第16話

「うるさいわね、二人とも!」

 扉の外から強い口調で飛ぶ美少女の声に、俺も祐佳里も、はっと我に返る。

「隣の七星莉紗よ!! 隣近所、もちろんわたくしに対してとっても不快なんだから、静かにするのだよ!!! 近所迷惑のアツアツ色ボケトークは!!!!」

 マシンガンの様な言葉がふと止まる、そして……。

「べ、別にアンタのことが気になって盗み聞きしていたわけじゃないんだからねっ!!!!! もちろん、アンタと祐佳里ちゃんの関係の進展を邪魔しようなんて、一切考えてたないんだからねっっ!!!!!!」

「はいはい、今、開けます」

 慌ててベッドから飛び起きて、玄関ドアの鍵を解錠する。金属音が周囲に漏れるやいなや、ドアが急に開く。

 そこには顔を真っ赤にした制服姿の七星が立っていた。そのまま七星は、やや下の方を指差しながら、まくし立てる。

「なんなのだよーっっっ!!!!!!! その下半身は。やったの? やっていないの? はっきりするのだよ」

「エッチ、気持ちよかった……ケダモノなぉ兄ちゃん(はぁと)」

「キィーッ!!!!!!!! 浩一、アンタって奴は妹に手を出すのかよ」

 ぽっ、と顔を赤めるという、いかにも、な祐佳里の演出を目にした七星が、俺の首根っこを掴むと、あらんばかりの力でつるし上げる。人間、リミッターが外れると十倍くらいの力が出ると言うが、気が動転したのか、まさに怪人みたいな力を発揮していた。俺の足は宙を蹴る。

「妹じゃないって、従妹。祐佳里もウソつくなよ」

「いや、おもしろいから。祐佳里、もうぉ兄ちゃんなしじゃ生きていけない躰になっちゃった。ねえ、今度はいつ相手してくれるの」

「どーゆーことよっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 もはや、血そのもので顔が形成されているのかと思うくらい、真っ赤な莉紗。堪忍袋? 切れているとか言うレベルでなく、もう消滅しているだろうな、という感覚で死期を覚悟すべきか?

「祐佳里、俺が殺されそうなのだが」

 と言うと、祐佳里はふいと余所を向いた。楽しんでやがるな。

「祐佳里、まだ処女だよ。莉紗おねーちゃんにもまだチャンスあるよ」

「そ、そうなの?」

 急に首筋に突き立てられた七星の手が緩む。

「死ぬかと思った」

 俺が自分の喉に手を当てると、七星の手の指の痕跡がはっきりと残っていた。

「不純兄妹異性交遊の代償よ」

「俺は何もやっていない、だろ」

 抗議するも、七星には逆に鋭い目つきで睨み返された。そして、

「疑いの目を向けられるような言動をとることが、私に対する背徳よ」

「別に、七星さんには……関係ないだろ」

「あるわよっ、充分!!」

 吐き捨てるように叫ぶ七星。そこに、祐佳里が口を挟む。

「莉紗ぉ姉ちゃんは浩一お兄ちゃんが好きなんだよね。違うの?」

「そうなのか?」

 もし、そうだとしたら……俺は妹の言葉にドキドキした。さっきとは全く逆の意味で。

「そ、そんなことないのだよーっ!!」

 莉紗の渾身の叫びに、俺はため息をついた。

「そう、だよな」

「だったら、祐佳里が浩一ぉ兄ちゃんを独占してもいいよねっ」

 そういって祐佳里は、俺の身体を横からぎゅっと抱きしめる。莉紗に見せつけるように。

「何をしてるのよ。近親相姦よ!!」

 見かねたように土足で上がり込んできた莉紗は、俺と祐佳里の間に横たわる腕を引きはがしにかかる。

「だぁかぁらぁ、従妹だって! 合法だよっ!!」

「法律云々なんて関係ないのよ。倫理的に問題だってこと」

 俺と祐佳里の間に割り込むことに成功した七星は、妹に背を向け……即ち、俺の方を向いていた。彼女のあまりに豊満な胸部が、俺の肩から顎のあたりにかけてを刺激する。

「あ、あの、七星さん。ちょっと、俺には刺激が……」

「アンタがこの妹のこと忘れてくれるなら、そこを触るなり顔をうずめるなりとていいから……と・に・か・く、この女と別れるのよ」

「色ボケおねーちゃん、ずるい。祐佳里も対抗しちゃうんだから」

 祐佳里も負けじと俺に身体を寄せてくるものの、その残念な胸は七星のそれに阻まれてしまう。

「誰が色ボケですって? 私は冷静なのだよ!」

 七星の声、吐息、心音。空気による振動を介することなく、直接的な接触によって伝達される。それら全ては、短く、多く……高い興奮状態にあることが容易に推察できた。

 いや、俺の方が興奮だよ。何せ、密かに想い続けていた七星に身体を接触させているのだから。顔の表面から、あまりに柔らかすぎるのに強すぎる刺激が俺の体内を沸騰させる。

 いや、いけない。

 しかし、顔をそこから離そうとしても、俺の頭を抱きかかえた七星の腕に阻害されて思うように行かない。く、苦しい。

「ぬぁ、ぬぁぬぁほしぃ~」

「何、言っているのよ」

 手を緩めない七星のせいで、俺の呼ぶ声はもう、誰にも届かない。

「あっ、ぉ兄ちゃんが死んじゃう……」

「えっ」

 祐佳里の指摘に過剰反応したのか、すっと拘束が外れる。今まで、胸の隙間からわずかに入っていた空気が、一気に俺の肺に流れ込む。

 ぜーはー、ぜーはー。

「七星~」

「何?」

 きょとん、とした印象、まるで俺の生死なんぞ関係ないかのような物言いに、つい怒鳴る。

「死にそうになったじゃないか」

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