 そう言って、その紙片を俺の目の前に差し出す。

「やたらゼロが多いな。この学校、千人もいないんじゃ……」

「何を言っているんだ、花村。七星さんのすばらしさは世界の全ての人が認めるべきところ! 故に、全人類が加入することを想定し……」

「はいはい。黙っててね」

 彼の口を遮るように、七星さんは名刺を目の前に突き返した。

「七星さんの触った俺の名刺……大切にします!」

「あのな、小田。名刺を突き返されるってことは、人としてお断り、という意味だぞ」

「変態はお断りだ」

 そう言うと、七星は再び俺と腕を組み、落胆する小田を避けるように引っ張って歩いて行く。

「待ってよ、ぉ兄ちゃん」

 取り残された小田は、まるで気の抜けたようにその場へ倒れ込む。……車にひかれなきゃいいけど。

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