掟の門

腦裡の華

獅子よ、胸を張って吼えよ



後悔はしたくなかった。

とはいえ今、後悔しなければならない。


何から後悔すればいいのだろか。


まず、この身で産まれたことか?

それとも人殺しをして逃げおおしたことか?

はたまた意味もなく暴れたことか?


走馬灯という言葉が僕の頭に浮かんだが、その言葉を考えて、なんだかむずむする言葉なぁ…と思った。

時間はないのだろうがそんな馬のように早く思い出されたところでなんの顧みもできない。


まぁ、どうせ短い人生だ。

全てを思い出し、後悔したところでまだ時間は余るだろう。

そう推測した僕は時間軸に沿って考えてみることにした。


幼少時代は栗みたいな顔だと言われ、意外とちやほやされたものだった。


かわいいと。


しかし考えてみればその時から現在の自分になる兆しがあったのかもしれない。

親や兄弟を早くに亡くした僕は『温もり』に餓えていた。もちろん人はかわいいと愛でてくれていたわけだから、極度に寂しかったわけではない。


問題は僕にあった。

『不器用』だったのだ。

気持ちの伝え方がわからなかったし、悪いことをすれば誰かが構ってくれると誤解していた。

そこで僕は寂しい時、恋しい時は暴れていた。


初めて人を殺したのは児童といわれる時だった。

暴れ回っていたわけだから、すでに僕の周りは僕を慕う者はいなくなっていた。


嫌われ、憎まれ、疎まれ、迫害され……


僕は一人。

単独。


寂しかった。

虚しかった。

悲しかった。

恋しかった。

愛しかった。


わかっていた。その時には既に。

暴れても誰も優しくしてはくれない。



しかし暴れた。



もはや『不器用』という言葉は僕のなかで『逃げ場』でしかなかったけれど、それでも僕にはそうすることしかできなかったから……



結果的に人を突き殺した。



そして時間は止まった。



それからの僕は今に至るまでなんの成長もしていないのではないか。

ストレスが溜まる度に暴れ、殺した。



しかし、新しい家族ができた。それはつい先週の話だ。こんな僕を愛してくれる女がいたのだ。



これで変われる!



そう思った。

彼女のお腹には子供もいるらしい。

幸せになれると思った。



しかし昨日、彼女は死んだ。


八つ裂きにされていた。

いや、

八つ裂きにされていたのだと思う。


僕が見れたのは血の池となった地面だけ。しかしその嗅ぎ慣れた血の臭いに彼女の臭いが混じっていた。

それで十分だった。


彼女は死んだ。

殺された!




人間に!!




復讐だ。

僕は血の臭いと彼女の臭いを頼りその人間を探した。


そしてついさっきそいつを見つけたのだ!



僕は今までに出したこともないスピードでそいつめがけて走りだした。

奴もこちらに気がついたようだ。



しかしもう遅い!



お前が後悔したところで、謝罪したところで、

もう止まれない!



お前を突き飛ばし、お前の後ろの崖から落とす!



もちろん一人ではない。


一人は寂しかろう。


寂しい気持ちは僕が1番わかる。わかってやれる。


だから僕も死んでやる!


お前と共に落ちてやる。


そして現在。


目を開けて見てみると、先に落ちた人間がたたき付けられ絶命しているのが見えた。

僕ももうすぐああなるのだ。


もう時間はない。

後悔はもう済んだ。

思い残すこともない。


むしろ最後くらい自分を誇ろうではないか。

僕の最後に出したあのスピードは獅子のように速いと自負できる。


猪である僕が獅子ごとく……


……吠えてみた。



声すらでなかった。



今、僕は死ぬ。



胸を張って。

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