第4話

 それからもう、いても経ってもいられないくらい、彼女のことが頭を駆け巡る。朝も、昼も、夜も。学校の中でも休みの日でも。

 時々、朝早く学校に登校しては、七星が登校してくる姿を教室の窓から探すことがあった。学校行事で講堂へ行くと、七星の姿を探した。

 ただ、自分から声をかけることはしなかった。見ているだけでよかった。ストーキングなんかしちゃ彼女を悲しませるだけだ。ただただ、ごく日常の生活の中で、彼女を眺める機会がちょっとでもあれば、それで満足だった。

 ただ、そんな日々が過ぎる中で、やはり、もう一度手を握ったりしてみたいな、なんて気持ちを鬱蒼と募らせていたわけで、しかしながら、告白なんてできない俺はいつもどおりの日々を過ごしていた。

 こんなんじゃダメだ。

 そして、一つの決意。終業式の今日に何らかのアクションを起こそう、と決めていた。告白までしなくてもいい、ただ一つ、彼女に近付くためのたった一つの何かをしよう、そう心に決めて家を出てから、いつも以上にそわそわした一日を過ごすことになってしまった。

 誤算だったのは、式典で彼女の姿を見つけられなかったことだ。もちろん、たまたま席を外しただけかもしれないし、遠目に確認しただけなので見落とした可能性が高いのだが。考えていたのは、終業式の前にひと言、ふた言の言葉を交わして目標達成、として満足することだった。講堂を出る時も目をやったが、やはり見つけられなかった。ホームルームも終わってしまい、後は帰るだけになってしまった。

 これじゃ、ダメだ。

 特進のクラスは向かいの校舎の最上階にある。校舎裏の裏山に上がって七星の姿を見て、それで今日は終わり。無茶はしない、迷惑をかけない。特進は午後にも補修があるはずなので、彼女の勉強する姿でも眺められたなら、なんて甘い気持ちで裏山を目指した。

「お願いします、七星さん。俺と付き合ってください」

 そんな台詞を聞いたのは、ちょうど特進クラスの校舎の裏に差し掛かろうとしていた時だった。俺じゃない誰かが七星さんに告白している?

 いてもたってもいられなくなり、校舎の陰から様子をうかがう。相手は運動部の主将を務めていたイケメンの卒業生。わざわざこの日、卒業した学校に戻ってきて告白とは、俺なんかとは本気度が違う。

 ……彼なら相手として不足はない、俺なんか……

「忙しいんだけど。あなたなんか眼中にないわ」

 あっさり振ってしまった。

 七星の、俺には見せたことないような眼光。サバサバした強い口調。バスの中で見せることなかった七星がそこにはいた。

 卒業生は返す言葉もなく、そのまま俺の方に向かってきて、そのまま通り過ぎてしまった。七星はその彼を睨み付けたまま微動だにしなかった。

 そこで俺は、とっさに携帯電話を取り出した。筐体をしっかり抑えたまま、ボタンを押す。まるでそれが終わるのを待っていたかのように、七星はその場を去って行った。そして俺は、自称・犯罪行為に手を染めてしまったわけである。相手の同意も得ず彼女の肖像権を侵害する、という犯罪行為を。

 すぐさま保存して、画像を確認しようとしたが、強く脈打つ心臓がはじけそうになり、いてもたってもいられず、その場を逃げるように学校を後にした。

 いつもの通学路を猛スピードで駆け抜けて、自分のアパートに舞い戻る。

「おーい、浩一。ちょっと手伝ってくれないか。隣の部屋の……」

 段ボールをいくつも抱えた下の階の先輩の言葉も無視して、俺は階段を駆け上る。ポケットに突っ込んだはずの鍵、それがなかなか出てこなくてイライラしつつも、やっとのことで開けて部屋に飛び込んだ。ドアを閉め。鍵をかけ、チェーンをして、そのまま部屋の床に倒れ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る