女主人が保証したとおりの、通常のレストランと比較して一・五倍の量はあるであろう食事を、五名の女性は順調にたいらげていった。


 体重の増加を気にして食事量を制限しなければならない体質とは、全員が無縁だった。もっとも、彼女らの職業は、体力より体型を気にするような思考をしていて、つとめうるものではないのだが。


 フライド・チキンとかハンバーグ・ステーキといった料理は、我星ガイア政府領にもほぼ同じかたちで存在する。地球から流れ着いた先祖から伝わりきたものなのか、それとも、味と調理効率の両者を満足させるべく改良を重ねていくと、しぜんとこの形態にしゆうれんするのだろうか。どちらにせよ、食べ慣れた料理を味わえるのは、ほっとする。


 アイリィがそう感想を述べると、歴史家を兼任する若い提督は、瞳に興味の色をたたえてみせた。


「なるほど、食というのは、文化を特徴づける基軸のひとつだからな。もしかしたら、地球文明と我星文明が同一の水系に属するという、ひとつの証拠になるかもしれない」


 と話すその視線は、会話相手の背後はるか遠くにかすむ、歴史の分流点をながめているようでもあった。



 アイリィとシュティが我星でくりかえしていたものとは微妙に異なる意味で、年頃の女性らしくない会話をかさねていると、大きな荷物を携えた男がふたり、くたびれた食堂をおとずれてきた。よく見ると、腰には実弾銃と光線銃がそなえられている。


 槍術の名手が、警戒する視線で新たな来客を見とがめていることに気づいたシュウは、誤解を受けそうな二名の人物に、説明をそえた。


「あれは猟友会の人間だな。背中の大きな荷物は麻酔銃だろう。市街地に近い場所で動物の死体を転がすと処理が面倒だから、効くと分かっている相手に対しては、あれで眠らせて、本来のすみに還すわけだ」


 へぇ、とアイリィは納得して、無形の矛をおさめた。


 我星では、人間の暮らしを野生生物から守るのは軍の役割であり、アイリィもその任に就いたことがある。ただシュウが話すように眠らせてもとの場所に還す、という発想はなく、少し脅かして相手が去らなければ、その場で殺すことが多かった。死体の処理、ということになると、都市域では専用の施設や運搬車両があるが、農村部ではその場で焼いたり埋めたりすることがざらである。あまり気分のいい作業とはいいがたく、平和裏に自然に還すことができるならば、そのほうが人間にとっても、動物にとっても、よいことかもしれない。


「いらっしゃい、ありゃ、きょうは二人だけかい」


 そういって、定員を欠いているらしい来客に注文を取ろうとした店主が、あることに気づいた。


「ちょっと、どうしたんだい、その怪我?」


 女主人の声を聞いて、五名の女性は、所持品以外の外見に特筆すべきものなし、として外していた視線を、二名の男性にもどした。よく目をこらすと、二名とも、腕に化学治療の痕がのこっている。


「ああ、ちょっとヘマっちまってな。もうひとりはまだ病院で治療中さ。まあ、たいしたことはないがね」

「ヘマって、パトロールの時にかい? あんたらほど経験のある人間に、そうそう大怪我させるような動物なんか、裏山にはいないだろうに」

「銃が効かなかったんだよ。人里はなれた密林とか、未開の惑星なんかじゃよくある話だけどな。都市部の近くで、そんな動物が見つかるのは珍しい。ありゃ、重火器でも持っていくか、余程の対獣戦の名手でなけりゃ、太刀打ちできんぜ。街に降りてくることはないと思うが、飯を食い終わったら、軍に対処して貰うよう、お願いしに行くつもりさ」


 どうやら対処するようお願いされる予定になっているらしいその組織の一員である人物は、このとき、見て見ぬふりをすることもできた。休暇中にもかかわらず、自ら席をたってふたりの男に声をかけたのは、彼女の気質があらわれたものかもしれない。


「ほう、それほどまでに厄介な相手なのか」


 言われた男は、い顔をしなかった。どう見ても年下の娘に、ぶしつけな訊ね方をされたからであろう。だが、相手の顔が記憶のなかの人名録にかきとめてあったらしく、すぐに表情をあらためた。


「これは、シュウ提督ではありませんか」

「ん? 知り合いなのか?」

「二、三年前にニュースになっていただろう? 艦隊司令官の最年少記録を更新したって」


 というやりとりは、サヤカ・シュウという人物の微妙な知名度をあらわしていた。知っている者は知っている、というのが、この時点での彼女の認知度であった。とはいっても、平凡なほとんどの人間がかぎられた範囲の知人にのみ存在を把握されているなかで、彼女は、群を抜いて名前と顔をせいに知られている人間のひとりである。


「いかにも、私は連邦軍しようじようサヤカ・シュウだ。それで、山に出た動物というのは、それほど困り者なのか」

「はあ、麻酔銃はもちろん、光線銃や実弾銃も、あまり効果がないようでして。しかもこちらの射撃で相手を刺激してしまったらしく、このありさまです」


 猟友会員の男はこたえたが、ややおちつかない様子だった。軍少将ともなると、それなりに畏敬の対象となる地位なのである。


「ふむ……」


 男がみせた緊張の微粒子を無視したシュウは、数瞬の思考ののちに、こうこたえた。


「わかった。私が行こう」


 その返事におどろかなかった人間がいたとしても、それは、二名の猟友会員の男ではなかった。


「いや、なにも少将、司令官閣下自身がおもむかれなくとも! 少将の対獣戦技のりようは存じておりますが、たかが裏山の害獣退治に高級士官の手をわずらわせますのは……」

「長い休みで、身体がなまっているところだったからな。多少の運動はしないといけないころだった。それに、対獣戦の勘をたもつ意味でも、ちょうどよいだろう」


 二人の男は戸惑ったが、とくに強硬に反対する理由もない以上、それではお願いします、と、事態の解決を、偶然居あわせた陸戦隊長兼任艦隊司令官にゆだねることにした。


「皆も一緒に行くだろう? よければ、ふたりも一緒にどうだ」


 アイリィらが同行をさそわれたのは、もはや自然な流れといえた。



 こうして、即席の討伐隊が結成された。艦隊でも陸戦隊長を兼務する第三独立艦隊司令官サヤカ・シュウ少将が隊長を、ミレイ・イェン同副司令官が副長をつとめ、艦隊第一戦隊長メイ・ファン・ミューのほか、槍術の名手アイリィ・アーヴィッド・アーライルと、生物科学に卓越した見識をもつシュティ・ルナス・ダンデライオンが、随行員に名をつらねる。本人の意思とはいえ、たかだか街の裏山にあらわれた害獣を駆逐するために連邦軍将官を投入するのは、いかにも人的資源の浪費であるように思われた。


 このときは、当の討伐隊員たちでさえ、そう思っていた。

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