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五名の人間は背走をつづけ、巨大亀生物の身長が十分の一ほどに縮小する距離で立ち止まった。
「まったく、あんな奴が居るとはな」
二名の兵士の上官であるらしい剣士が、深い溜息とともに振り返っていった。巨大な亀は、槍術の名手に傷つけられた脚を引きずって、身心を癒やすために
その剣士は二名の兵士に先に行くよう命じておいて、自らは戦闘に途中出場してきたふたりの乱入者に視線を相対させた。
「危急のところを助けられた。残り二名の分もふくめて礼を言わせてもらおう」
それはやや高圧的な言い回しであるととらえられなくもなかったが、それを不快と思わせない何かを、二名の乱入者は感じ取った。剣士の音声には聞いたことが無い訛りがあって、ふたりにはやや聴き取りづらかったが、意味を取り漏らすほどでもなかった。
どうやら助けたがわとして認められたらしい二名が返答する前に、彼女は言葉を継いだ。
「これは失礼した。私は連邦軍第三独立艦隊司令官サヤカ・シュウ
「提督閣下!?」
その階級と職責に、一応序列としては親友より上であるはずの生物科学少佐は明敏に反応できず、かわりに着任一年ほどの大尉が驚きの声をあげた。アイリィはあらためて、その少将提督を見やった。
淡い
アイリィが驚いたのは、どうもこの剣士兼少将提督が、外見からして同年代か、もしくは年少ではないかと思っていたからである。彼女の元上官であるメアリ・スペリオル・ルクヴルール提督は、二九歳で
短い時間に思考をめぐらせているうちに、ききおぼえのない組織名を、少将提督が口にしたことに、アイリィは気がついた。
「連邦…?」
連邦とは、複数の統治体が連合してなすひとつの国家もしくは政体であり、我星の歴史では、
「ん? 戦線の人間か?」
短髪の司令官は数秒ほどなにか考えていたが、自分の態度が恩人を萎縮させてしまっていることに気付いて、あまり笑い慣れていない人間がつくるような笑顔をふたりにむけた。
「いや、構わない。
アイリィはやや胸をなでおろした。細い糸を渡り歩くがごとき心理的な駆け引きとは、できれば縁を結びたくないところである。
「ところで、卿らは、この惑星の先住民というわけでもないようだが…」
間接的な問いかけに、アイリィはようやく自身の非礼に気付いたようであった。
「失礼しました。私はアイリィ・アーヴィッド・アーライル、こちらはシュティ・ルナス・ダンデライオンです。訳あってこの惑星に不時着し、あてなく救援を待っておりました」
「そうか、それは災難だったな。苦労も多数あったことだろう。救ってもらった返礼としては水の
ふたりの遭難者にとって、その一滴の水は、一
「とんでもございません。ぜひ、ご厚意に甘えさせていただきたく存じます」
もともと助けた側のはずの人間が助けられたはずの側の人間に対して丁重な敬語を用いているのは、むろん、少将と大尉、少佐という階級が考慮された結果である。シュティがまったく言葉を発しないのは、初見の人物とのあいだに関係を築く技術とともに、自身の敬語の用法に自信を欠いていたからかもしれない。
それを洞察したからかどうかはわからないが、少将提督は小鳥の主人に会話を強要することはせず、比較級において
「いろいろと聞きたいこともあるが、まずは身体を憩めるのが第一だろう。この奧の入江にシャトルを泊めてある。用意ができたら来るといい」
少将提督の語り方はやや抑揚がとぼしく、視線と同様に一種の温度の低さをアイリィは感じたが、そのことは、ことばに落とし込まれた厚意の暖気が相手に流れ込むことを、阻害してはいなかった。無機質さと情の深さの絶妙な調和が、この少将提督の個性であるらしかった。
用意といっても、そもそもが遭難者である彼女らであるから、重要な荷物がたいして多くあるわけでもない。最低限持ち帰るべき物品をひとつにまとめると、数分間だけ待たせておいた少将提督の案内に応じて、三日間滞在した名も無き惑星から飛び立つためのシャトルに向かった。
「なんだか拍子抜けだけど、助かったみたいだね」
「うん」
アイリィの感想に、まだ見知らぬ人物との交流に緊張感が抜けきらない様子の黒赤髪の親友が短い言葉で応じた。無論、アイリィは事態の〝拍子抜け〟な展開に思うところはあったが、とりあえずいまは、
ふたりの短いやりとりは、先導する少将提督には届いていなかったようで、彼女はふたりに向けてまたちがった感想をもらした。
「しかし、勇敢にして聡明、俊敏にして
アイリィはその我星有数の槍術の腕を賞賛されたことは枚挙に
「いえ、そのような…」
その返答に、少将提督は、表情の中央で寒流と暖流がかさなりあったような、個性的な微笑で応じた。
剣の技術とともに人格にも相応の水準を有するらしい淡墨髪の若い提督は、しかし、一片の事実から宇宙のすべてを見渡す視力を持ち合わせてはおらず、彼女が漏らした感想の最後の部分も、すべての真実を念頭において発した言葉ではなかった。むしろ、この短い時間に彼女が構築した仮説のひとつが、真実の一部分をとらえていたことを、彼女は賞賛されるべきであるかもしれなかった。
湖水を走りだしたシャトルは可能性豊かな惑星の地表を離れて、重力の抱擁を振り払い、漆黒の宙空にむかって上昇していった。碧い湖水が白い波紋を描いて、束の間の客人を見送っていた。それは、あまりに突然の別れを惜しんでいるように、アイリィには感じられた。
この無名の惑星が、人類社会にとってどのような機能をあたえられることになるのか、シャトルの搭乗員たちは知りようもない。だが、すでにこの惑星は、ふたつの潮流をしてひとつの大きな渦となす結節点としての役割を、果たし終えている。その功績を指摘されることになるのは、人類の手がとどく限りの全宇宙を巻き込むまでに巨大化した渦が、すべてのエネルギーを消化して、その回転を止めたあとのことであった。
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