ふたりの連邦人がふたりの異邦人をともなっておとずれたのは、アミシティア中心街から、すこしはずれたところにある飲食店だった。


 レストラン、といえば、その店を知る者は、表現に過剰さを感じるだろう。店の構えはいたって質素で、看板も日に焼け、汚れが目立つ。大衆食堂、ということばのほうがふさわしく、とても将官の地位にある者がこのんで利用する場所とは思えなかった。


 汚れでくすんだその看板の前に、これまた似つかわしくない、流麗な純黒髪の女性が立っていた。第三独立艦隊第一戦隊長メイ・ファン・ミュー少佐である。アイリィとシュティのふたりとは、艦隊旗艦ヴァルキュリア号で、いちど時間をともにしている。


「待たせたかな」

「いえ、ついさきほど、ついたばかりですので」


 言葉をかけたシュウ提督に、外見を裏切らない上品な口調で、ミュー少佐がこたえた。言葉づかいが丁寧なのは、会話の相手が上官であり、軍営学校時代の先輩でもあるからだが、柔和な為人ひととなりが、そのなかに表現されているようでもあった。


 ミュー少佐は、無口な副司令官とも挨拶をかわすと、異邦からのふたりの客人に、身体ごと表情をむけて、かるく一礼していった。


「またお会いできて光栄です。おひさしぶりですね」

「はい、おひさしぶりです」


 こたえるアイリィのことばは、ややぎこちなかった。どうもアイリィはこの人物が苦手である。嫌悪している、という意味ではない。自分がとうていおよびようもない、洗練された優美さに、圧倒されるのである。人間というものは、自分と縁遠い要素に遭遇すると、なかなか平静をたもちえない生物であるらしい。もっとも、今回の場合、そのことが、相手に対する好意を醸成することを妨げてはいなかった。


 人数をそろえた一行が店内に入ると、こちらも外見を裏切らない光景が、五名の客を出迎えた。


 お世辞にも、きれいとはいえない。古いフローリングの床はところどころ黒ずんでおり、テーブルや椅子にも、店の歴史を語る傷が目立つ。ただ清掃はいきとどいており、飲食店として必要な清潔感は十分に確保されていた。


「ここは、私が軍営学校生のころからかよっている店でな。安価て量も多いし、味もいい。なにより店主の人柄がよくてな。いまでもこうして、たまに食べに来るのだ。いちど、卿らにも紹介したかった」


 というシュウ提督のことばを聞いて、アイリィは妙に納得した。少将、という階級には不釣り合いな大衆的な店だが、質実剛健を是とするこの人物からすれば、しぜんに共鳴する部分が多いのだろう。


 一行がテーブルのひとつに腰をおろすと、店の奥から、恰幅のいい中年女性がやってきて、体型にふさわしい豪快な音量でいった。


「やあ、サヤカちゃんにミレイちゃん、それにメイちゃんもかい。ひさびさだねぇ」

「ああ、ご無沙汰してしまったな。壮健なようで何よりだ」

「おかげさまでね、今んところ病気なんぞとは無縁だよ。ミレイちゃんとメイちゃんも、元気そうだね」


 副司令官と戦隊長がそれぞれの方法で挨拶を返すと、店主であるらしい中年の女性は、はじめて見るふたつの顔に視線をとめた。


「あら、サヤカちゃんたちのお友達かい」


 そんなところだ、と淡墨髪の司令官に紹介されて、初見客のふたりは、はじめまして、と豪放な女主人にいった。


「かっかっか、それにしても、サヤカちゃんが新しいお友達をつれてくるなんて珍しいね。アイリィちゃんにシュティちゃんだね、汚い店だけど、値段と量は保証するから、たくさん食べていっておくれよ」

「味も保証していいんじゃないのか、おばちゃん」

「はっはっは、うれしいこといってくれるね。サヤカちゃんとミレイちゃんはいつものでよかったかね? メイちゃんはどうする?」


 佐官、将官を〝ちゃん〟付けで呼ぶ人もなかなかいないのではないか、とアイリィは思ったが、会話に不自然さは感じなかった。そもそも年齢からいえば、そういう呼ばれ方をするのも不思議なことではないのであって、少佐とか少将とかいう階級をこの年齢で有することが、希少な事例なのである。


 昔からの常連らしいふたりが、それでいい、と返事し、ミューもすぐに注文をきめた。新顔のふたりは、慣れているらしい三名のようにはいかず、メニューをもらい、いくばくかの思考をへて、きょうの昼食をさだめた。


 女店主は全員の注文を確認すると、店の奥にもどって、それぞれの希望に応えるべく仕事をはじめた。厨房から流れてくる旋律は熟練奏者のそれで、聴く者の期待感は、否が応にもふくらんでいった。


「いい感じのお店ですね」


 アイリィは、感じたことをそのままいった。


「ああ。高級レストランもいいが、どうも肩がこる。ここは豪華さはないが、主人も店も、飾らないところがいい」


 とこたえたシュウが、思い出したようにつづけた。


「そうだ、わすれないうちにいっておこう」


 少し間を置いて、提督はいった。


「卿らふたりを、第三独立艦隊司令官付の衛兵として登録することにした。待遇は、准尉相当をもってすることになる」


 艦隊司令官は、ふたりの今後に重大な影響をおよぼす人事事項を、さらりと口にした。


「えっと、衛兵、ですか?」

「いつまでも、無為というわけにもいかないだろう? あるいは押しつけになって悪いが、今後のことをさだめるまでの間だけでも、艦隊運営を手伝ってほしいのだが」


 要請というかたちをとってはいるが、これも、淡墨髪の司令官による気遣いの一端であるということは、アイリィにもすぐにわかった。まったく、この異邦で、まともな職にありつくなど、簡単なことではないのだ。


 その申し出は、アイリィにとっては、ありがたいことだった。もともと兵士であったし、尉官になってからも、自ら槍を手にとっていたから、任務環境には慣れている。


 アイリィが気がかりなのはシュティのことであって、彼女はもともと、実戦部隊の人間ではない。戦闘にあたって十分な敏捷性や体力をそなえてはいるが、専門外の仕事につくことに、黒赤髪の親友が不安をおぼえるのではないか、とアイリィは思ったのである。


 かといって、他に仕事のあてを探すのも大変である。シュティ自身もその点を理解していたのであろう。とくに不平をもらすわけでもなく、シュウ提督の申し出を了承した。


 アイリィはあらためて承諾の意思をしめしたうえでたずねた。


「ありがたいことですが、連邦の兵として働く以上は、正式な手続きを踏む必要があるのではありませんか。私たちは、身分を証明できる立場ではありませんんが……」

「実は、もう人事部に書類は回付してある。むろん無原則に採用されるわけではないが、問題なく審査を通過できるよう書いておいたから、心配いらない」


 我星政府軍もそうであったが、連邦軍も兵士の人数を充足させることに苦労しているらしく、とくに将官から推薦があれば、拒否されることはまずない、と若い司令官は説明した。


「あと、身分証明に関しては、当面は、宇宙港で渡した通行許可証でことたりる。正式に配属されれば、軍の身分証が発行されるから、以降はそれを使えば問題ない」


 ということは、宇宙港での通行許可証発行時に、なにか無茶をしたのではないか。そうアイリィは思ったが、遭難船の乗員が身分を証明できなかったり、辺境の惑星で出生登録がもれていたりということはよくあるらしく、そういった人のための制度を利用して、ふたりの便宜をはかってくれた、というのが真相であるとのことだった。むろん、連邦軍少将という地位を有効に利用したのは事実で、やや無理矢理な感があることに変わりはないが。


「卿らはもとは少佐、大尉ということだが、少尉以上となると、士官扱いになって、人事が艦隊司令官の専権事項を越えてしまう。すまないが、当面この待遇で我慢してほしい」

「とんでもない、働く場所があるだけで、感謝しています」


 アイリィは心からそういった。職があるということもむろんだが、最上の気質を有する人々と、今後も時間を共有できるらしいことに、アイリィは救われる思いだった。


「提督の提案を受け入れてくださって、ありがとうございます。それでは、今後とも、よろしくお願いしますね」


 優美な戦隊長による、上品な口調のそのことばが、ふたりの異邦人の心に、安心のひとしずくをくわえた。

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